第5話

 村を出た後、久々の村の外で道中のいろんなものに惹かれてふらふらと歩き回ってしまった。おかげで街に着くころには日は傾き空は茜色に染まっていた。

 時間が時間になってしまったので街に着いた感動に浸る暇などはなく、大急ぎでガラクタを売りに走った。種類など考えずバラバラと家から持ってきてしまったせいで同じ店ですべては買い取ってくれず、ものに合わせて店を渡り歩いた。ようやくすべてを売り終えたころには茜色だった空は夜の闇に支配されていた。

 売り終わったおかげでようやく一息つける。肩の力が抜けたおかげで一気にここまでの疲れが噴き出してしまい、そばにあった建物にもたれかかるとずるずると音を立てて地面に沈むように座り込んだ。


「ここはまぶしいなぁ」

 道の隅から見える街の風景は村とはまるで違っていて、すごくきらびやかに見えた。空を夜の闇が染め上げても、街の明かりは消えることはなく、人の行き交う流れも途切れない。これが村だったら、この時間にはみんな家に帰ってしまっているので動物の息遣いしか聞こえないだろう。

「そうだね、ここはうるさいよね」

 ちょこんと横に座った少女の意見は違うようだった。僕はうるさいとは思わないが、村育ちの僕とは見え方が全然違うのかもしれない。

「街っていつもこうなんですか?」

 街の喧騒に紛れて消えてしまいそうな声で少女に話しかけると

「どうなんだろう?場所によって違うと思うけど、たぶんこんな感じじゃないかな」

 なんて珍しくちゃんとした答えが返ってきた。でも正直、質問の答えはどうでもよくってなんとなく話しかけると、返事が返ってくるのが気持ちよくって話しかけただけだったりする。

 このままずっと座り込んで街行く人を眺めながら少女と話していてもいいのだが、そろそろ宿を探しに動き出そう。一日歩き通しでもう足がパンパンなんだ。

「日も暮れちゃいましたし、そろそろ泊まる宿探しましょうか」

「そうだね!どこに泊まる?どこがいいかなぁ」

 街の風景との同化を解いて、流れる人に紛れて動き出す。


「宿ってどこがいいんでしょうね。外泊したことないからわかんないんですよね」

 この街には昔来たことはあるが、泊りになるような用事はなかったので宿を利用したことはない。病気の母さんを長時間置いてはおけなかったし、そのあとは村から出ることすら許されなかった。

 街の中では歩けば歩くほど宿は出てくる。たぶん内装やサービスに違いがあるのだろうけど、どこも外から見ると同じようにしか見えない。中に入ってみようにも、宿の人に捕まれば断り切れずそこに泊まることになるのが関の山だ。

 ガラクタを売って手にした路銀は魔女の森まで行くのにぎりぎり足りるかどうかといった程度だ。宿選びも慎重にして無駄遣いしないようにしないとたどり着く前に路頭に迷うことになってしまう。

 街の中を回りまわって、結局さっき座っていたところに逆戻りしてきてしまい、しょうがないので作戦会議が始まった。

「宿いっぱいあるね。……適当に入ってみる?」

 少女も辟易とした表情をしている。その提案に乗りたいのは山々なのだが

「お金あんまりないんですよね。だからあんまり高いところだと……」

 うーんと二人して頭を抱えた。

 どうしたものかとうなり声をあげながらいろいろ考えていると、少女が急にポンと手を合わせて

「じゃあ、私が下見するってどうかな?私なら宿の中に入ってもばれないだろうし」

 そんな提案をしてきた。

 少女の提案はとても理にかなっていると思う。僕が入ると捕まってしまうが、幽霊である少女なら捕まらずに宿の中を見て回れるだろうし、実際に部屋の中を見れれば、変な宿に入る確率は確実に低くできるはずだ。

「お願いしてもいいですか?」

「任されました!」

 僕がお願いすると胸をドンと叩いて少女は答えた。


 もう一度街を回りながら手当たり次第に宿を見ていく。明らかに高そうなところは入る前に弾いているのだが、それでも数がそこそこあるので時間がかかりそうだ。

「ここもあんまりかなぁ。次行ってみよう!」

 戻って来た少女は次の宿に向かってすいすいと歩いていく。僕としては任せきりで申し訳ない限りなのだが、少女はそんなこと感じていないのか人波を上機嫌に避けていく。

「ここならいいんじゃないかな?」

 何件目かで少女から合格が出たので、その宿で決めた。通りからは少し逸れてはいるがその分静かなので立地も悪くはなさそうだ。

 泊まる宿は決まったので、あとは受付をするだけなのだが、その前に確認しなければならないことがある。それは

「部屋って、別の方がいいですよね?」

 幽霊とはいえ、女の子と一緒なのだ。一つの部屋にするのはさすがにダメな気がする。それに彼女が一緒の部屋だと、緊張して休める気がしない

 当たり前の質問をしたと思ったのだが、少女は虚を突かれたような表情をして

「部屋、君の分だけでいいよ。……私、眠れないの。だから、幽霊になってからはずっと起きたまま」

 目を伏せてしまった。

 少女が幽霊であることを忘れていたわけじゃない。でも、浮かれていたせいでそういう感覚が薄れていたのかもしれない。だから、こんな、考えればすぐわかるようなことを言ってしまったのだ。そのせいで、僕はまた少女にこんな顔をさせてしまったのだ。

「……すみません。その、気が付かなくって」

「謝らないで、幽霊になったのは私の自業自得なんだから。それに、男の子がすぐそういう顔しないの。……宿も見つかったんだから、今日はもう休もう」

 僕の配慮が足りなかったせいで彼女を傷つけてしまったのに、少女は慰めの言葉をかけてくれる。だが、その顔にはいつもの元気さはない。こんな顔をさせたくなくて旅に出たはずなのに、またこんな顔をさせてしまった。

「ほら、行くよ」

 少女は僕の正面に立ってこちらにまっすぐ手を伸ばした。彼女の姿が見える僕でもその手をつかむことはできない。それをわかっているはずなのに少女は僕の方へ手を差し伸べてくれている。そんな風に自分が弱っているときでも、他人を思いやれるなんて彼女は本当に優しいのだろう。

 この差し伸べられた優しい手を無視なんて僕にはできない。触ることもつなぐこともできないが、その意思を、優しさを返すことはできるはずだ。

「ありがとうございます。宿、行きましょうか」

 僕もまっすぐ少女を見つめなおすと、少女の手に自分の手を重ねる。正確には重なるように置いた。重なった手を見て、少女は微笑んだ。

 一見すれば触れているように見えても触れられない。これが今の僕たちの距離。でも、今はそれでいい。それを変えるために彼女と旅に出たんだ。僕たちは手を重ねたまま宿に入った。


 少女の言っていた通り、この宿の部屋はなかなか良かった。机やいすなど一通りの家具に一人で使うには少し大きいくらいの立派なベッドという、シンプルな部屋だった。置いてある家具は少なくないが、それでも荷物を広げられるくらいの広さもあり、なんだか立派すぎて申し訳ない気分になってくる。これで料金がそれほど高くないのが不思議だ。

 一階のレストランで食事を済ませて部屋に戻ると、明かりもつけずベッドに倒れこんだ。

 ベッドに横たわったまま、薄暗い部屋を見回してみるが少女の姿はない。食事に行くときに、ぶらぶらしてくると言って出て行ったのでそのまま帰ってきていないのだろう。

 僕も夜の街に繰り出してみようかと思考するが、疲れからかベッドに沈みこんだ体がいうことを聞かない。

 今日は疲れた。歩き疲れたのもそうだが、少女のことに、叔父さんとのこと、いろんなことがあった。本当に激動の一日だった。

 疲れでベッドから起き上がれなくなっているはずなのに、なぜか胸の中を疲れではなく満足感が占めていた。この満足感は少女のおかげだ。彼女と出会っていなかったら、叔父さんと話もできず村から出ることさえできていなかっただろう。体を取り戻すという目的があるとはいえ、僕を旅に連れ出してくれたことには感謝しかない。

 そんなことを考えていたら、どこかへ眠気が飛んで行ってしまった。疲れもどこかへ行ってしまえばいいのに、そこまで都合よくはいかない。起き上がる気が起きないままベッドの上から天井を見上げるが変に目がさえて眠れそうにはない。

「……早く帰ってこないかなぁ」

 出て行ったまま帰ってこない少女を思う。

 通りからずれた宿のせいか、ほかの客の声は聞こえず窓の外も静かだ。静寂に包まれていると嫌な想像や不安が頭をよぎり、加速してくる。

 少女が部屋からいなくなってそれなりに時間は経っているはずだが、帰ってきそうな気配はない。これだけ人の多い街なら少女が見える人もいるかもしれない。そうなれば、あんなにかわいい子がこんな暗い時間に出歩いていたら何かあってもおかしくない。となれば探しに行くのは当然だろう。

 明らかに謎理論なのだが、そんなことにも気づかないくらい僕は疲れていた。

「……よし、行くぞ!」

 一念発起して部屋を出ようと立ち上がった瞬間、

「どこ行くの?」

 ふいに部屋のどこかから声が聞こえた。驚きで変な声が出そうになったが喉から出る寸前、ぎりぎりのところでなんとか飲み込んだ。

 ゆっくりと声の聞こえた方向、部屋の床の方を視線を置く。足元にそれらしい人影は見当たらない。……人影は。

 荷物以外に何もなかったはずの床には、艶やかな金色のなにかが現れていた。

「うわぁーっ!?……なになになになに?!?!?!」

 恐怖のあまり自分史上最速の動きでベッドの上に逃げ込んだ。

 それは微妙に動いている、ような気もしなくもない感じで、こっちを見つめてる?ような気がする。それがさらに恐怖を掻き立てる。

 掛け布団を頭からかぶり、肩を震わせながら金色の一挙一動を見逃さないように用心深くかつ注意深く見つめる。

「ちょっと!その反応はひどくない!?」

 もう一度声が聞こえた。金色のそれが声に合わせて震えていたのを今度は見逃さなかった。だけど、なんだか引っかかる。その声には聞き覚えがあったからだ。その声はまるで————

 その答えが出る前に、今度は金色が動き始めた。少しづつ大きくなって、というか上に伸びてきて、今度は本当に僕とばっちり目があった。見覚えのあるその蒼い目は、とても怒っていらっしゃるようだった。

 眼だけでも誰か分かったが、鼻、口とだんだんと浮かびあがってくるとそれは確信になる。

「なんだぁ、驚かせないで下さいよ」

 不安が一気に安心に変わり、安堵の声が漏れた。

「なんだぁじゃないよ!人のことお化けか何かみたいに怖がって!……いや、幽霊だからあってるのかな?」

 怒っていたのはほんの一瞬ですぐに冷静になってそんな気の抜けた質問をしてくる。緩い言い方で、そんな答えにくい質問はやめてほしい。

「でも、床のすり抜けなんてできたんですね」

 質問は無視して無理やり話をすり替える。少女はうんうん唸っていたが、すぐに話に乗ってくると

「そりゃ、幽霊ですから!人はもちろん、床や壁のすり抜けは得意中の得意なんですよ」

 なんて胸を張って得意げに言ってきた。

 この人、幽霊になったの割と楽しんでいるんじゃないのかな?とは思ってもさすがに口にはできなかった。

「得意なのはいいですけど、中途半端にすり抜けるのはやめてくださいね」

 一応、くぎを刺しておく。次に同じことがあっても驚かないはずだが、……一応ね。

 はーい、なんて手を挙げて適当な返事をしているあたりまたやりそうな気がするが。

「で、こんな時間にどこ行こうとしてたの?」

 忘れたころに最初の質問が返ってきた。

 少女が帰ってきた以上、出る用事もなくなった。そして、それを馬鹿正直に少女に言うのはさすがに恥ずかしい。

「あー、えーっと、……そんなこと言いましたっけ?」

 何とかごまかそうとしたが、ろくな言葉が出てこなかったのでとりあえずとぼけてみたが、それじゃあさすがに少女を納得させられるわけもなく

「言ってたよ!はっきり聞いたもん」

 食いついてきて逃げさせてはくれなさそうだった。

「言ってないですって」

「えーっ、絶対言ってたって」

 それはそうだよ、自分でもはっきり言った記憶あるもん。ごまかせないくらいはっきり口に出していました。

 言った、言ってないという不毛すぎる争いを数回続けた後、だんだんと詰め寄ってくる少女にこのままだと逃げきれないと察した僕は

「そんなことどうでもいいじゃないですか。……もういい時間ですし、寝ましょう」

 無理やり話を切って、隠れるように布団にくるまった。

 布団の向こうで、絶対言ってたって、と不貞腐れた声が聞こえたが心苦しくなるので聞こえないふりをして布団のさらに深くかぶった。

 宿のベッドは、家のベッドよりもふかふかで居心地がよく、疲れ切った僕の意識を奪うのに時間はかからなかった。

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