第15話

 ガタンという大きな揺れで目が覚めた。

 なにごとかと周囲を見渡すと、真横にアホ面で寝ている男の姿があった。よくこれだけ荷車が揺れている中で寝ていられるものだ。あまりの揺れに僕らと一緒に乗っている野菜たちも揺れるたびに踊っているくらいなのに。

 気が付けば村を出てから八日が過ぎ、目的地である魔女の森までもう少しというところまで来た。予定していたよりも少しだけ早くなったが、次の街というか集落につけば、魔女の森は歩いて行けるくらい目と鼻の先だ。

「……もうすぐ着いちゃうんだなぁ」

 ぽつりと口に出てしまっていた。

 あの花畑から始まった短い旅ももうすぐで目的地に到着する。とはいっても帰りがあるからまた一週間くらい旅は続くのだが。

「そうだね、ようやく着くんだよ」

 気が付けば寝ている男と逆隣りに少女が座っていた。

 よほどうれしいのだろう。心なしか声の調子が弾んでいるように感じる。少女からすれば長い旅がやっと終わり自分の体が戻ってくるのだ。僕には想像もできないくらいうれしいことであってほしい。

「そういえば、なんで魔女の森なんか行ったんですか?」

 なぜ今まで聞かなかったのかわからないくらいの質問をいまさらしてしまった。少女もいまさら過ぎる質問に驚いているようで、あっと声を出すと

「そういえば言ってなかったね。……あの時はお父さんが怪我しちゃったから、怪我が治るように薬草を取りに行ったんだ。そしたら魔女に出会っちゃって体盗られちゃったの……」

「お父さんのために……」

「へぇーいい娘じゃんか。……けど、それで娘が魔女に連れてかれるなんて親父さんも浮かばれないだろうな」

 いつのまにか起きていた男が珍しく真剣な面持ちでそう口にしていた。

 この男もこう見えて子持ちなので少女のお父さんの気持ちがわかるのだろう。それは分かるのだが、

「ちょっと、……それ目の前でいうことないじゃないですか」

 小声で男に注意を入れるが時すでに遅し、口から出た言葉はどうやっても帰って来ないのだから。

「そう、だね。……そうだよね」

 案の定、ズーンと音が聞こえてきそうなぐらい落ち込んでしまっていた。こうなるのは目に見えていたから口に出したらダメだったのに。

「ほらぁ、落ち込んじゃったじゃないですか。どうするんですか?」

「どうするって、どうするんだよ?」

「それを聞いてるんですよ!」

 ぼそぼそと二人で話し合うが埒が明かない。

「しょうがねぇな、大人の対応ってやつを見せてやるよ。……おい、お嬢ちゃん」

 やれやれといった感じを出しているが、完全に自分が蒔いた種じゃないか。どうにかしてくれなくては困る。

「魔女の森に薬草取りに来るくらいだから、住んでた街もあんまり近いんだろ。見に行ってきたらどうだ?体取りに行く前に、親父さんの様子見に行って来いよ」

 男にしては思ったよりもまともな提案だ。だが、それで僕の方をどや顔で見るのはやめてほしい。もともとあなたのせいですよね。

 男の提案に少女も反応して

「……いいの?」

 と、大きな瞳で僕に問いかけてくる。

 そんな風に見つめられてしまえば、断ることなど僕にはできない。

 それに会えるなら会える時に会っておいた方がいい。会えなくなってしまってからでは遅いのだ。家族に会えない辛さは十分に分かっているつもりだ。話せなくても触れなくても、顔が見れるだけで違うだろう。

「いいですよ。魔女の森に入るのは明日にして、今日は情報収集だけして休むつもりでしたし」

「ありがとう!……夕方には戻るから!」

 うれしそうな様子で少女は空の向こうへ飛んで行ってしまった。

 まっすぐ自分の住んでいた街に行ったのだろう。無事にお父さんと会えることを願おう。……なんだか僕も帰りたくなってしまった。

「行っちまったな」

 寂しそうにぽつりと男がつぶやく。自分で行かせといてよく言う。そんなこと言うなら行かせなければいいのに。

「行かせた本人が何言ってるんですか」

「そーだったか?よく覚えてないな。……なあ、親父!まだ着かないのかよ!?」

 話を逸らすかのように、荷車を運転している野菜売りのおじいさんに大声で声をかけた。それにしても話のそらし方が雑だ。

「あー、なんだって?」

「だから!魔女の森にはいつ着くんだよって聞いてんだ!」

「そうだなぁ、そのうち?」

「そのうちってなんだ!?そのうちって!」

「そのうちはそのうちさぁ。そんな焦ってもすぐにはつかねぇさ。ほら、そこにある野菜でも食って待ってるさぁ」

 厳しい剣幕で詰める男をおじいさんはのほほんとした口調で受け流している。

 マイペースなおじいさんにさすがの男も振り回されているようだ。なんか珍しいものが見れている気がする。

 結局、そのあともペースを乱され続けた男はふて寝をしてしまった。さっきも寝ていたはずなのによくこれだけ寝れるものだ。

「……横のお兄さんは寝なくていいのかい?」

 おじいさんは今度は僕に話しかけてきた。その声にさっきまでの呆けた雰囲気はない。

「そうですね。さすがにこれだけ揺れてると寝れないですよ」

「すまんねぇ、魔女の森に行く人なんてあんまりいないから、道が整備されてなくてねぇ」

 しゃべっている間にも、荷車はガタガタとよく揺れている。実際、魔女が住んでいたいわくつきの森なんて気味が悪くて近づく人なんてごくまれだろう。

「それにしてもお兄さんたちはなんで魔女の森に行くんだい?」

 あー、まあ聞かれるよなぁ。

 そのうち聞かれるとは思っていたがどう答えたものだろう。幽霊の少女の体を取りかえしに行くなんて言えるはずもないし、なんと答えるのがいいのだろうか。

 僕がどう答えたものかと考えているのを察してくれたのか

「まあ、普通の理由じゃないのはみればわかる。見た感じ年の離れた兄弟ってわけでもなさそうだし、誰も近づかねぇ魔女の森に行きたいっていうくらいだ。なんか訳ありなんだろ。……ただ、気をつけなきゃいけないよ」

 男と話していた時の呆けた様子は嘘だったのかと思うくらいに、真剣な雰囲気でおじいさんは話を続ける。

「ほんとは商売相手にこんなこと言っちゃいけねぇんだろうけど、この先の集落はどうもキナ臭くてね。あの集落はこの一年くらいでいきなりできたところでね。もともとあんなところに人なんか住んでなかったはずなのにねぇ。あんなやせた土地じゃ野菜も育たないからこうやって商売できて孫に裕福な思いをさせられるんだけどね。はっはっはっ」

 最後は高笑いのせいで緩い雰囲気に戻ってしまったが、それでもかなり有益な情報かもしれない。

 普通に考えて魔女がいなくなったとはいえ、魔女の森の近く、しかも目と鼻の先にいきなり集落ができるとは思えない。しかも野菜も育たない土地なんて生活にすら困る。生活ができないようなところに人が住むなんて相当な理由があるはずだ。キナ臭さを感じて当然だろう。

「魔女が住み始める前は、この辺ももっと栄えてたんだけどねぇ。魔女が周辺の村や街を全部焼いたせいでみんな住む場所もなくなってそれはもう大変だったもんだ。うちはまだ森から遠くて、被害はなかったからよかったものの近くの街が焼かれた日には何人もうちに逃げてきたもんだ」

 遠くを見つめながら独り言のようにおじいさんは話す。

 周囲に広がる草原も昔は街や畑だったのかもしれない。ここにあった人の営みをすべてを焼いてしまうなんて魔女と呼ばれるだけのことはある。

「おじいさんは、魔女を見たことあるんですか?」

「いんや、ただ、魔女に襲われた街のやつらは体震わせながらみんな何もないところから火を出したとか、空飛んでたとか不思議なことは言ってた。そんな人間見てみたいもんだが、軍隊だって逃げてたくらいだ。それくらいできてもおかしくねぇ」

 おじいさんの意見には同感だ。

 火を出したり、空を飛んだりできたのなら、何人かかってこようが目じゃないだろう。それがたとえ軍隊だとしても。というか、そんなことできるなんてもう人間じゃない気がする。だからこそ魔女と呼ばれていたのだろう。

「まぁ、そんな魔女が倒されてようやくこの辺りも平和になったんだよ。倒してくれた英雄さまには感謝しかねぇ。もう魔女におびえながら過ごさなくて済む。あの方のおかげで今の平和があるんだ」

 おじいさんの言う英雄というのはあのカジノの前に立っていたあの人のことだ。

 僕は魔女討伐の時に活躍したくらいしか知らないが、この辺りに住んでいた人たちからすれば魔女を倒したあの人は救世主なのだろう。

 おじいさんは一通り話したいことを話したせいで疲れたのか、荷車を引く馬の手綱を握りしめたままうとうとし始めてしまった。

 一瞬不安に駆られたが、馬たちからすればいつものことなのか、主人が寝てようが気にせず、ゆっくりと足を進めている。

 ガタガタと揺れる荷車に、心地の良い風と日差しが眠気を誘う。

 もうすぐ魔女の森の前の集落に着くというのに、妙に緊張感のないゆったりとした時間だ。けどそれも悪くはない。

 そのままゆっくり荷車が進んでいると、ふいにおじいさんが目を覚まし、

「……はっ!もうすぐ着くぞ。お兄さんら準備しなされ。」

 と男がたたき起こされていた。というか、たたき起こすために手綱を離してまで荷車の裏まで来るのはどうかと思う。この馬だからいいもの普通の馬なら逃げられていてもおかしくない状況だ。

「いってえな、へいへいわかったから。はよ手綱つかみに戻れってじいさん」

 おじいさんにたたき起こされたせいで不機嫌になった男は、おじいさんの背中を押すように荷車の前に無理やり押し戻した。おじいさんはその勢いのまま馬の手綱を握ると荷車の前に座り、またゆっくりと馬を歩かせ始めた。

 馬の歩く先を見ると遠くに木で出来た門のようなものが見える。たぶんあれが集落の入り口だ。

 門の左右には同じように木の丸太で作った壁が伸びている。ここからでは見えないが集落を囲むようにして外部からの侵入を防いでいるのだろう。。

「よくこれだけ揺れてるのに寝れますね」

「今のうち寝とかねぇと、次いつ寝れるかわからんからな」

「?……そうなんですか?」

 今日は集落に着いたら移動もないし、情報収集だけしてあとは朝までゆっくりするつもりだったのだが男は違うのだろうか。

「まあ、お前は情報収集したらゆっくり休め。明日は忙しくなるからな」

 そういうと優しく肩をポンと叩かれた。

 言われなくても明日は魔女の森に行くんだ。ゆっくり休むに決まっている。緊張で眠れないかもしれないが。


 荷車が集落の門の前まで来ると門の前にいた屈強な門番とおじいさんが話始めた。警戒されているという様子はなく、野菜を売りに来ているだけあって顔見知りなようで単に会話が弾んでいるだけのようだ。

「おい、お兄さんらちょっと顔を出しなされ」

 おじいさんに呼ばれ、荷車を下りて顔を出してみる。

 顔を出した先で、門番の人と目が合った。一応頭を下げるとニコリと笑顔を返してくれた。そんな様子はなかったが、ちゃんと僕らについて説明をしてくれていたようで

「森に入りたいそうだがどうすればいい?」

「そうですね。……一度村長に会ってもらって許可をもらってください。何をしに行くかにもよりますが、下手に入ると迷子になってしまいますので、土地勘のある人間を同行して入ってもらうことになると思います。なので森に入るのは早くても明日になるかと」

「お兄さんら、それでいいかい?」

「ああ、いいぜ」

 一緒に聞いていた男が問いかけに調子よく答えた。

 どうせ魔女の森に入るのは明日にするつもりだったのでいいが、こういうことを相談なしで返事をするのはやめてほしい。

「じゃあ、そういうことでお願いします。村長にはこちらから伝えておくので、野菜を売り終わったら、奥の大きな屋敷に行ってください。そこが村長の家になります」

 そう言うと門についたひもを両手で握りゆっくりと引いた。すると木でできた大きな門がゆっくりとひもに合わせて持ち上がり開いていった。

 門が木でできているとはいえ重そうな門を一人で開けてしまうなんてすごい力だ。門番なだけあって相当鍛えているのだろう。

 引っ張られたひもを地面に刺さった丸太に固定すると

「では、どうぞ」

 門番からゴーサインが出る。

 それを聞いたおじいさんが手綱を引くとゆっくりと荷車が動きだし、開いた門をくぐって集落の中に入っていく。


 集落に入って最初に持った印象は、いい意味での期待外れだ。

 乾いた地面の上に真新しい家が立ち並び、そこで人が生活している。奥に大きな屋敷が見えるのでそこが村長の家だろうか。森の手前に位置している割に自然が少ないのが気になるくらいで、おじいさんが言っていたような怪しい感じはしない。雰囲気としては僕の住んでいた村に近い、普通ののどかな村のような感じだ。

 集落の中央の広場で荷車を止めると、そのまま荷車が野菜売り場に早変わりする。

 止まる前から広場に集まっていた集落の人たちに囲まれると、野菜の注文が矢継ぎ早に言われる。荷車に座っていた僕たちはもちろん自然に販売側に回ってしまい、慣れない販売業務にてんてこ舞いだ。

 目が回るほどの忙しさのなか、気が付くと荷車に積まれていた野菜はきれいさっぱり消え、残ったのは疲れ切った僕と男、それに何事もなかったかのように馬を撫でているおじいさんだけだった。この集落で野菜が取れないのは聞いていたが、さすがにここまで盛況とは思っていなかった。

「すまんなぁ、野菜売りの手伝いまでしてもらって」

「い、いえ、ここまで載せてきてもらったので」

 おじいさんの申し訳なさそうな声に息も絶え絶えで答える。男にいたってはしゃべる余裕もないようだ。それは仕方ないことで要領の悪い僕の分まで男は働いてくれていた。その分だけ僕よりも疲れているのだ。ほんと申し訳ない。

「じゃあ野菜も売れたことだし、わしは帰るかな」

「いろいろありがとうございました。帰りは危ないんで寝ながら荷車運転しちゃだめですよ」

「じゃあな、じいさん。せいぜい余生を楽しめよ」

 僕のあいさつの後、男がろくでもない挨拶を付け足していたが特に気にする様子もなく、おじいさんは荷車に座り手綱を取ると来た時と同じようにゆっくりと門の方へ荷車を歩かせた。

 僕たち二人はおじいさんの背中が見えなくなるまで広場の地面に座って小さくなっていく背中を見送った。ただ疲れて動けなかっただけなのだが。

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