第11話
交換所でお金をチップに交換すると、いよいよギャンブルに興じる。
「どれやるんです?」
これだけいろいろ機械やらテーブルがあると何をやるのか僕なら迷ってしまう。短時間で稼ぐとなるとやるものも限られてくるのだろうが、あいにくカジノ初心者の僕にはわからなかった。
「ああ、あれあれ」
男が指さしたのは、回転する円盤が付いたテーブルだった。後から聞いたところによると、ルーレットというらしい。なんでもあの円盤を回転させ、そこに投げ入れたボールが円盤の上にあるどのポケットに入るか当てるギャンブルらしい。
複数あるテーブルはそれなりに人で囲まれており、盛況なようだった。
「なんか難しそうだけど大丈夫なの?」
少女が心配するのも無理はない。ルールがよくわかっていないのもあるのだろうが、見た感じ結構チップの動きが激しいように感じた。
そんなゲームにこの予算のない状態で参戦してしまって大丈夫なのだろうか。今持っているチップがなくなれば僕たち一行は正真正銘の一文無しになってしまうのだから、もう少し慎重に選んでもいいと思うのだが、相手がこの人だからなぁ。
「大丈夫大丈夫、任せとけって」
僕たちの心配をよそに余裕な表情で早速テーブルに着いた。
男の座ったテーブルには、すでに数人が席についており、僕たちが席に着いたところで賭けが始まった。
ディーラーがルーレットをまわすと、客たちがにぎったチップをテーブルの上のマスの上に置き始める。
「黒の二四」
男は持っているチップの半分をそのまま二四の数字の上に置いた。いきなり半分を出してしまったことに横で見ていた僕らも驚いたが、それ以上に周りの客がざわついている。ディーラーですらちょっと怪訝な表情を浮かべているように見えた。その反応から見るに男のやり方はこのゲームの正攻法ではないのがわかった。現にほかの客は数字の上には置かずに数字を区切る線の上など全然違うところにチップを置いていっている。
ギャンブルは今始まったばかりだが、緊張と不安ではやくも胃が悲鳴を上げ始めた。
この人に貸したのはやっぱり間違いだったのじゃないかという後悔が頭をよぎる中、ボールがポケットに入り、ルーレットがゆっくりと止まった。両手にぐっと力を入れてボールのありかを睨みつける。ボールがおさまったポケットはなんと……黒の二四だった。
「「「——————!!」」」
驚きのあまり思わず少女と二人声にならない悲鳴を上げた。周りの客も目が飛び出しそうなくらい驚愕している。ディーラーが外れたチップを回収し、配当を振り分ける。
配当の結果、男の手元にはさっきとは比べ物にならないチップの山が出来上がっていた。
「ほら、言っただろ。任せとけって」
的中させた後というのもあり、いつにも増して得意げだ。
この後、男はそのままの調子で連続三度も的中させて見せた。一回当たるごとにギャラリーは増えていき、気が付けばほかのテーブルに座っていた客までもギャラリーの中に混ざって男の勝負を観戦していた。
「……すごいね。チップ、すごいいっぱいになってるよ」
「すごいですよね。たぶんもう取り返す分くらいは余裕で稼いだんじゃないですか?」
「いやいや、まだまだこれからもうひと稼ぎいくんだよ」
男は調子に乗っているのかまだまだ続けるつもりのようだ。この調子で勝ち続けてくれるならいいが、ここから負け始めたら一文無しなるまでやってしまいそうだ。その前に留めたかったが声をかける前にルーレットは回り始めていた。
「赤の一二」
チップが増えたのもあり、持っているチップの半分ではなく重なったチップの山一つを数字の上に置く。男がチップを動かすと周囲がざわつく。それだけ男の一挙一動にギャラリーの注目が集まっているのだ。見ている側はいいが一緒に賭けに興じる客はやりづらいことこの上ないだろう。
山一つ動かしたが、男の手元には同じ高さの山がまだ複数ある。だから横にいる僕らも安心してみていられる。この調子ならほんとに一攫千金のロマンも夢じゃない。それくらいの勢いが今の男にはあった。
「やべっ」
……なんか嫌な言葉が横から漏れ出たのが聞こえた。
やべってなんだやべって。聞いた瞬間に安心感が一気に不安に変わり大量の汗が背中を濡らし始める。結果を見逃さないように、視線はすでに投げ入れられているボールから離せなくなっていた。
だんだんとルーレットの勢いがなくなり、ボールもポケットに吸い込まれる。ボールが入ったポケットには一五と書かれていた。
「「「あぁーっ」」」
周りから嘆く声が一斉に漏れ出る。
ギャラリーは皆頭をかかえ、テーブルに座る客はほっと胸をなでおろした。男のまぐれもさすがに続かなかったみたいだ。
男も外れたのが気に入らないのか眉間にしわを寄せ、ルーレットをにらみつけている。
「……どういうことだ。音が変わった?」
なんかぶつぶつと言っているが、カジノのうるささに加え周りのギャラリーの声もあるので男の声はよく聞こえない。まぁ、大方外れたことに文句言っているのだろう。
「まあまあ、まだ一回はずれただけですから気を取り直していきましょう」
そうは言っては見たが、そう簡単にいくほど現実は甘くなかった。
この後続けて何度も外し、チップの山もどんどん減っていった。チップの山が減るたびに周りのギャラリーが少なくなり、チップの山が残り一つになったときにはとうとうギャラリーはいなくなってしまった。
僕も男も外れすぎて意気消沈して静かにルーレットをにらんでいると
「ねぇ、おかしくない?なんかルーレットの動き、途中から回るのが遅くなってる気がするんだけど……」
「えっ?そうですか?別に普通な気が……他を見たことないんでわかんないですけど」
「いや、お嬢ちゃんの言う通りだ。百発百中のはずの俺がこんなに外すなんておかしい。なんか理由があるはずだ」
あれだけ外した後でそんなことを自信満々に言えるなんて、あきれた男だ。だが男だけじゃなく、少女までルーレットがおかしいと感じるくらいだ本当に何かあるかもしれない。……ただの負け惜しみかもしれないが。
「……でも、だからといってどうするんですか」
「そんなの簡単だよ」
口元をゆがませ悪い笑みを浮かべて男が答える。少女も何かに気づいたようでくすくす笑っている。なんだこの空気。
「……あのーすみません、次のゲーム初めても大丈夫でしょうか」
三人でテーブルに背中を向けて後ろ向きでこそこそやっていたので、ディーラーが待ちかねて声をかけてきた。
悪い顔をした二人は視線を交わすとそれを合図に、少女が床に沈んでいった。
「OK、じゃあ次のゲーム始めようぜ」
もうチップの数的にあとはない。さっきのアイコンタクトで何か変わればいいのだが、僕は完全に蚊帳の外なので見ていることしかできない。
ディーラーが、先ほどまでと変わらずルーレットを回し賭けを始める。残り一山のチップを握った男がルーレットを真剣に見つめている。ここで外せば一文無しだ。あんな適当な男でも真剣になるだろう。
「黒の三五に残り全部!」
勢いよくベットをした。あたっているときはほかの客も便乗していたりしたが、連続で外れているので逆にみんな男が置いたところを避けるようにチップを置いていく。
全員が置き終われば、勝負の時だ。
ゆっくりとルーレットの勢いが落ちていく。先ほどまでよりもポケットに入るまでが長く感じる。徐々に勢いのなくなったボールは、吸い込まれるようにポケットに入った。入ったポケットは————赤の三のポケットだった。
言葉も出なかった。人間、全財産がなくなると悲鳴もでないらしい。男の方も何も言わない。二人して声も出なくなったところに、いつのまにか消えていた少女が床から出てきた。
「なんかあったか?」
「うん、ルーレットの下になんか仕掛けがしてあった。……けど、ディーラーさんが操作してるわけじゃなくってもっと奥の部屋から操作してるみたいだった。さすがに時間がなくってどこに繋がってるかまでは見れなかった。ごめんなさい」
またテーブルに背を向けてこそこそと二人が話を始める。
さっきアイコンタクトしていたのは少女に調べさせるためだったようだ。たしかに人から見えず床のすり抜けができる少女ならテーブルを怪しまれずに調べられるので適任だろう。というか、つまりそれって
「それってイカサマってことじゃ」
何も考えずに普通の大きさの声で口に出してしまっていた。
僕の不注意に聞いていた二人があわててしーっと口の前に人差し指を立ててるが、時すでに遅し、しっかりディーラーの耳にも届いていたようでこちらに向けていやらしいほどの笑顔を浮かべると
「お客様、当カジノは公平・公正をモットーとしております。そういうお話は当カジノの営業妨害となりますので、ご遠慮いただけますでしょうか?ご了承いただけない場合は……」
続きは笑顔で濁されてしまった。
言葉は丁寧で満面の笑顔を浮かべているけど目が笑ってないよ。続きがすごい怖い。めちゃめちゃ怒らせてしまったようだ。
横の男はげらげら笑ってるし、少女はやっちゃったって頭を抱えてるしで完全に僕の不注意のせいだが状況は最悪だ。
「お客様、チップをお持ちでないなら次のお客様がお待ちですので、お席を開けていただいてもよろしいでしょうか?」
張り付いた笑顔のまま、ディーラーに退席を促された。
機嫌を損ねたせいなのかほんのり嫌味にも聞こえるが、実際手元にチップはなくなっており、賭けるものもなくなっている。だから言っていることは至極当然だ。賭けるものがなくなってしまってはここに座っている意味もない。
はぁ、日雇いの仕事でもしてお金を稼がないとな。
がっくり肩を落としながらため息交じりに僕が立ち上がろうとする。だが、それを男が腕を引っ張って引き戻した。
「おい、俺に考えがある。今度は絶対取り返してやるから、ちょっとごねて奥にいるオーナーを引きずり出せ。そこのディーラーに大声で突っかかって騒げば出てくるはずだからよ」
「嫌ですよ、自分でやったらいいじゃないですか」
「バカッ、俺がやったら意味ねぇんだよ!しょうがねぇな、————すいません、ディーラーさん、こいつが言いたいことあるらしいんですが!」
この男、人を売りやがった!
どう考えても嫌な予感しかしないが、一文無しになった今はもう失うものはない。さっきも途中までは順調だったし、本当に考えがあるのだろう。そうであると信じたい。じゃないと、さっきディーラーが言わなかった続きを味わうことになってしまう。
覚悟を決めてすうっと息を吸って、閉まっている喉をこじ開けて声を上げた。
「————僕知ってるんですよ!このルーレット、裏に何か仕込んであるんですよね!だから途中からルーレットの動きがおかしかったんですよ!!だから、このルーレットはイカサマですよ!イ・カ・サ・マ!」
男に言われた通り、できるだけ騒ぎが大きくなるように生来ここまで声を張ったことはないくらい精一杯頑張って声を張って叫んで見せた。
言われたディーラーは眉間にしわを寄せ、怪訝な表情でこちらをにらみつけている。張り付いていた笑顔の仮面ももう完全に剥がれ落ちている。
「————お客様、先ほど申しました通り、これ以上の営業妨害となるような発言はこちらも相応の手段を取らせていただきます。警備のものを呼びますのでそのまま座ってお待ちください」
向こうも頭に血が上っているせいなのか、言葉遣いは丁寧なままだが濁さず直接的な言葉になってきている。
怖い!怖いよー!男に言われたからやったって言ったら許してくれるかな?……許してくれるわけないよな。けど、男の提案に乗ってしまった以上、行きたくないけど行くしかない。男が何とかしてくれるのを祈るしかない。ほんと何とかしてくださいよぉ。
「呼びたければ呼べばいいじゃないですか!このテーブルひっくり返してでもイカサマの証拠出して見せますよ!」
傍から見れば完全な言いがかり、しかも相当悪質なものだ。賭けをしてた本人じゃなく、横にいた僕が騒いでいるのはなんだかちぐはぐに感じるが、それでももう引くに引けない。それに
「頑張って!まだごねられるよ!まだいけるって!」
横から応援の声が聞こえる。
語彙は少ないが、握りしめた両手を振り回してすごく頑張って応援してくれている。僕にはこの可愛い応援団の期待を裏切ることはできない。やれるだけやってごねにごねてみる。けど、慣れない大声でもうすでに割と限界なので、早く来てオーナーさん!
「————どうか、されましたか?」
うるさいカジノの中なのに、その声は明瞭に聞き取れた。威圧感はなく、落ち着いた声なのに、奥からは冷たさを感じるような男性の声。
目の前で僕に絡まれていたディーラーは、その一声ですくみ上り額に冷や汗を浮かべ始めた。
なにごとかと振り返ると、そこには見るからに高そうなスーツに身を包み、背の高い悪い意味で偉そうな男性が立っていた。この人がこのカジノのオーナーだろう。あからさますぎて見ただけで理解できた。
「すまんな、オーナー。俺の連れが賭けにヒートアップしちまって、結果に納得できなくてディーラーに絡んじまってたんだよ」
「あなたは昨日の……」
まるで昔からの友人かのような軽い調子で男がオーナーに声をかけていた。それに比べて声をかけられたオーナーの方はあからさまに顔をしかめている。昨日来て相棒を取られるくらい大負けしてるだけあって、嫌な顔をするくらいにはオーナーに覚えられているみたいだ。
自分が指示してやらせたくせに、よくもまあここまで平然と嘘をつけるものだ。作戦とはいえ僕が悪者にされてしまったのはちょっと引っかかるが、なんにせよオーナーを呼びだすのには成功した。でも、ここからどうするのだろう?
「昨日預けたやつを取りに来たんだが、見ての通り負け続きでもう財布も空っぽでな」
「そうなんですか。我がカジノはそのスリルも醍醐味の一つです。昨日お預かりしたものは大事に保管させていただいておりますので、また挑戦して取り返しに来てください」
オーナーも男とあまり会話したくないのか、直接は口に出さないが帰らせたい雰囲気を分かりやすく漂わせている。
向こうから見れば、席に居座る嫌な客なのでその反応は当然だろう。だけど男はそんな言葉はどこ吹く風で、
「そうしたいのはやまやまなんだが、今日中にこの街を出なくちゃいけなくなってな。あれがないと出発できないんだよ。だから、————俺と賭けをしないか?」
「……賭けですか。ちなみにどのような?」
あくまで冷静に表情を変えず、オーナーは聞き返した。
さっき一文無しといったばかりなのに、賭けをしようなんて怪しいにもほどがある。賭けは性質上、双方の同意がないと成立しない。ここでオーナーを射止めるほどの魅力のある賭けを提案しないとオーナーが乗ってこない可能性があることくらい男もわかっているはずだ。けど、男は動揺も見せず堂々とした態度のままだ。僕たちはその様子を横で黙ってみているしかなかった。
「あそこにステージがあるだろ。あのステージで俺が相棒を使って演奏をする。その演奏を聞いた客からチップを回収する。で、それを丸々返済にあてる。足りなかった場合はそっちの勝ち、預けたやつもチップも総取りだ。だが、もしも集めたチップが借金をオーバーした場合は超えた分は報酬としてもらう。もちろん相棒も返してもらう。どうだ、これなら条件はイーブンだろ?」
「いいんですか?こんなところで演奏したところで人の耳に届くとは思えません。それに預かったものは相当な価値のものとお伺いしたと思うのですが、そんな賭けをしてしまって大丈夫なのですか?」
オーナーの指摘はもっともだ。男が指差したステージは、入り口の真正面で大きさもそれなりに立派で人目も引きそうではあるのだが、カジノ全体に音を響かせられるような作りにはなっていない。仮に響かせられたとしてもカジノではそこら中で外からでも聞こえるほどの騒音が発せられている。そんな状態で演奏したところで誰にも聞こえない。そんなことは火を見るよりも明らかだ。
「……ちょっと!無謀ですよ。そんな賭け」
「大丈夫だ。————俺に任せとけ」
さすがにそんな無謀すぎる賭けは止めようと声をかけたが、男にはそんな静止の声は届かなかった。しかも不思議なことに男の声は明らかにルーレットの時よりも自信に満ちていた。ほんとにこの自信はどこから出てくるのだろう。
仕方ない、一度は乗ってしまった船だ。最後まで賭けてみよう。
「大丈夫じゃなかったら提案してないよ。そっちには損はないし、こっちは一攫千金のチャンスだ。こんな賭け、乗らない手はないと思うぜ」
「ふふっ、いいでしょう。その賭け乗りました。そうですね、……三十分後にステージを使えるよう準備をさせましょう。ただし、こちらもステージを何時間も占領されては困りますので、演奏は一回とさせていただきます」
「OK,その条件でいい。もともと長々とやるつもりないしな。あと俺の荷物を一旦返してもらうぞ。あれがないと賭けにならないんでな」
「わかりました。ステージの控室の方に準備させておきましょう。」
二人の間で賭けについての詳細がさくさく決まっていく。
詳細がきちんと決まると、オーナーが何人かのスタッフをてきぱきと動かし始め、僕たちはその中の一人に案内され、ステージ横にある控室に通された。
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