第6話
村から出てあっという間に三日が経った。
街を出たら次の街まで歩き、朝になればまた次の街を目指して歩く。ただそれだけしかしていないのだが、なんだかとても充実していた。
旅の中で見るもの聞くもの全てが初めましてのものばかりで、田舎者の僕には新鮮な限りだ。それもあってこんなにも充実しているんだろう。
ガコンと音を立てて馬車が大きく揺れた。揺れた反動で頭が大きく揺さぶられる。荷下ろしを手伝う代わりに次のカジノの街まで行商人の馬車に乗せてもらっているのだが、これがまたなかなかに厳しい環境だった。
馬車とは言ったものの中にはぱんぱんに荷物が詰められており、座れるスペースなどごくわずかで荷物の隙間に膝を抱えて無理やり座っているような状態だ。そんな場所にクッションなどあろうはずがないので、馬車が揺れるたびに衝撃が直に腰に伝わり、後ろからは積みに積まれた野菜や果物が押し寄せてくる状態をかれこれ二,三時間続けている。
こんな劣悪な環境に耐えられているのも少女がいてくれるからだろう。
「わぁー、見て!ちょっと遠いけど向こうに動物の群れがいるよ」
馬車の外から少女の声が聞こえる。
馬車の中が窮屈すぎたので、馬車の横を並走するように飛んでいるようだ。飛べるなんて最初に聞いた時には驚いたものだが、人や壁をすり抜けることができるくらいだ、空を飛んだりするのもおかしくはないのだろう。
「ねぇ、聞いてる?」
いきなり馬車の上、というか屋根から少女が体ごと顔を出した。体の上半分ほどをこちらに出しているせいで、よりによって顔が一五センチくらいの距離に飛び出してきた。
「うわぁっ!?」
顔が目の前にきた驚きと至近距離で顔を見合わせる恥ずかしさで隙間ない空間で無理に身をよじってしまった。その反動で、頭の後ろに積まれていた果物のかごが僕の上へずり落ちてくる。
「おい!小僧、なにやってる!商品に傷だけはつけるんじゃないぞ!!」
荷物が落ちた音を聞きつけたのか、前方で馬車を操っている顔の怖い行商人のおじさんの怒声が響く。このガタガタうるさい馬車の中でも響くくらいだ。平地で聞いたらさぞ怖かったことだろう。
「ごめんなさーい!」
一言謝罪をいれて、周りに転がった果物を急いでかごに入れる。入れる際に果物を確認したが、ありがたいことに傷はできていなかった。これで本当に傷がついていたら、後で何を言われるかわかったもんじゃない。
そんな僕の様子を見ながら、少女はにやにやしながら両手を合わせて謝るような動きをしている。謝罪のポーズは取っているが、これはあんまり謝る気がないやつだ。
「誰のせいだと思ってるんですか」
小声で少女に抗議を入れる。
あまり大きな声を出すと地獄耳の行商人のおじさんに聞こえてしまうので、馬車の走る音に紛れて消えてしまうくらい小さい声。それでも少女にはちゃんと届いたようで、吹けない口笛をふすーふすー言わせながらごまかそうと目をそらした。
「まぁ、いいです。なんですか?」
僕があきらめたようにそう言うと少女は変な口笛の真似をやめて、にこにこしながら馬車の中に入ってきた。僕にとって邪魔な荷物も幽霊の少女には関係ないのだ。荷物をすり抜けたまま隣に座り込んだ。
「あのね、向こうにすごい動物の群れがいたんだよ。こう、なんていうか、どばぁーって感じの、横並びの動物がいっぱい!なにが走ってるかはわかんなかったけど、ざぁーって走ってドドドドドッって感じですごかったんだよ」
どんどん顔を僕の方に近づけながら熱弁してくれるが、擬音が多すぎてよくわからない。というか、近くないですか、距離。あんまり近いとドキドキして心臓に悪いのでやめてほしいです。いつも思うのですが触れないとはいえ、こう、女の子がそこまで距離が近いのはよくないと思うんですよね。なんていうか、そう!心臓がドクンドクンのバクンバクンになっちゃうんで!
「そ、そうなんですか、すごいですね」
急に緊張して変な返事になった僕に不満があるのか、口をとがらせると
「むう、信じてないね。じゃあ、君も見てみてよ」
少女は荷車の後ろの方を指さした。
前方には行商人がいるので後ろから外の景色を見ろということだろう。馬車の背面は幕一枚で仕切られており、それをめくれば外に顔を出せる。揺れで積み荷が落ちる危険性もあるが一瞬くらいなら問題ないだろう。それに少女のそこまでいう動物の群れとやらに興味がある。
積まれた荷をパズルのようにずらして後ろまで移動すると、荷車の背面を覆っている幕をめくり外界に顔を出す。
「おぉー」
遠くに見えた大迫力の光景に思わず感嘆の声が漏れた。
外には見渡す限りの荒野とまばらに立ち並ぶ木々、そして遠くに見える動物の群れ。ここからでも周囲にすさまじい砂煙が待っているのが見える。
少女の言っていた動物の群れはあれだろうか。遠すぎてどのくらいいるかはわからないがすごい数いるのはわかる。近くで見れば地響きと砂ぼこりでさぞ迫力のあることだろう。
うちの山にいた動物のほとんどが群れを成していない妙に人慣れした文字通り草食動物がほとんどで凶暴な動物など少なかった。これほど野性味にあふれた動物の群れを見るなんて感動だ。
「ねっ、すごいでしょ!!ねっ!」
横からするっと少女が顔をだして、ぶんぶん手を振りながら僕に訴えてくる。その必死な姿はなんともかわいらしい。
「……そうですね」
返事を返したものの正直群れの方に視線は向いていない。すごい光景ではあるのだが、僕にはそれを見つめる少女の方が魅力的に映るようで、少女から目を離せなかった。
「おーい、小僧。そろそろ街に着くから荷下ろしの準備しておけよ」
背中の方から行商人のおじさんの声が聞こえる。少女の顔ばかり見ていて馬車が街の近くまで来ていることになんて全然気が付かなかった。
街に着くと言われて少し気が重くなった。元々この馬車に乗っているのは荷下ろしを手伝うという約束の元に乗せてもらっているのだ。街に着けばあの悪人顔の行商人にこき使われることだろう。
「了解でーす」
重い気持ちを隠して適当に返事をして馬車の中に体を戻す。
ただ、準備といわれても荷下ろしなんて手伝ったことがないので何をしたらいいかよくわからない。わからないのでとりあえずで馬車の振動でかごから落ちている商品やまとめられそうな荷物だけでもまとめていく。
中に入って、いろいろやっているうちにだんだんと馬車の揺れが少なくなり、馬車の走る音も乾いた土の音からコツコツという石の音に変わっていた。それも少しの間で、すぐに馬車は停止した。
「おい、小僧着いたぞ」
行商人のおじさんのぶっきらぼうな声に押されるように馬車の幕を開く。すると、そこにはいままで訪れたことのないくらいきらびやかで人にあふれた街が広がっていた。
この街はカジノがあるおかげで、王都の次ににぎやかだとは聞いていたが想像以上だった。見える建物は石やレンガで建てられたしっかりとしたものばかりで、それが並ぶ通りの道も石畳でしっかりと舗装されている。並んでいる商店は日用品から嗜好品までいろいろなお店が並んでおり、ここに住めば買い物に困ることは全くなさそうだ。
「おぉー、すごーい!!」
少女が馬車の周囲を走り回りながら驚きの声を上げている。街の外では空をビュンビュン飛び回っていたが、今は文字通り地に足つけて走り回っている。今までも街の中ではほとんど歩いていたので少女の気分次第で切り替えているのだろう。
「ちょっとみてくるね」
そう言ってこちらに手を振ると少女は人混みの中に消えていった。僕だって一緒になって街を見に行きたいが、さすがに行商人のおじさんとの約束を反故にするわけにはいかない。仕方がないが、働くとしよう。顔をバチンと叩いて気合を入れなおした。
「ふぅーっ」
馬車を止めたところの近くにあったベンチで一息付く。座った瞬間に背骨が溶けてしまったようにベンチの背もたれにくっついてしまった。
結局、小一時間捕まってしまった。約束は荷下ろしの手伝いだけだったはずなのだが、そのまま雑用やらを流れのまま手伝わさせられてしまった。
約束より大幅に働かされているが、その分の追加報酬ももらえたので良しとしよう。
「お疲れ様。がんばってたねぇー」
後ろからいきなり声が聞こえたものだから、ベンチで溶けていた体が、驚きでピーンと背中が伸びる。
その様子を見て、後ろからはけらけらと笑う声がする。僕の驚き方が相当お気に召したようでその笑い声が止まる気配はない。
「どこかに行ったと思ったら、ずっと隠れて見てたんですか?趣味悪いですよ」
「そんなことないよ。街一周して戻ってきたけどまだやってたから待っててあげたんです!ちゃ・ん・と待っててあげたんです!」
少し悪態着いてみただけだったのだが、それはお気に召さなかったのか笑うのをやめて怒られてしまった。
「そ、そうなんですか。ありがとうございます」
「わかったならよし。お手伝いも終わったことだし、じゃあ街の中を見に行こう!」
今度の返事には満足いただけたようで、上機嫌で街の中へ繰り出していった。僕としてはもう少し休憩したかったのだが、そんなことを言ったらまた機嫌を損ねてしまいそうなので何も言わず少女の後を追った。
通りに入ってすぐ、一番最初のお店で少女は並んでいる商品を見始めた。あれもいいな、これもいいなとつぶやいている普通なようなその光景に僕は違和感を感じた。
「あれ?先に一回見て回ったんじゃないんですか?」
てっきり僕に気を使ってもう一周一緒に街を回ってくれるのだと思っていたが、一回見た商品にしては食いつきすぎている。そんな気がした。
「あー、うん。通りに来ては見たんだけど、なんか……私一人だとあんまり面白くなくって、君と二人で回りたいなって思ったから、さらっと一周してすぐにあっちに戻っちゃったんだ」
少女は、商品を見たまま顔を少し赤くして恥ずかしそうにそう告げた。
そうなると少女は実際にはほとんど街を見て回っていなくて、ずっと僕が手伝いをしているのを見ていたということでは?
「……それ、ちょっとズルくないですか?」
自然と口から言葉が出ていた。
なんかもう言っていることの全部があざといくらいにズルい。多分これを素で言っているのだろうから、もうほんとズルいとしか言いようがない。
「……ズルくないし」
こちらに背を向けて、拗ねたように少女はつぶやいた。たぶん背中の向こうでは口をとがらせていることだろう。
「そうですか。……まぁ僕も一緒に回りたいと思ってましたし、一緒ですね」
「えっ!?そうなの??……えっへへー、そうなんだ」
僕の何気ない言葉にガバっと勢いよく振り向くとニマニマとした笑顔を浮かべ始めた。一瞬拗ねたと思ったのだが、また何か喜ばせるようなことを言ったのだろうか?
いつにもまして上機嫌になっている少女を連れまわされて、そのまま小一時間買い物に歩き回ることになってしまった。けど、それだけ歩き回ったおかげでよさげな宿が見つかったので良かったと思おう。
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