幕間①
————これは、旅立つ少年には届かない独り言だ。
「行ったか」
やけに元気よく走っていく影を眺めながらつぶやいた。
渡すものは渡せたし、きちんと見送りもできた。様子が少しおかしかった気もしなくもないが、旅に出る前で興奮していただけだろう。
「なぁ、姉さん。あいつ、なんでいきなり旅に出るなんて言ったんだろうな」
墓の前に座り、そこにいるはずの姉に聞いてみる。
朝起きた時、家にいなかったのでその時点で嫌な予感はあった。だが、まさかいきなり旅に出たいと言われるなんて思ってもみなかった。
「俺さ、最初に旅に出るって言われたとき、兄さんのことがよぎったんだ。あいつが村を出ていったら、ほんとのことを知っちゃうんじゃないかって」
あの日、俺が兄と慕っていた男は妻を救うために村を出ていったまま帰ってこなかった。
嵐による大雨で村から街に向かう道と接した川は氾濫していた。漏れ出た水は川に接する道を削り、安全だった道は通ろうとする人も動物もすべてを水に攫う死の道に変わっていたのだ。
運の悪いことに、そこに一台の馬車が通りがかってしまった。川からあふれだした急流は馬車をなすすべもなく飲み込むはずだった。だが、それを助けに行った男がいた。村から街まで医者を呼ぶために向かっていた兄だ。
たまたま馬車が流されそうになっている姿を見てしまった兄は、それを見過ごせず流される寸前だった馬車の中から、乗っていた親子と御者を救い出したのだ。だが、そこで力尽きてそのまま馬車とともに
嵐が過ぎた後も、兄の遺体が発見されることはなかったらしい。————それが、俺が街で聞いたあの日の一部始終だ。
俺がそのことを知れたのは偶然だった。助けられた親子が氾濫した川沿いの道の片隅に名前も知らない命の恩人の慰霊碑を建てていたのだ。
たまたまそれを発見したことで俺はあの日のことを知ることができた。それがなければ俺は兄さんが姉さんを見殺しにしたと思い込んで恨み続けていたに違いない。
「本当はもっと早く伝えるべきだったんだ。そんなことわかっていた。でも、伝えたら、あいつから最後の家族を奪うことになるんじゃないかって、恨まれるんじゃないかって、怖かったんだ。……そんな子じゃないのは分かってたのにな」
わかってても結局言えなかった。俺にはその勇気がなかった。ただそれだけだ。だからといって、今何を言ってもただの言い訳にしかならない。そんなことはわかっている。
「帰ってきたら、ちゃんと話をするよ。兄さんのことも、ちゃんと、全部。……ちゃんと話せるかわからないけど、
我ながら情けない話だ。何年も一緒にいたはずなのに、ちゃんと話ができるかさえ
「だから、あいつがちゃんと帰ってこられるように見守ってやってくれよ」
空を見上げると雲一つないきれいな青空だった。旅に出るには
だが、そう考えると少し
あれ?……そう考えると姉さんは結構過保護だった気がするが、今回の旅のこと本当に許してくれてるのだろうか?そう考えたら急に不安になってきた。空の向こうで怒っていないといいんだが。どちらにしても出発してしまったものは止めようがないんだがな。まぁ、怒っていたとしても姉さんの性格ならなんだかんだ言ってきちんと見守っていてくれるだろう。……そうだと思いたい。
「じゃあ、俺もそろそろ行くよ」
あいつが三十分も話すもんだから、予定より長居してしまった。
午後からは
————だから、早く帰ってきてほしいものだ。
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