第20話
どのくらい時間が経っただろう。
ようやく副作用も収まって頭も回るようになってきたのだが、
正直少女に触れられるようになってうれしくはあるのだが、このまま掴まれているは少し厳しい。なにせ副作用の時より
「あの……、そろそろ離してもらえませんか?……もう落ち着いたんで」
「えっ!?……ご、ごめんなさいっ!」
飛び上がるように少女が
「……触れる?」
「はい。……僕の背中をがっちりと掴んでましたから」
僕の言葉にパーッと笑顔になると、そのまま僕の方に飛びついてくる。
「なんでよけるの!」
「触れるようになってるんですよ!そんな風に来たら、……ほら、いろいろあるじゃないですか!」
「そんなこと気にしないでよ!……じゃあ、いいよ」
そう言いつつ、なぜ両手がこっちに伸びてきているのでしょうか。ほらって顔でこっちを見ないでほしい。たぶんそのままハグしろということなのだろうが、そんなことできてたら、さっきの時点でちゃんと受け止めることができていた。
待っている少女には悪いが、ハグは僕には難しいのでその伸びてきている手を握るくらいで許してほしい。
「……これで許してください」
「ふふっ」
逃げの一手だったはずなのだが、少女はそれでも満足げに笑っていた。
少女の手は、細くそして冷たかった。正しくは冷たいというより温度がないというのだろうか。握った手からは熱は伝わらず、まるで作り物の手を掴んでいるようだった。これが幽霊の手を握るということなのだろうか。
けど、少女の方はそうではないようで握った手の感覚を確かめるようにずっと見つめている。
「あったかいね、君の手は。……私ね、魔女に体を盗られて気が付いたら、全然知らないところにいたの。誰も私を見えないし聞こえない。ここに戻ろうとしてもどこにいるかわからないし、誰かに聞くこともできない。独りぼっちでずっと、ずっと歩いてたの。……あの時の、ただ一人でさまよっていた私は本当に幽霊だった。けど、この世界でただ一人、あなたが私を見つけてくれた。そのおかげで私は人間に戻れた。それだけでもうれしかったのに、今はこうやって触ることまでできるなんて……、ほんとに夢みたい」
「夢なんかじゃないですよ。これから体も取り返すんですから」
「……そう、だね」
少女の返事は元気がなかった。もうすぐ体が取り返せるのだからもっと喜んでもいいはずなのに。その様子はまるで体を取り戻すことをためらっているようだった。
「うれしくないんですか?もうすぐ体に戻れるのに」
「……そんなことないよ!ちゃんと、ちゃんとうれしいよ!……ほら、体を取り返しに行こうよ!」
大きく首を振って否定すると、はぐらかすように僕の手をぎゅっと握りなおして扉のほうへと引っ張っていく。
「この扉、私じゃ開けられないみたいなの。たぶん手紙に書いてあった結界だと思うんだけど、開けてもらっていい?」
英雄が張ったという結界は魔女の亡霊に対してのものだったはずだ。それなら同じ幽霊である少女にも有効でもおかしくはない。そして体のある人間でなら開けられるはずだ。
「わかりました」
扉を開くために両手をつける。
手のひらをつけた扉から何かを感じる。これが少女の言っていた結界なのだろう。扉を開くと、そのまま壊れる仕組みになっているようだ。触れただけなのだが、魔女の力のおかげか、そこまでのことがわかった。
目の前の石の扉は僕の
両手に力を入れ、ぐっと扉を押し込む。ぎしぎしと音を立てながら、ゆっくりと扉は開いた。
開いた扉の先は、地下とは思えないほど広い空間だった。天井は見えないほど高く、中央に
規則的に並ぶ柱のほとんどは崩れており、石畳のところどころには焦げ跡や血痕が見受けられた。それはこの場所で戦いがあったという何よりの証拠だ。
中央の
「行きましょう」
部屋の中に手紙に書いてあった魔女の亡霊の姿は今のところ見えない。成仏したと考えたいが、そんなうまい話はないだろう。気を緩めないで行こう。
周囲には、水の流れる音と僕の歩く音以外なにも聞こえない。それがかえって僕の不安を
緊張もあるのか、二人とも一言もしゃべらずに黙々と長い階段を上る。
『……だ』
『だれだ、ここを荒らすのは』
今度ははっきりと聞こえた。しかし、はっきり聞こえたのにどこから聞こえたのかがわからない。声の主を探して周囲を見回してもそれらしい人影は見当たらない。
周囲を警戒していると、頭上でボッという何かに火が付くような音がした。それを感じた瞬間、反射的に少女を抱えて
飛び込んだ瞬間、僕らの立っていた場所に火柱が立っていた。頭で考えるよりも早く体が動いたせいで一瞬、自分でも何が起こったかわからなかったが、そのおかげで二人そろって火だるまになるのは避けられたようだ。
「はあっはあっ」
水中で少女を拾い上げると、そのまま地上へ顔をだす。全身びしょ濡れになってしまったが、今はそれを気にしている場合ではない。僕らのいた場所に攻撃が来たということはあそこが見えるところにいるはずだ。
どこから攻撃が来たのか目を凝らして探す。すると、
長い髪にドレスをまとっているのは分かるが、奥のたいまつの光が透けるほど体が半透明で鮮明には見えず、表情もわからない。
『お前は!……戻ってきたのか!?扉の鍵ッ!運命は私に味方してくれてるようだな。お前がいれば私はっ!』
扉の鍵?なんだかわからないが、少女を見て亡霊は目の色が変わった。
魔女が手を振り上げると、またボッという音ともに頭の上に一メートルくらいの火の玉が出来上がる。あれがさっき階段の上で火柱を作り上げたものの正体に違いない。またこちらを攻撃するつもりなのだ。
「あんなの当たったらひとたまりもないですよ!いったん隠れましょう!」
再び少女を抱えて、近くにあった柱の陰に隠れる。魔女の力がいかほどかまだよくわかっていないが、石の柱が一瞬で壊れることはないだろう。身を隠しているうちにどうするか作戦をたてなければ。
「反撃しようよ!こっちにも魔女の力があるんだから、それで撃退しろって英雄さんも言ってたし」
僕に抱えられたままの少女が物騒な提案をしてくる。言われなくても僕だってそうしたいのはやまやまだ。やまやまなのだが、
「さっきからやろうとしてるんですけど、アレどうやって出すんですかね?」
出せないというか出し方が分からないというのが正しいのだが、さっきから火の玉を出すイメージをしてみたり、念を送ってみたりしているのだが一向に出てくれる気配がない。
魔女の薬を飲んでから少女を触れるようになったり、重い石の扉を開けたりきちんと魔女の力を手に入れることができている実感はあるのに、そういう使い方は一切わからなかった。
「じゃあ、どうするの?!このままじゃ、やられちゃうよ!」
「そんなこと言われなくてもわかってますよ!」
僕たちがもめている間にも、背中の柱には何度もドカンという衝撃と熱が襲っている。魔女が火の玉で柱を破壊しようとしているのだろう。この柱以外は人が隠れられるほど原型はとどめていない。この柱が崩れてしまえば一巻の終わりだ。だから、なんとしてでも魔女の力を使えるようにならないといけない。
もう一度右手に意識を集中して、火の玉を作るイメージをする。だが、手の上では何も起きる様子はない。何度も、何度も何度もやってみるがそれでも何も起きない。それどころか後ろの火の玉の音が気になってだんだんと集中できなくなってきた。
ボッという出現音に、空中を駆ける音、背中へのドカンという
『————世の中のものは全部何かしら自分の音楽を奏でてる。俺だってお前だってだ』
ふいに男の言葉が頭をよぎった。
あの時、男は自分には世界の音楽が聴こえる。それはいろいろなものが奏でる命の音で、耳をすませばだれにでも聞こえる当たり前で特別な音楽だとそう言っていた。
なぜそんなことを今更思い出したのだろう。今聴こえる音なんて、魔女の作る
深呼吸をして目を閉じる。魔女の力の
「どうしたの?」
隣にいる少女の困惑する声。激しい魔女の攻撃の音。周りに流れる水の音。自分の鼓動の音。————そして
「……そういうことか」
これが世界の音楽。男の聴こえていた世界の一端に触れた気がした。そして聴こえた瞬間に魔女の力の使い方も理解できた。魔女の亡霊がどうやって火の玉を作り、飛ばしているのか、すべて聴こえた。
「……このままここに隠れててください。魔女の攻撃は幽霊でも当たっちゃいますから」
「えっ?でも……」
「大丈夫です。ちょっと亡霊を追い払ってくるんで、————待っててください」
「……わかった」
少女の言葉を聞き終えると、柱の陰から飛び出す。
飛び出した瞬間に魔女の標的がこちらに移り、火の玉が僕の方に飛んでくる。だが、先ほどまでと違い、それに
左手を持ち上げ、
『なに!?……まさか小僧、お前も力が使えるのか!』
魔女の驚く声が
『があぁぁぁぁぁぁ』
悲鳴を上げながらもがくように亡霊は火の玉を乱射している。だが、そんな攻撃では今の僕を止めることはできない。
「うわぁぁああああ」
体にあたる魔女の火の玉をものともせず、両手に作った火の玉を何度も亡霊に投げた。何度も、何度も投げつけて、投げ疲れて肩で息をするようになったときには、そこに魔女の亡霊はいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます