第23話

 二人でどんどん森を進んでいく。だが、兵士も森の地理には詳しくないようで途中から見るからにきょろきょろと周りを見回し始めた。……迷ったな、これは。

「……すまない。道に迷ったようだ」

 知ってた。

「わかりました。……なんとかしてみます」

 はあっと出そうになるため息を飲み込む。

 まずは音で森の中を探ってみよう。魔女の城は森の中でも開けた場所にあったので、木々の音は聴こえないはずだから、あそこだけは音が違う。それにまだ魔女が外にいる可能性もある。外にいれば魔女の音が聴こえるかもしれない。

 深呼吸をして、耳を澄ませる。揺れる木々の音、川を流れる水の音、兵士と同じように少女を探しにきた街の人々の鼓動、————森の中心から響く背筋が凍るような冷たい嫌な音。これが魔女の音だというのは、考えなくてもわかった。魔女の冷たい音が森の中に響き、すべての音を歪ませている。この音が聴こえる場所が、魔女のいるところだろう。

「あっちです。行きましょう。」

 今度は僕が兵士を連れて森を進む。


 進めば進むほどに魔女の音と力を強く感じる。亡霊の時とは比べ物にならないくらいの力を持っているのは確実だろう。その証拠に森が魔女の力に耐えられず悲鳴を上げている。今思えば、魔女の城の周辺に木々がなかったのは、伐採したからでなく魔女の強大な力に木々が耐え切れず、枯れてしまったのだろう。

 音を頼りにして森の中を最短距離で歩けたおかげで、意外と早く城の見えるところまで来られた。

 記憶にある通りに城の周囲には木々はなく、それどころか草花すら生えていない不毛地帯だった。主が健在なため中央に見える城はきれいなまま佇んでいる。森とは不釣り合いなほど白い外壁に、木々から頭一つ抜けた大きさ。どう見てもこんなところにあっていいものではない。

 そんな異物感を兵士も感じたのか

「なんだここ。それにあの城。なぁ、あそこが魔女の住処なのか?」

「はい、あそこに魔女がいるはずです」

 そう告げた時、兵士の体がぶるっと震えたのを僕は見逃さなかった。

 こんな異様な光景を見せられた上に一度は殺されかけている魔女のところに行くのだ。さすがの兵士でも恐怖を感じているのだろう。それは僕も感じている。魔女に近づくにつれ魔女の力の大きさも鮮明になっていく。このまま兵士を連れて魔女との戦いに挑めば兵士を守り切れる自信はない。となれば、彼を守る方法は一つしかない

「……すみません」

「えっ?」

 申し訳ないと思いつつ、魔女の力で兵士を眠らせた。

 倒れこんでくる兵士を受け止めるとゆっくり地面に寝かせる。悪いとは思うが、この人を守るにはこの方法しか思いつかなかった。この方法なら、彼の安全も守れるし僕も思う存分に力を使える。

「ここで少し眠っていてください。起きたらすべて終わってるはずですから」

 眠っている兵士にそう言い残して、城へと向かう。

 膝が震えているがこれは武者震いだ。少女をようやく本当に救えるのだ。けっして魔女への恐怖ではない。そう自分に言い聞かせ足を進める。

 嫌な風が吹いている。城の周囲に流れる空気までも魔女の力で汚染されてしまっている。風が肌を撫でるたびに背中を冷たいものが走っていく。こんなものを間近で受けているとなると、少女の体に悪影響が出ないか心配になってくる。急いで助けないと。

 城の目の前、大きな門の前まで来たが、あの時と違い門も壁も残っているせいで、中の様子は見て取れない。中から音は聴こえてこないので、多分あの祭壇の部屋にいるのだろう。

 周囲には結界などが貼られている様子もないし、まったく警戒されていないようだ。魔女からすれば、人が追ってきているなんて思ってもいないのかもしれない。だが、それはそれでこっちからすれば好都合だ。堂々と正面から入ってしまおう。

 城に入る門も普通の人では開けそうにないほど大きいが、魔女の力を持った僕なら簡単に開くことができる。

 なんでこの城の出入り口はどこもかしこも特大サイズなのだろうか。こんな大きさ普通の人じゃ開くこともできないだろうに。魔女のスケールはそれほど大きいということなのだろうか?


 城の中に入ると、ぱっと明かりが点いた。

 城のそこら中に人を感知すると点火される松明が配置されているからだ。これも魔女の力の応用で作っているようだが、かなり手が込んでいるようで僕には作れそうにはない。魔女の薬を作ったりと魔女はこういうものの作成が得意なようだ。

 松明に照らされた広間は、二階へ上がる階段や壁に沿って飾られた鎧など、僕の時代にはなかったものがいろいろ目に入るが今回はそんなものにかまっている暇はない。

 あの時は、階段の横の壁が崩れてくれていたおかげで隠し階段が見えていたがあいにく今はきちんとした壁だ。記憶を頼りに周囲のものをどかしつつ探してみるが隠し扉のスイッチらしきものもない。

「もういいや」

 ドーンという爆発音とともに、壁から地下への階段が顔を出した。

 めんどくさくなって無理やりこじ開けてしまったが、ここに穴が開いたからといって城が崩れるということはさすがにないだろう。だって、あれだけ壁に穴が開いていても崩れてなかったし。

 コツンコツンと音を響かせ階段を下りていく。壁に穴をあけるためにかなり大きな音を出してしまったが下にいるはずの魔女に気づかれている様子はない。あの大きな扉に阻まれて聞こえなかったのだと思いたいが、警戒することに越したことはないだろう。念のために祭壇まで音を立てずに静かに行こう。


 警戒していたのだが、特に何も起きることはなく祭壇の部屋の前の大きな扉まで来れてしまった。やはり魔女に僕の存在は気づかれていないようだ。なんだか拍子抜けしてしまうが、この狭い空間で襲われなかっただけよかったと思おう。もしここで襲われてしまっていればなんて想像もしたくない。

 けど、それもここまでだ。さすがに祭壇の部屋に入れば魔女に気づかれてしまうだろう。話し合いで解決できるならしたいが、手紙に書いてあった通りなら、入った瞬間に攻撃を受けることになるだろう。少女を救うためなら戦う覚悟はできている。————そのためにここまで来たんだ。僕には、先に進むしか道はない。

 低いうなり声をあげながら、祭壇の部屋への扉が開く。扉の音に気付いた祭壇の上の魔女と目が合う。真っ赤なドレスに身を包み、腰まで伸びた長い黒髪が動きに合わせて光る粒子を散らしている。切れ長の赤いその瞳には、獣のような狂気が宿っている。

 その瞳に刺された瞬間、全身が危険信号を発し、本能がアレとの対話はできないと悟った。

 対話の可能性を捨て、すぐに攻撃に移る。数発の火の玉を一瞬で作り上げ、そのまま魔女へと投げる。少女にあたらないことを計算した全力の一撃だ。

 火の玉はうなりをあげながらまっすぐ魔女に向かい飛んでいく。————魔女の亡霊が相手ならこれだけで十分だった、

 だが、僕の攻撃は魔女には届かなかった。魔女の前に現れた水の壁に阻まれたからだ。

 今の僕が持てる全力の攻撃だった。あの時僕が防いだ亡霊の攻撃とは威力は比べることなどできないほどの一撃だった。反射的に防ぐことができるものではなかったはずだ。それを魔女はいともたやすく防いで見せた。それだけで今からの戦いが一筋縄でいかないことを容易に想像させた。

 魔女は僕の攻撃を防いだあとも、そのままこちらをにらんでいた。それがさらに僕の中の不安を加速させる。

「なんだ、お前は?」

 眉間にしわを寄せ、こちらに問いかけてくる。単純明快な言葉だが、その声だけで体がすくみあがる。

「その子を助けに来ました。……返してください!」

 震えそうな声をおさえながら叫ぶ。魔女を前に恐怖におびえてなどいられない。少女を助けられなければ、ここに来た意味も、少女の犠牲も意味がなくなる。

「ああ、そんなことのために。————ダメだ、こいつは祭壇の鍵なんだ。返すわけないだろ」

 その言葉にやっぱりという諦めと魔女への怒りがお腹の底から沸いてきた。

 やはり会話などできない。少女のことを祭壇の鍵なんて呼ぶような……人を人とも思っていないような人とは。少女を助け出す、僕にとってのすべてを、そんなことと言って片付けてしまうような人とは。

「じゃあ、力づくで連れて帰ります!」

 僕は怒りのまま攻撃を再開した。

 今度は火の玉だけでなく、周囲の水をまき上げ作った水の竜巻、崩れた柱の瓦礫などの波状攻撃。思いつく限り、様々な種類の攻撃をしたつもりだ。だが、そんな攻撃も魔女には届かず炎や水、風に雷と様々な方法で撃ち落される。

 力の使い方では魔女の方が上手だ。このまま続けてもこちらがじり貧になるだけだろう。そんなことは分かっているが、それでも手は止めない。止められない。

「その力、薬を飲んだんだろう?……どこで手に入れたかは知らないが、その程度じゃ俺から鍵を取り返すことなんてできないぞ!」

 嘲笑とともに、魔女が攻勢に移る。先ほどまで守りに使っていた力がすべて攻撃に切り替わり、魔女に向かっていた僕の攻撃を全て押しのけてこちらに迫る。直撃すれば致命傷になりえる攻撃だ。

 炎と水は固めて飛ばす都合で、軌道が見えるので正面から相殺ができる。風と雷はいきなり現れるため回避は難しい。だが、現れる寸前に音が聴こえるため集中していれば何とか回避ができる。だが、回避できるだけで攻撃をする余裕などほとんどない。

「はははっ!逃げろ逃げろ!」

「はぁはぁ……、くそっ」

 魔女の猛攻をなんとかぎりぎりで直撃は避けているが、すべては避けきれず服は焦げ、肌が裂けて血が滴っている。薬を飲んだ当初なら一瞬で治っていたくらいのかすり傷だが、力が弱まってきているのか回復が遅い。

 避けながら苦し紛れの反撃もしているが、そんなもの攻撃が当たるわけもなく絶賛じり貧状態だ。このまま避け続けてもどうにもならないのは分かっているが、この状況を打開する活路が見えない。

 一度でも判断を間違えばそのまま死につながるような攻防のなか、ふいに右足をつかまれた。

 何が起きたか視線を流すと足に草が絡まっていた。瞬時に絡まった草を焼き切ったが、それでも一瞬動きが止まってしまった。魔女がにやりと笑う。僕が捕まった草は魔女の策略だったのだろう。見計らったように火の玉や水の刃が迫る。一瞬のスキを突いた攻撃は回避すら間に合わない。

 くそっ、こんなところで……。

 死を覚悟した瞬間、迫りくる魔女の攻撃と僕の間に何かが割り込んだ。

 割り込んできたそれは、ガンという金属音とともに飛んできていた攻撃を正面から受け止めた。数秒の攻撃にさらされ周囲に煙が巻き上がる。

「大丈夫か!?少年!」

「なんで!?……なんでここにいるんですか!」

 煙の中から現れたのは、城に来る前に眠らせて置いてきたはずの兵士だった。背中に剣を背負い左手には大きな盾を構えている。その盾で僕のことを守ってくれたようだ。

「なんでって、そりゃあ監視するって言ったのを忘れたのか?ちゃんと約束は守る主義なんだ。……まさか、眠らされておいてかれるなんて思ってもみなかったがな」

 なんてケラケラと笑って見せた。僕は半日くらいは眠らせるつもりで力を使ったのに、こんな短時間で目覚めてここまで追ってくるなんて、なんて規格外な人だ。

「ここからは、俺も魔女と戦わせてもらう。……二人で戦えばきっと倒せるはずだ」

 背中の剣を抜き、魔女の方をにらむ。魔女はにやりと笑い返し、まるでいつでも殺せると言わんばかりな表情でこちらを見ている。攻撃の準備もせず見ているだけな辺り、こちらからの攻撃を待っているようだ。

「……いえ、今の状態じゃダメです。」

「何を弱気な!……君はあの子を助けに来たんじゃないのか!?それなら……」

 兵士が僕の胸倉をつかみ声を荒げる。別に弱気になったわけじゃない。僕の力が弱まってきている以上、二人がかりでも勝てる確率は限りなく低い。だから

「そうです!だから、勝つために————お願いがあります」

 だから、勝つための手はアレしかない。


「本当に、それで魔女を倒せるのか?」

 作戦を聞いた兵士が疑念の表情を浮かべる。何も知らない兵士からすれば理由がわからない指示だろうが勝機はそれしかない。

「はい、必ず助けて見せます」

「わかった。盾はおいていく、————死ぬなよ」

 僕の言葉に納得してくれたのか、そう言い残すと右手に持った剣をしまい、楯を僕に手渡して入り口へ走っていった。

「なんだ、せっかく待ってやったのに、もう一人はもう帰ったのか。」

「ええ、邪魔だったんで帰ってもらいました」

 強がりだ。兵士が戻ってくるまでの時間稼ぎ。そんな強がりを聞いた魔女は腹を抱えて笑い始め

「あははは、いいハッタリだ。じゃあ、その強気がいつまで続くか見せてもらおうか」

 その言葉と同時に攻撃が再開される。兵士のおいていった盾を持ち直し、全力で部屋の中を逃げる。幸い、会話しているの間に負っていた傷は治っている。まだまだ戦えるはずだ。

 怪しまれないように適度に攻撃をしつつ逃げる。兵士が帰ってくるまでどのくらいかかるかわからないがなんとしてでも耐えてみせる。————絶対に少女を助け出すんだ。


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