第19話

「僕のことよりも、なんで先に来てるんですか?」

 ひとしきり笑い終えた少女に本題を聞いてみる。

 僕がここに来たのは少女が待っていると男にいわれたからで、なぜ先に来ていたかも、なんで待っているかも、男は何も言ってはくれなかった。本当にかんだったらわかるはずもないが、それはいったん置いといても聞いておかなければいけない気がした。自分の住んでいた街に行ったはずの彼女が、————なぜ魔女の森にいるのかを。

 背中越しでも少女に緊張が走ったのがわかった。

「……二人と別れて、そのまま街に帰ったの。……なんだか街はそんなに変わってないはずなのになんか住んでたのが遠い昔みたいで、……ほんとにここに住んでたのか不安になって、家に行ってみたの。……そしたら、そしたらね————お父さん、死んじゃってた」

 振り返った少女の瞳から一筋の涙がこぼれる。そこからせきを切ったように

「怪我してるのに、私を助けに来ようとして、無理して……。あの時、私が、……薬草なんか取りに行かなければ、魔女に捕まらなければ、……お父さんが死んじゃうこともなかったんだ。……私がお父さんを殺したんだ」

「そんなこと……」

 少女のなげきを、僕はすぐに否定できなかった。

 言っていることは、たらればで極論なのはわかってはいるが、僕だって同じ立場なら同じことを思うかもしれない。それが頭をよぎって、肯定も否定も口にすることもできなかったんだ。

「だから、————ここに来たの」

「それって……、どういう……?」

 だからと言われても何がだからなのかが理解できない。元々ここに来る目的は魔女にとられた少女の体を取り返すためであって、少女のお父さんが亡くなったこととはつながっていない。“だから”の一言でつながるような事柄ではないはずだ。それともここには少女の体以外に何かがあるのだろうか?

 僕が疑問を口にするより早く、少女の独白は続いた。

「……この人も私がこうなったから、待ってることになったんだ。……ずっと、ずうっと。こんな姿になってまで待つことになっちゃった」

 少女は視線で正面に座る骸骨がいこつのことを指した。

 骸骨がいこつ依然いぜん座ったままだが、松明たいまつのゆらめきのせいかくぼんだ瞳で少女を悲しそうに見つめているような気がした。

 松明たいまつの炎が揺れるたび、何かがチカチカと骸骨がいこつの首元で光を反射している。よく見てみると金属でできたネックレスが反射しているようだ。首に掛けられていたであろうそれは、かろうじて骨に引っかかっているおかげで地面には落ちていなかった。十字架を模した衣装をしており、長期間放置されてしまっていたせいか、輝きはだいぶくすんでしまっているようだったが、高価なものだろうというのは想像に難くなかった。

 僕には全くふちのなさそうなものだが、それにはどうしてか見覚えがあった。はて、どこで見たのだろう?

 僕が見たことあるネックレスなんて、ぱっと思い出せるのは母さんがしていたものか、僕がしてる鍵に紐を通してそれっぽくしたものくらいだ。周りでネックレスをしている人もいなかったはずだ。叔父さんも、少女も、男も……、男?

「……そのネックレスって!まさかこの人って、あのカジノの像になってた魔女狩りの英雄ですか!?」

 どこで見たかと思えば、男と最初に会ったあのカジノにあった像だ。あの像と同じネックレスをしているじゃないか。

 我ながらよく覚えていたかと思うが、まさかこんな大物が国の端っこの辺境の森の中で骸骨がいこつになっているなんて夢にも思わなかった。普通に考えて英雄なのだから、王様に召し抱えられて王都に常駐していてもおかしくないはずだ。そんな人がいなくなっただけでも一大事だろうに、あろうことか死亡して骸骨がいこつ。それも魔女の森の廃墟はいきょの地下でだ。どうしてこんなことになっているんだ?

「そうみたい。……私もここにきてこれを読むまでは知らなかったけど」

 少女は骸骨がいこつの足もとにある紙を指さした。紙には文字がびっしりと敷き詰めるように書き記されているようだ。薄暗いせいで近づかないと内容まではちゃんと読めないが、誰かに向けた手紙のように見える。

「それは?」

「英雄さんが、残した手紙だよ。……君に向けての」

「……僕へ?」

 その言葉に困惑しかなかった。

 英雄と僕とでは面識はまったくない。接点もカジノの像をみたことがあるくらいの一方的なものだ。例えば英雄の方が一方的に僕のことを知っているとして、僕に向かって手紙を書いたのだとしたら、それはここではなく村の家に送られてくるものだろう。ここに置いておく意味などないはずだ。

 困惑している僕をよそに少女は少しだけ動いて骸骨がいこつの正面を開けていた。手紙を読めということだろう。

 少女の背中で隠れていて見えてなかったが、手紙の横にはなにやら不吉な色の小瓶こびんが添えてあった。黒と緑の液体が全く混ざらず、水と油のように分離していていびつなコントラストをした見るからに怪しい代物だ。

 この小瓶こびんの中身も手紙に関係あるのだろうか。正直まだ困惑しているが、手紙を読まないことには何もわからない。

 骸骨がいこつの前にひざをつき、手紙の正面に腰を据える。

 ここに座ると骸骨がいこつに見つめられているような気分になる。まるで早く読めと急かされているようだ。怖い気持ちもあるが、意を決して手紙を拾い上げて読み始めた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 この手紙を誰かが読んでいるということは、私はもう死んでいるのだろう。

 私はこの国では魔女狩りの英雄と呼ばれていた。だが、私は英雄なんて呼ばれていい人間ではない。少女一人すら救えなかった、ただのおろか者だ。

 ここに、この先で眠る少女について私が知るすべてを記す。すべてを読んだうえで、君に頼みたい。—————彼女を救ってほしい。


 あの日、私は魔女の森に薬草を取りに行ったという少女を追いかけて、自分の担当する街から魔女の森に向かった。魔女の森に入ったことはなかったが、幸いなことに慣れない森の中でも探していた少女を見つけることはできた。そのまま少女を連れて帰れればよかったのだが、我々はそこで出会ってしまったのだ、————魔女に。

 魔女は、私が少女に声をかけるよりも先に彼女を不思議な力で気絶きぜつさせ、そのまま少女の体を抱えてどこかへ連れ去ろうとしていた。私はそれを止めようと魔女に声をかけた。だが、声をかけた次の瞬間には視界が炎に包まれていた。

 魔女の力で炎に包まれた私はそのまま意識を失い、気が付いた時には魔女はもう少女を連れ去ってしまっていた。魔女に大火傷だいやけどを負わされた私は、少女を探していた別動隊の街の人たちによって助けられた。

 そのあと傷ついた私は街の人の手によって街に連れ帰られた。すぐにでも少女を取り返しに行きたかったが、私の傷は深く動ける状態ではなかった。それに一人で行ったところでまた同じ目に合うのは目に見えていた。

 私が病室で動けず、歯噛はがみをしていたところにタイミングよくなのか悪くなのか、魔女狩りの先遣隊せんけんたいが街に現れた。それは兵士である私にさえ伝えられていない極秘の計画だった。


 彼らが現れたおかげで、唯一魔女を目撃していた私も道案内役として魔女の森に連れて行ってもらうことができた。

 私の傷の具合や先遣隊の準備もあり、出発は二日後になった。ようやく歩けるようになっただけの体で先遣隊の足を引っ張りながらも、我々は魔女の森の城までなんとかたどり着いた。

 着いてから少しずつ魔女の城の調査が始まったのだが、我々が城の調査をしているにもかかわらず魔女は一切姿を見せることもなく、現れる前兆もなかった。

 最初は恐る恐る行っていた調査も次第に大胆になり、一日で城のすべての部屋の調査を終えてしまった。だが、城の中から少女は見つからなかった。

 少女は見つからなくてもこの調査で見つかったものは多く、魔女の研究資料や森についての資料、魔女の研究成果の一つであろう魔女の薬が入った瓶。それだけでも大きな成果となる代物ばかりだった。

 手に入った資料によれば魔女は生まれながらに力を持っていたわけではなく、魔女の森に自生する薬草を調合することで作った薬で後天的に力を手に入れていた。そしてその薬が二瓶。これが災いの元だった。

 次の日、誰かが隠し扉を見つけた。地下への階段だ。長い階段の先、何もない広い部屋に石扉が一つ。石扉の向こうからは人の気配がした。————そこに魔女がいるのは明白だった。

 魔女の居場所が分かったとはいえ、今いるのは魔女狩りの部隊の先遣隊で、人数も少ない。魔女が出てこれば、簡単に全滅させられるということを誰もが直感的に感じていた。。

 先遣隊全員に死を目の前にした緊張が走る中、誰かがこう口走った。


「この薬があれば魔女を倒せるのではないか」


 この一言で、全員が正気を失った。————死の恐怖が狂気へと変わった。

 魔女の力が手に入るとはいえ、どんな副作用があるかわからない。そんな薬を誰も飲みたがりはしなかった。そうなれば弱者が犠牲ぎせいになるのは必然だった。手負いの状態である私が羽交はがめにされ、無理やり薬を飲まされた。

 これまた幸いなのか、薬を飲んだもののそのまま死ぬことはなかった。それでも全身を走る痛みなど、意識を保つのも精一杯せいいっぱいなほどの副作用に見舞われた。そしてそれを超えた先で私は魔女の力を手に入れた。

 手に入れた魔女の力はすさまじいものだった。ここに来るまでに負っていた傷も完全にえ、全身から力がみなぎるようだった。この力があれば魔女を倒し、少女を救うことができるだろう。そう感じた私は先遣隊と一緒に石扉を開き、魔女との戦いに挑んだ。


 石扉の向こうは祭壇さいだんのようになっており、ほかの部屋とは雰囲気が全く違っていた。魔女は一人で何かの儀式を行おうとしていたようで、そこに少女の姿は見えなかった。扉の音で、我々の存在に気付いた魔女はすぐに臨戦りんせん態勢たいせいに入り、我々と魔女との壮絶そうぜつな戦いが始まった。

 魔女との戦いは、言葉では語りつくせないほど熾烈しれつなものだった。それでも私たちは一人の犠牲ぎせいも出すことなく魔女を倒すことに成功した。それは紛れもなく奇跡だった。

 魔女を倒した瞬間、戦いの疲労と倒したという安心感からか、私はそのまま意識を失った。次に目を覚ました時、私は王都にいた。力を使い果たし数日間眠り続けていたそうだ。

 王都では国中を騒がせた魔女が倒されたということでお祭り騒ぎが起こっていた。そして、その魔女を倒した英雄として私は眠っている間に王都に連れてこられたようだった。

 目覚めてすぐ確認したのは、少女がどうなったかだった。先遣隊にいた兵士に聞いたが少女はあの部屋からも見つからなかったといっていた。だが、私は魔女の力で感じていた。少女はあの部屋にいたと。

 私は魔女狩りを祝う式典など予定されていた行事の一切を無視して、すぐに王都を出た。魔女の城にとらわれたままの少女を救うため。そして王都の研究室から盗んできた魔女の薬のもう一瓶を悪用されないようにするために。


 ふたたび魔女の城に着いたときには、少女が連れ去られてからすでに一週間を超えてしまっていた。

 激しい戦いで見る影もなくなった魔女の城からは、異様な気配がした。少女以外誰もいないはずの地下室、冷や汗をぬぐいながら大きな石扉を開けるとそこには————死んだはずの魔女がいた。

 魔女は亡霊となり、石扉の向こうの祭壇さいだんのような部屋を守っているようだった。魔女の亡霊は生前と同じ魔女の力を使い大暴れした。残された魔女の力でなんとか撃退げきたいしたが、亡霊は時間がたつとまた現れた。

 なんとかもう一度亡霊を退けて、彼女が消えている間に少女を見つけることができたのだが、彼女は容易に助けられる状態ではなかった。それに体の中には心がなかった。仮に助けられたとしても、心を失った体だけではそのまま死んでしまうかもしれない。そう判断した私は、少女の心が帰ってくるまでこの地下室を封印することにした。

 まず魔女の亡霊が出てこられないように、この地下室を魔女の力を使い結界を張った。そして城の外にも普通の人が近寄れないように結界も張った。薬によって手に入れた魔女の力は一時的なものに過ぎなかったようで、この時点で私は魔女の力をほとんど失ってしまっていた。

 力を失った私は、少女が戻ってくることも考えてここに残った。


 ここまでが私の知っている少女に関するすべてだ。

 結局、この手紙が読まれているということは、私が生きている間には少女は帰ってこなかったということだろう。

 少女を探してくれとまではいわない。もしも、もしも少女が戻ってきている。あるいは少女と一緒に来ているなんて……、そんな奇跡があるならば、彼女を助けてあげてほしい。

 この手紙と一緒に魔女の薬を残しておく。いつかこれを読むあなたに託すためにこの薬は私の残った最後の力で時間を止めてある。

 これをどう使うかはあなた次第だ。だが————私はあなたが優しい人であることを願う



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 そんな一言で手紙は締めくくられていた。


 彼がどういう思いでここに最後まで残っていたのかはわからない。それでも最後まで少女のことを助けようとしてくれていたことは十分に分かった。

 最初から少女を助けに来ているのだから、頼まれるまでもない。それでもこんな風に頼まれてしまえば、やる気が出ないはずがない。少女が救えるのなら魔女の薬だろうがなんだろうが飲んでやる。————それくらいの覚悟はできている。

 勢いのまま手紙の横に置かれた魔女の薬を右手でつかみ、そのままふたを開く

「……な、なにを!?」

 地下室に少女の驚く声がひびく。だが、その声を認識する前に、右手に持った魔女の薬を一息にあおった。喉を通ろうとしているものを体が拒絶するが、そんなものは無視して無理やり飲み込む。

「がはっ……」

 胃に異物が流れ込む感覚とともにドクンと心臓は跳ね、熱くなった血液が体中で暴れはじめる。体温が急激に上昇し、視界が白く歪んで立っていられなくなり床に倒れこんだ。

「————なんで?なんで!?」

 遠くなる意識の中、少女の声がかすかに聞こえた。

 声が少しふるえている気がする。また泣きそうにでもなっているのだろうか。

 魔女の薬の副作用でそんな思考すらおぼつかない。

「この薬を飲めば、……魔女の力があれば助けられるんでしょう?だったら……さっさと魔女の亡霊なんて倒して、体を取り返しましょうよ」

 回らない頭で精一杯せいいっぱい、声を絞り出した。また少女を泣かせてしまわないように必死だった。

 意識を保つのに必死な僕の背中に何かが触れた。それは少し震えていて、心配するように背中を触っているようだった。

「……バカ、もっと自分のこと大事にしてよ」

 背中に触れていたものが少女の手だと気づいたのは、魔女の薬の副作用が収まった後だった。

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