第3話 仙人掌の実のなる頃に

「何がおかしいのよ」

「できないことまで無理するなと思っただけ。そんなに気になるのなら、少し休憩して回復したら、手伝いに行けばいいじゃないか」

「――そうする」

 リュウ・ナーは即断すると、水を一口飲んだ。


 しかし、実際にはナーとズールイが休憩を切り上げるよりも先に、ユウ・イーホンが戻って来た。馬車の方から声がして、風に乗って聞こえた。

「この近辺で暮らす部族はいるのですか」

「いや~、そのような話は聞きませんね。根無し草の放浪民族も、ここまで乾いた土地には長居しないでしょう。せいぜい、我々のような旅の者が行き交う程度」

「そうですか。でしたら、私達の前に行き来した者は」

「それもいないんじゃないですか。すれ違わなかったし、今朝、我々より一足早く街を出た者がいたとも聞いていないし。尤も、悪戦苦闘を覚悟で道なき道を行かれたら、関知のしようがありませんが。ねえ、ユウ・イーホン。何をそんなに気にしているので?」

「ハシバミの枝をいくつも折った跡があったんです」

「ハシバミ?」

「あ、木の種類はひとまず棚上げです。気になったのは、他に人の気配はないのに、折り口が真新しかったから」

「ああ、なるほど。当然、人が折っていったに違いない、つまりはごく最近、人がこの辺を通ったはずだと」

「ええ」

 ケイフウとイーホンの会話を聞きながら、ナーとズールイは馬車のところまで戻りつつあった。そこへイーホンが振り向く。そして手招きの仕種をした。

「話、聞こえてた? 二人は、誰も見掛けていない?」

「話は聞こえていましたけど、私達以外に誰かを見たっていうのはないです」

 ナーが答え、ズールイと顔を見合わせてからうなずき合った。

「そう。よかった。危険な目に遭っていないのなら」

「ハシバミって聞こえましたが、だったら心配するほどのことではないんじゃないですか、先生?」

 リュウ・ナーは記憶の綴りをめくるようにして、知識を引き出してきた。

「どういうことだ」

 反応したのは、ケイフウの方だ。師匠を差し置いて心配するほどではないと言い出したナーを、驚きの目で見据えている。対するナーは、目元に笑みを浮かべ、得意げに答えた。

「ハシバミには様々な用途があります。特に、木の枝は水脈探しに用いられるんですよ。占いやおまじないに近いんですけどね」

「水脈、か。確かに、乾燥したこの一帯では、必要とされる物だな」

「はい。だから、通り掛かった人がハシバミを見付けて、ついでに折って行くなんてことは日常茶飯事なんじゃないでしょうか。旅人に限らず、狩に出ていた人や行商人とか、いくらでも考えられます」

「ふむ。――どう思います、ユウ先生?」

「一理あります。さすが私の一番の教え子。これは私の心配が過剰だったかもしれません。ハシバミを折った真新しい跡があるのに人影がまったくない、だからといってその人が危険人物とは限りませんものね」

「そうか……。目当ての野草集めはまだ?」

「あと一種類です」

「ふむ。心配なら念のため、見回りますよ。我々以外に誰もいなくても、足跡ぐらい見付かるかもしれない」

 ケイフウがそう申し出たところへ、ズールイが「お言葉を挟みますけど」と断り、意見を述べる。

「ここまで乾いた土地だと、ちょっと風が吹いただけで、痕跡はかすんでしまうと思います。足跡の有無をあまり当てにしない方がいいかもしれないです」

「うーん……験屍使サマがおっしゃるのなら」

 唸り声から一転、冷やかす口ぶりでケイフウ。

「ケイフウさん!」

「怒りなさんな。ズールイの能力は認めているんだ。言われて確かめてみたんだが、なるほど、自分達の足跡はたいして残っていない。さほどきつい風が吹いているとは感じられないのに」

「だったら、変な言い方をしないで欲しい……」

 隣で愚痴をこぼすズールイを見て、ナーは「まだまだ子供ね」と口中で密かに笑った。それからおもむろに師匠へ提案する。

「先生、私も手伝いますから、早く見付けましょう。その間、ケイフウさんとズールイに見張りを任せればいいわ」

「それがよさそうね」

 同意を得て、リュウ・ナーは師匠のそばに駆け寄った。


 それからたいして時間が経たぬ内に、お目当ての植物は見付かった。正確には実――東亜仙人掌の実で、生息域の違い――洋の東西――が成分効能にいかほどの差を生じさせるのか、検証のために用いられるという。

「案外、あっさり見付かりましたね」

「ちょっと閃いて、視点を変えたからね。さっきのズールイの話が、その源よ」

 師匠の口からズールイの名が出て、ナーは目を丸くした。

「ズールイの? どの話ですか?」

「彼、風の話をしたでしょ。あれを聞いて閃いたの。砂の吹きだまりみたいな窪地があるんじゃないかって。もちろん、人が跨がなければいけないような広さであれば、嫌でも目に付くけれどね。狭く小さな吹きだまりだとつい見落としがちになるんじゃないか、仙人掌の実なら転がって、地面のくぼみに収まることだって充分起こりそうだし」

「はぁー。何気ない一言から閃いて、見事見付けるなんてさすがです、イーホン先生」



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