第15話 真の告白

 ズールイが鋭く一喝する。彼の怒るところを見た覚えがほぼ皆無のリュウ・ナーは、びくりとして首をすくめた。

「誠に申し訳ございませんっ。何の証拠もなしに訴えても、取り合ってもらえぬのではないかと思い、つい、出来心でしてしまいました」

「――何だって?」

 ズールイの声は依然として怒気を孕んではいたが、そこへ訝しむ空気が加わった。

「まさか、これでもなお、相手が先に仕掛けてきたのだと主張するのか?」

「は、はい。今さら信じてもらうのは難しいと思います。が、事実はそうなんです」

「本当に?」

 イーホンが再び口を挟んだ。

「役人を信じられない、ハン・ギョウカイさんと通じてるんじゃないかと思うあまり、どうにかして逃れようと、嘘をつき通そうとしてるのでは? 私が見たところ、少なくともあのザイ捕吏は、公平な立場に立とうとしていますよ。何ならこの機会にハン・ギョウカイさんの影響力を弱めたいと考えているかもしれません」

「ええ、信じたいと思っております。しかしそれとは別に、事実は事実なのでございますっ」

 上体を幾度も上げ下げし、ひれ伏すカ・ショク。イーホンは小さく息を漏らし、ズールイを見た。若き験屍使は験屍使で、弱ったなという体で片手を側頭部にやる。

「偽りの証拠を申し立てるくらいだから、他に証拠になりそうな物はないんだね?」

 つい先ほど怒ったばかりのズールイは、言葉遣いの選択に迷っている節が窺えた。カ・ショクは黙ったまま、大きな動作で項垂れる。

「背後から襲われたというのは事実?」

「はい。襲われそうになったので背を向けたというのが正確なところですが」

「……最初、突き飛ばしたとか言っていたけれども、背を向けたまま突き飛ばせる?」

「それが、その……襲いかかられてすぐに、こう、右の袖口を掴まれたので、背中を向ける勢いに任せて振り払ったんです。そのときに腕で突き飛ばした格好になったんじゃないかと……。でなければ、相手が倒れるとは思えず」

「何だって? はっきりと突き飛ばした覚えはないんだな? 力を込めてもいない?」

「は、はあ。そうなります」

 格子を両手で掴み、揺さぶるズールイに、カ・ショクも多少気圧されたようだ。この人でほんとに大丈夫ですかともの問いたげな目を、イーホンやナーに向けてくる。

「カ・ショク、あんた、最初っから全部正直に言ってくれよ! かくいう僕もあのときは先を急ぐ身だからと簡易な検屍にとどめていた。突き飛ばしたら死んだ云々の話を聞いて、頭部に傷を見付けられなかったのは燃えたせいもあって仕方がないと思い始めていたが、突き飛ばしていないのなら別の可能性が浮上する」

「別のって……カ・ショクさんはナムサンさんが仰向けに転んで死に至ったと証言しているのよ?」

 リュウ・ナーは合いの手代わりに言葉を差し挟み、次いで、カ・ショクにも確かめた。

「ねえ、カ・ショクさん。そこの部分は事実なんでしょう?」

「それはもう、間違いなく」

 彼の返事を受けて、ズールイは「突き飛ばしてもないのに仰向けに倒れたなら、ありそうな仮説は二つだ」と言い切った。

「一つ目は、ナムサンが足を滑らせた。どうだろう、カ・ショク。床が滑りやすくはなっていなかったか? 細かい砂粒が蒔かれていたとか、水で濡れていたとか」

「……いいえ。肥料に余計な物が混じるといけないんで、砂粒等はきれいに掃除しておりました。水は稀に使うこともありますが、今は水不足で、もったいなくて」

「分かった。では一つ目は捨てる。二つ目、病気だ」

「病気?」

 カ・ショクだけでなく、他の二人のおうむ返しの声も重なった。

「何らかの病を持っていたナムサンは、手を振り払われたちょうどそのときに発症し、後ろ向きに倒れたんじゃないかってこと」

「そんなうまく重なるなんて、ある?」

 ナーが疑問を呈したが、ズールイはすぐさま「あり得る」と答えた。

「手を振り払われたとき、転ばぬようにと踏ん張ったナムサンは身体に力が入った。その拍子に、血の流れに急激な変化が起きてどこかの血管が破ける、ということが起こり得るんだ。ナムサンはそこそこの酒飲みだったようだし」

 相手の死は病故かもしれぬと言われ、カ・ショクの表情が少し明るくなったみたい。ナーはそう思って、彼女自身も心が軽くなった。が、すぐに疑問が湧く。

「そうなんだ……。で、でも、可能性があるというだけ? 正真正銘、病死だったと証すことはできるの?」

 ナーが疑問をまくし立てると、当事者たるカ・ショクの不安も一気にぶり返したらしく、再度暗い表情をなすと、泣き言をこぼし始めた。

「そ、そうですよ、験屍使の先生。僕は死体を焼いてしまった。あれでは何が原因で死んだのか、証しようがないのでは……」

「確かに。焼かれたのは痛い」

 あっさり認めるズールイ。けれどもナーもイーホンも理解している。この台詞を口にした彼の顔つきが、どこを取っても自信に満ちていることを。

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