第13話

「くっそー、あのオーナーのヤロウぼったくりやがって」

 馬車に揺られながら、横で男が恨み言を言っている。そのはずなのに何となく晴々とした様子なのはなぜだろう。

「しっかり取り返せただけマシでしょ」

 少女があきれた様子で屋根から顔を出した。それも無理はない。まさかたった一回の演奏でヴァイオリンの代金を取り返して、それどころか大幅に多く稼いだなんて日にはあきれるしかない。


 あの演奏のあと、ステージの前には男の演奏を聴いた人々が押し寄せた。

 人の波の中、スタッフの人にも手伝ってもらって預かったカバンにチップや紙幣を集めて回った。なのだが、反響が大きすぎてカバンはすぐにあふれてしまい、結局カジノのスタッフに箱を持ってきてもらいその箱もあふれさせながらなんとかすべて回収することができた。

 大量に集まった紙幣やチップを計算してもらうとヴァイオリンの代金を大幅に超え、見たことのない金額をたたき出したのだが……。ここからオーナーにステージの使用料や、スタッフの人件費などの諸々を追加で要求され、最終的には勝った分の六割くらいは持っていかれてしまった。

 それでも僕の貸した分は帰ってきたし、男の財布は潤った。おかげでこうして、男が手配した馬車で快適な旅ができている。

 しかも今回は荷車とかではないのでちゃんと椅子に座れるし、着いたら荷下ろしなどの手伝いもする必要もないので悠々とくつろげる。まあ、それもお金の都合で次の街までなのだが。

「にしても、まさかあそこまでお金が集まると思ってなかったと思いますよ。あのオーナー」

「まあな、この俺様の演奏だぞ!あれでも足りないくらいだ」

 僕の称賛に堂々と胸を張って男が主張する。

 実際ちゃんとしたステージであの演奏をやるのなら、どれほどのお金が集まるのか想像ができない。前に言っていた千年に一人の天才というのも自称ではないのかもしれない。

「ほんとそうですよね。王都とかで演奏したらすごいことになると思いますよ。それこそ王様の耳に入って城で演奏なんてことにだって……、どうしたんですか?変な顔して」

 なぜか僕の顔を見ながら男がぽかんとしている。普通にしゃべっていただけなのに何をそんな驚きの表情を浮かべることがあるのだろう?

「いや、いつもそれくらい素直ならいいのになと思っただけだ。……カジノじゃ、くそ生意気だったからな」

「僕はいつも素直ですよ。変なことばっかりしてるからそう見えてるだけじゃないですか?」

「だってよ、嬢ちゃん」

「なんで私!?どう考えてもあなたじゃない!変なことする人なんて」

 少女は、ぎゃあぎゃあ騒ぎながら男に抗議をしている。べしべしと叩こうとしているが、その手は男の体をすり抜けて当たらない。

 少女と男の戯れは無視して僕には気になることがあった。

「それにしてもカジノでの演奏、普通じゃなかったですよね。あんな演奏どうやったらできるんです?」

 カジノでやった男の演奏は普通じゃなかった。あんな演奏、世界中を探してもできる人なんて多くはいないと思うし、もしかしたらいないかもしれない。何か秘密があるのじゃないかと思うのは当然だと思う。

「普通の音楽家じゃできないだろうな。だって俺天才だからな。……それに」

 男がなにか言いかけた時

「お客さん、そろそろ街に着きますよ」

 馬車の前の方から御者のおじさんに声をかけられた。窓から顔を出してみると、落ちかけた夕日の手前に街の影が見えていた。

 次の街は特に突出した点のない普通の街だ。カジノの街の次に行く街にしては地味だが、あそこが異常に栄えているだけらしい。今日はあそこの街で一泊することになっている。

「この街、最近物取りが増えているらしくて、特に旅の人は被害に遭いやすいんで、気を付けてくださいね」

 馬車を下りた時に御者のおじさんにそう言われた。

 見える限り、街の景色に怪しいところは見えないが、治安が悪いのなら用心しないといけない。

「とりあえず宿探しに行くか。腹も減ったしな」

「そうですね、バタバタしてお昼ご飯もあんまり食べられてないですし」

 カジノで時間を使ってしまったせいで、軽食だけ持って馬車に乗り込む形になってしまった。育ち盛りの体には全然足りず、お腹ペコペコだ。

 夕方とはいえ、街にはまだまだ活気がある。宿まで我慢してもいいが、なにか食べ物を買ってもいいかもしれない。

 気を抜くと鳴ってしまいそうなお腹を抱えて宿を捜し歩いていると、目の前から布を頭から深くかぶった人物が猛烈な勢いで走ってきた。

 布で顔が隠れているせいで正面にいる僕のことが全く見えていないようだった。ぶつからないように避けようとしたが、思いのほか近づいてくる速度が速い。そのせいで避けきれず正面から受け止めるみたいにぶつかってしまった。

「いてっ」

 勢いよくぶつかった割に衝撃は少なく、後ろに倒れてしりもちはついたが被害はそれくらいだった。ぶつかってきた人の方は、僕に抱きかかえられるように倒れたおかげで怪我は全くないようだ。

「大丈夫?」

 倒れた衝撃でまだ頭がぼんやりしているが横からは少女の心配する声が聞こえる。

「……すみません」

 ぶつかった人は一言それだけぼそっと言うと、僕を押しのけて足早に立ち去ろうとする。

「ちょっと待った。……お嬢さん、忘れもんだ」

 男がぶつかった人に声をかけ、逃げようとするのを引き止めた。

 僕は全く気が付かなかったがぶつかった人は女性だったらしい。男はほんと目ざとい。

 ぶつかった女性は、声をかけられビクッと動きを止めるとゆっくりこちらを振り返った。

 こちらを向いた女性にすぐに忘れ物とやらを渡すのかと思ったら、そんなことはせず男は無言でなにかをひらひらと振っているだけだった。

 男が何を振っているのかしりもちをついた状態ではよく見えない。だが、少女はそれを見て顔を赤くしているようだし、ろくでもないものには違いない。ほんとに何を持っているのだろう?

 よろけながらなんとか立ち上がって男の手元に目を凝らしてみる。くるくるひらひらと布のようなものが舞っているようだ。けど、回っているせいでなんなのかがはっきりしない。

「きゃああああ!」

 女性の悲鳴とともにバチンと男が勢いよく頬を叩かれた音が街に響き渡った。叩かれた男はふらふらとゆっくり回るようによろけてそのまま腰から地面に着地した。と、同時に男の持っていた布も地面に放り出された。

 地面に転がったそれを見てみると————女性用の下着だった。

「最低っ」

 ぶつかってきた人は吐き捨てるようにつぶやき地面から下着を拾い上げると、顔を真っ赤にしたまま、今度こそ逃げていった。


「なにやってるんですか」

 あまりの惨状にあきれを隠し切れない。本当に何やっているんだろうこの男は。

「いてて、なにって見ての通り人助けだよ、人助け。ほらよ」

 男は、上半身を起こすと僕に何かを投げつけてきた。ワタワタと受けとると、それはなぜか僕の財布だった。

「あの女、ぶつかった瞬間にお前の財布すったんだよ。それを心優しい俺様が取り返してやったってわけ」

「そ、そうなんですか?」

 あの一瞬にそんなことがあったなんて全く気が付かなかった。それだけ相手が手馴れていたということなのだろう。

 そういえばカジノの時もいつのまにか僕の財布を持っていたし、もしやこの男相当手癖が悪いのでは?手癖の悪いもの同士だからわかったのかもしれない。そう考えたら、すとんと納得がいってしまったあたり、日ごろの男の行いのひどさがわかるというものだ。

「それにしたってアレはやりすぎだよ。ほんと最低」

 少女は軽蔑の目で男を批難している。

 正直僕はちょっとだけすごいなと思ってしまったが、同じ女性である少女からすれば軽蔑されてもしょうがないだろう。というか、どうやったら立っている女性から下着を盗れるのだろう?あとでしっかり聞かないといけない。これは知的好奇心で、やましい心はない。けっしてない。

「いやー、手が滑っちまってな。それに、……あっちのやつはそうは思ってないみたいだぞ。俺の方を妙にキラキラした目で見てきやがる」

 地面に腰掛けたままにやにやして僕の方を指さしてきた。

 決してそんなことはないはずなのだが、少女にはそうは見えなかったらしく

「だめだよ。————あんな大人になっちゃ」

 生暖かい目でそう言われてしまった。言われなくてもなりたくはない。それに

「……アレにはなれないですよ」

 僕の視線の先には、さっきまでビンタを食らって足元に転がってたのに、あっという間に立ち上がって近くのお店のお姉さんに声をかけている男の姿があった。

 あんな大人、なろうと思っても僕にはなれない気がする。もちろん悪い意味で。

「……そうだね」

 二人そろってはぁっとため息をつくと、お店のお姉さんに迷惑をかけているしょうもない大人を連れ戻す。

「すみません。今連れていきますんで、ほんとにすみません」

「おい!コラ!まだ話の途中だろうが……」

 男の腕をつかみ取り、無理やり引きずるように店から引きはがす。ごちゃごちゃと何か言っているが聞く耳持たず、そのまま少女と二人でお姉さんに謝りながら街の中心へ足を進めた。


「もうほんとにやめてくださいよ。一緒にいる僕たちも恥ずかしいんですから!」

「俺は普通にこの街のこと聞いてただけだっての。お前らが勝手に勘違いしただけだろ!」

 とりあえず取った宿の部屋で男をおろすと、こんな調子で拗ねていた。

 街のことを聞いていただけとは言っているが、あんな騒動の後によく目の前にある店で女性に声をかけられるものだ。情報収集にしても、あの騒動のあとじゃ警戒されて聞けるものも聞けないだろうに。

「俺は妻帯者だぞ。そんなすぐ女に声かけるような男に見えるか?」

「「見える」」

 男の問いに恥ずかしいくらいに二人して全く同時に同じ答えを返した。初めて会ったときだってそんな感じだったし。この男はそういうものだと思っている。

「お前らなー。……まぁいいや、どうせこの街に長居はしない予定だしな。別に聞き込みしなくても困らんだろ。なんか疲れたしとりあえず俺は寝る」

 あきれられた後、宣言通りベッドに滑り込んで寝てしまった。

 男が寝息を立て始めたころ、少女は街を見てくるといってどこかへ行ってしまい、僕だけ取り残されてしまった。

 ぐぅーっと気の抜けた音がお腹からした。そういえば男が騒ぎを起こしたせいで結局何も食べられていない。部屋にいてもしょうがないしご飯でも食べに行ってこよう。

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