第7話

「どうしましょうね。まだ休むには早いですよね」

 宿の部屋に備え付けられた木製の椅子でくつろぎながら少女に話しかけた。

 窓の外から見える日はまだ高く、元気に輝いていた。荷下ろしの手伝いに買い物と歩き回っていたせいで疲れてはいるが、さすがにこんな時間に休んでしまうのはもったいない。だからと言って買い物も済ませてしまっているので、ふらふらと街に出ていく気にもならない。

「じゃあ、カジノ行こうよ!カ・ジ・ノ!!」

 ベッドの上で浮かぶ少女が目をキラキラと輝かせて提案してくる。

 買い物の途中でカジノがチラッと見えたので、その時から気になっていたのだろう。僕もこの街にカジノがあると聞いた時から興味があったが、カジノというのは大人の戦場と父さんが言っていた記憶があるので、そんなところに子供だけで入れてくれるのだろうか。

 正直、僕としては中には入らず外から見るだけの方がありがたい。カジノで遊べるほどお金に余裕がないのだ。だけど、誘いを断れるほど鬼にもなれなかった。

「……見に行くだけですよ」

「OKだね、じゃあしゅっぱーつ!」

 少女は弾むような足取りで部屋を飛び出していった。


 カジノの周囲は街の中でも異質だった。

 荘厳な宮殿のような石造りの建物に、外からでも聞き取れるほどの騒音にも似た重低音。入り口である大きな門の横には三メートルくらいの大きさの金色の像が門番のように立っている。そんなものが街のど真ん中に佇んでいるのだ。街の景観などあったものではない。

 張り切ってカジノの前まで来たにはいいのだが、あまりに自分たちが場違いすぎて入ることができず、なんとなく黄金の像を下から眺めていた。

「誰だろうね?この像の人。……なんか見たことあるような気がするんだよね」

「そうですか?……うーん?」

 少女がそういうので僕も注意深く見てみる。

 金色の像は表情まで精巧に作りこまれており、特定の個人を模したものだとわかる。胸元には十字架を模した特徴的なペンダントを付けているので見る人が見ればわかりそうなものなのだが、僕には誰かは分からなかった。

 顔ではわからなかったので、足元にある台座になにか書いてないか見てみるが特に個人を特定できそうなことは書いてなかった。


「なんだ、嬢ちゃん知らないのか?こいつは魔女狩りの英雄さんなんだとさ。なんでも昔この街に住んでたとかの縁でカジノを作るときにこの像を作って門番にしたんだとよ。そのおかげか、こんだけデカイカジノなのにできてから事件は起きてないらしいぜ。……俺も聞いた話だけどな」

 像を見上げていた少女に、ちょうどカジノから出てきたお兄さんが教えてくれていた。その内容にへぇーと心の中で感心する。

 横目で見るとその人も旅人のようで、顔立ちを見る感じこの国の人ではなさそうだった。服装もジャケットを着ているが、なんか変な色をしているし、片面にモコモコの毛がついた半分楕円で半分が長細い何とも言えない変な形のカバン?ケース?を持っている。

 彼の言ったことが本当なら目の前の像の人が魔女狩りの……。


 ————うん?嬢ちゃん?


 不思議に思い、周囲を見渡してみるがそんな呼び方をされるような年齢の女性は横にいる少女しか見当たらない。というか、見える範囲にいるのは僕と少女と教えてくれたお兄さんだけだ。ということはまさか……。

「見えてる!?」

「おっおう……、なんだ急に」

 どちらかが驚愕の声を上げた。

 僕たちがあんまり急に変な声を上げたものだから、目の前に立つ男は驚きに体を震わせた。

「そりゃ見えるだろ、普通に。それにこんなかわいこちゃんがいたら、声をかけないほうが失礼ってもんだ」

 なんとも頭が痛いセリフを芝居がかった動きで言ってのけた。だが、今重要なのはそんなところではなく、この男には少女が見えている。その部分だ。

 僕以外にも少女のことが見えた。衝撃で何をしゃべったらいいのかわからない。それは少女も一緒なようで、目を震えさせて動揺しているようだった。

「まあ、ここじゃなんだ。お嬢ちゃんたち、どっか落ち着いて話せるところまで行こうか」

 僕たちの様子を見て何かを察したのか、男の方から場所を移すよう提案してきた。

 少女のことが見えてしまった以上、こちらも話を聞きたいので断る理由はない。促されたままに男の後ろをついていく。


 男に案内されて着いたのはカジノからほど近い通りの角にある喫茶店だった。

 彼は店の前まで来ると躊躇いもなく喫茶店に入っていってしまった。慌てて扉が閉まる前に、店の中に飛び込んだ。

 中に入るとすぐにウェイターの女性に人数を聞かれ、流れるように窓際の四人掛けのテーブル席に案内された。

 案内されたままの流れで男が先に奥の席に座ったので、僕と少女は手前の席に並んで座った。案内してくれたウェイターさんは僕と男の分の水をテーブルに置くとそのまま入口の方へと戻って行った。残されたのは、沈黙だけだった。

 席に座ってから妙な緊張感があって、僕も少女も口を開けなかった。それにどこから話をしたらいいかも、頭がうまく回らずまとめられなかった。

「で、がきんちょとかわいこちゃんの二人だけで旅行なんて、どういう要件だ?どう見てもタダゴトじゃあなさそうだが?」

 沈黙を破ったのは男だった。鼻につくような気取ったような言い方だが、しっかりと核心をついてくる。

 この男に少女のことが見えているのなら、ここで話をして協力を取り付けるのがいいと思う。旅のお供が増えるのは少し不服だが、僕一人での旅よりも大人がいた方がいろいろな面で安全になるはずだから。男が先に口を開いてくれたのだから、この流れで全部話してしまおう。

「少し長くなるかもしれないですがいいですか?」

 その前置きに、男が一瞬だけ嫌な顔をしたのが見えたが無視して僕たちの旅について話した。


 僕になりだが、できるだけ簡潔にかつ分かりやすくこの旅の目的についてなどを男に説明した。少女もタイミングをみて補足なんかを入れてくれていたので、だいぶわかりやすかったと思いたい。

「それで僕たちは旅をしてるわけなんです。彼女のことが見えたのもここまでの旅で僕以外だとあなたが初めてなんです」

「ほぉー、……どおりで、音が違うわけだ。」

 感嘆の声のあと、なにかボソッと付け足したような気がしたがよく聞こえなかった。それにボソッと言ったということはさして重要なことじゃないだろう。話を理解してくれたならそれで十分だ。

「まぁー、オレさまは千年に一人の天才だからな。幽霊くらい見えたって不思議じゃあない。……それにもっとおかしなもんいろいろ見てきたからな」

 この男、なんの天才かは知らないがすごい自信だ。

 大層なことを言っているが、結局のところ少女が幽霊ということを気にしてはいないようだ。けど、言葉の途中でおかしなもん呼ばわりされたのを少女は聞き逃さなかったようで、おかしなもの……と小声でつぶやいてショックを受けているようだった。どんな顔をしてたか怖くて横は見れなかった。

「それなりに長い旅になるので大人の力も借りられたらと思っていたんですが、なにぶん事情が事情ですから説明もできなくって。旅にも慣れているようですし、彼女のことが見えるあなたの力を貸してもらいたいんです」

「ああ、そういうことか。そういうことなら、その子は俺が連れて行ってやるよ。その魔女の森?とやらに」

 いつの間にやら頼んでいたコーヒーを片手に旅への同行を快諾してくれた。判断がなんともあっさりしすぎている気もしなくもないが、そういうのが気質なのは話しているだけでも何となくわかった。だけど、そのあとに出てきた言葉は予想外だった。

「だから、お前はもう用済みだ。……一人で旅を続けるなり、住んでた村に帰るなり好きにしろ」

 飲んでいたコーヒーを置くと、僕を指さしてそう告げた。

「なんでですか!?」

「なんでって、考えればわかるだろ。俺がいれば、魔女の森とやらまでその娘を連れていける。なら、無駄に一人連れて行って危険は増やしたくない。それに、……俺は男と糸こんにゃくが大嫌いなんだ」

 糸こんにゃくがなんなのかわからないが、最後の部分以外は正論だった。

 叔父さんに反対された時にも似たようなことを言われたが、今回は前提が違う。叔父さんに頼んだ時は僕一人での旅だったが、今回はもう一人増えるという話なのだから。

 大人一人と子供連れの二人では危険は大幅に変わる。体力的な話もそうだが、子供を連れているとどうしても狙われやすくなってしまう。金銭的な面だって単純に倍になるのだ。しかも連れて行くのが見ず知らずの子供ともなれば、連れて行かないほうが何かと楽なのは明白だ。

 この男の場合、どんな理由よりも僕が付いてくるのが気に入らないというのが強そうな気がするが、ここで置いて行かれるわけにはいかない。こんなところで始まったばかりの旅を終わらせたくない。無理やりにでもついていく、その覚悟で噛みついていく。

「絶対に嫌です。僕も一緒に行きます!」

「じゃあ、お前は何かの役に立つのか?」

 勇んで腰を上げた僕に、男は真顔で現実を突きつけた。突き出されたそれは紛れもない真実で、反論もできずしおれるように座り込むしかなかった。

「それに俺だけじゃないみたいだぞ」

 座り込んだ僕に追い打ちをかけるように男がつぶやいた。その言葉は僕に向かってのものだったはずなのだが、言われた僕よりも先に反応する声があった。

「ち、ちがっ、私は別に、そうじゃなくて……」

 誰かに反論するように座ったままバタバタと身振り手振りをした後、声とともに小さくしぼんでいってしまった。


 結局、少女が僕を旅に連れ出したのは見える人がいなかったからなのか。ほかの人がいるなら僕は用済みか。

 そう考えた瞬間、胸の中の何かが急速に冷めていく音がした。

 予定よりだいぶ早くなってしまったが、村に帰るのもいいかもしれない。ここで別れるのなら、村まで帰るくらいのお金はまだ持っている。帰ったら、まずは母さんに会いに墓参りでもしようか。それとも、あの花畑に……。

 ————そうだ、花畑。

 少女と出会ったのはあの花畑だった。朝日とともに感じたあの熱い感情を、こんなところで、こんな旅の途中で捨ててしまっていいのか。いやだ、捨てたくない。まだ思い出になんてできない。したくない。

 冷えた心に、ぼうっと炎がともった。

「……でも」

「あっ?」

「それでも一緒に行きたいんです!僕は彼女を魔女の森に連れて行くって約束したから!だから……」

 勝手に言葉が出ていた。たぶん情けない声だったと思う。自信もない、ただ子供のわがままだった。それでも出てきた言葉は本心だった。

「あーあー、めんどくせぇな。……わかったよ。そんなについてきたきゃ勝手にしろ。ただし、俺は面倒見ないからな。お前がはぐれようが勝手に野垂れ死のうが俺は無視するからな」

 男は非常に嫌そうな顔をしているはずなのに、心なしかうれしそうにも見えた。

「ありがとうございます」

 言われた言葉の中に優しい言葉なんてひとかけらもなかったはずなのに、なんでか感謝の言葉を口にしていた。


 話が終わったところで男の飲んでいたコーヒーカップがちょうど空になった。

「じゃあ明日の朝には出るからそこの宿に集合な。俺はあそこの角部屋に泊まっているから。……遅れたらおいてくからな。ちゃんと来いよ」

 それだけ言い残して席を後にした。

 面倒は見ないと言っておきながら、きっちりと待ち合わせをするあたり、根はいい人なのかもしれない。すこしだけ見直した。

「あっ、ちょっと……行っちゃった」

 声をかけるもタイミングが遅く、店を出て行ってしまった。


 男が集合場所に指定したのは、通りの角にある宿だった。

 位置的には広い道を挟んではいるがカジノの目の前に位置しており、角部屋となると一番カジノに近い部屋だろう。あんな部屋、夜でもうるさくてしょうがないだろうに。

「はぁ、僕たちも宿に行きますか」

 男も行ってしまったので僕も席を立とうとするが、少女はうつむいたまま動こうとしない。

 男との会話に後半ほとんど入ってこなかったし、男は認めてくれたが僕が無理やりついていくのに納得していないのだろうか。

「どうかしましたか?」

「……ねぇ、なんで君は一緒に来てくれるの?」

「??……そんなのさっき言ったじゃないですか。あの時、約束しましたよね。一緒に行くって」

 少女の質問の意図は分からなかったが、ありのままを答えた。しかし、それは少女の望んだ答えではなかったのか、うつむいたまま小さく首を振った。

「……私との約束なんて、別に無理して守る必要なんてないんだよ。君がいなくても、あの人が私を連れて行ってくれる。……だから、君は無理しなくてもいいんだよ」

「無理なんかしてません!だからそんな、……そんな悲しいこと言わないでくださいよ……」

 そのまましばらく沈黙が続いた。

 席から見える窓ガラスの向こうではカジノの音や街の喧騒が聞こえる。薄いガラスをたった一枚隔てているだけなのに、こちらとは別世界のようだ。窓の外の空はすこし曇り始めていて、夜には雨が降るかもしれない。そんな場違いなことを思った。

「……僕には、なんでそんなこと言うのかは、わからないです。……でも、僕は僕の意思でこの旅を続けます。何と言われようとやめたくないんです。……だから、こんな話は終わりです」

 出されてそのままになっていた氷の解けた水を一息に飲み干すと、座ったままの少女をすり抜けて逃げるように席を立つ。

 そのまま、店を飛び出そうとすると

「あっ、お客様」

 少女、ではなくウェイターに呼び止められた。

 睨むようにウェイターの方を見ると、ウェイターは申し訳なさそうに

「お会計がまだです」

 と伝票を渡された。

 もうっ!コーヒー頼んどいて払ってないのか!?ほんとろくでもない人だな、あの人!見直して損した。

 しぶしぶ僕が会計をしているときも、少女は座ったままだったが、会計が終わったときには席から消えていた。

 どこに行ったかはわからないが、僕が思っていることや伝えたい言葉はすべて伝えたつもりだ。これ以上は何を伝えればいいかわからない。落ち着いたらまた戻ってくるだろうし、先に宿に戻って待っていよう。

 ……ていうか、コーヒー高くない?たった一杯でこの金額するなんて都会って怖い。絶対、明日あったときに請求してやる。

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