第14話 腫れの違い

「ふうん……。そのとき男、ナムサンさんが亡くなったとして、どうして着物を取り替えて、火を放ったの」

「ただじゃあ済まないと思ったからで」

 巻き舌気味に言うと、一度唾を飲んだカ・ショク。

「正直に名乗り出れば、罪が軽くなるかもしれないとは思いましたが、それよりもハン・ギョウカイが恐ろしかった。今まで散々に嫌がらせを受けてきて、どうにか堪えてこれたのは、肥料の秘密のおかげです。秘密さえ守れば、あいつは僕の命までは取らない。ですが、手下を死なせたとなると、あいつがどう出るか……。私的に僕を罰しようとするかもしれない。少なくとも、自首だけはだめだと考えました。イーホン先生は昨日午後に目の当たりにしてお分かりと思いますが、僕は独り暮らしです。その僕が牢に留め置かれるとなったら、ハン・ギョウカイはきっと僕の家と作業場に侵入します。そして肥料の秘密を根こそぎ持って行くに違いありません。それだけは避けたかった」

「避けるために、あなた自身が死んだように見せ掛けようとした、と」

「はい……」

「同情の余地があるのは、薄々勘付いておりました。それでカ・ショクさんは何を私達に期待しているのでしょう?」

「先に手を出してきたのが相手であることを証明していただきたいのです。お役人にはなかなか分かってもらえなくて、この傷を見せたんですが、それでも信じてもらえない」

 そう言うなり、くるりと後ろを向いたカ・ショク。外側に背を見せる格好だ。その姿勢のまま、着物の裾を両手で掴んでまくり上げた。背中全体が露わになる。

「うわ……」

 思わず声を漏らしたのはリュウ・ナー。片手の平を口にあてがい、息を飲む。

(痣が。棒みたいな物で殴られたみたいな痣だらけだわ)

 肩口や腰近くだけでなく、背骨に沿った真ん中辺りにまで、痣がいくつもあった。当事者自らが手を伸ばしてもまず届かない位置だし、何らかの道具を使ったとしてもこうも自然に跡を残すのは無理だと思えた。

「どうでしょうか。自分では完全には見えないんですが、殴られた痕があるのではないですか」

 当人から問われたイーホンは、顎に指を当てて思案投げ首をした。

「これ……取り調べの役人に見せました?」

「はい。だけど、認めてくれない。『大方、山道で滑って坂を転げ落ちたときにできたんだろう』と、取り合ってくれないんです」

「ちょっと失礼、触ってもかまいません?」

 イーホンはカ・ショクと、見張りの男達に尋ねた。前者もちろんのこと、後者からも許可を得られた。

「では……もう少しだけ近寄ってください」

 イーホンは細い腕を格子の間から入れて、カ・ショクの背中に触れた。

「痛みます?」

「は、はい。多少……」

 カ・ショクが小さく呻く。目元をしかめ、歯を食いしばって我慢しているのが横顔からだけでも推し量れた。

「もう、服を下ろしていいですか」

「もう少しだけ。うーん、私を薬師だと知っていてその痕跡をお見せになるということは、私の仲間に験屍使がいるとご存知でないのかしら」

「え、験屍使までいるのですか?」

「はい。先ほどご紹介したマー・ズールイが」

 イーホンが手で指し示し、ズールイがぺこっとお辞儀する。一連の動きはカ・ショクが完全には振り返っていなかったため、二度繰り返されることになった。

「で、では、そちらの験屍使にも診ていただければ」

「私もそのつもりでした。十中八九、あなたの痕跡はカワヤナギによる炎症だと思いますが、やはり専門家の目で検査しませんと」

「カワヤナギ?」

 その単語を耳にして、リュウ・ナーは初めて別の可能性に思い当たった。そんな彼女の横を、ズールイがつい、と前へ進み出る。カ・ショクの背中を一瞥して言った。

「カワヤナギの皮を、“湿布”する要領で皮膚に貼り付けて一定時間が経つと、これと似た感じに赤く腫れる。殴打痕とよく似ているから注意するようにというのは、検屍の教科書にも載っている」

 これまでは丁寧語が多かったズールイが、今このときばかりはやや荒っぽい口調になっていた。

「カ・ショク、あなたの背中の痕は、まさしくカワヤナギによるものに見えるね」

 強い口吻で言い切った。対するカ・ショクは背を向けたまま、みじろぎひとつしない。できないのかもしれない。

「証明するには、その痕跡に誰か他の者の肌をぴったりと付けてやれば、残っているカワヤナギの成分に反応して、他の者の肌も弱くかぶれる。どうだ、試そうか?」

「――いえ、必要ありません」

 着物を戻し、向き直ったカ・ショク。正座のまま、頭を垂れる。

「逃げる道すがら、たまたまカワヤナギを見付けたので、利用できると考え、自分で自分の背にあてがいました。中程にまで貼れたのは、地面に皮を置いてから、そこへ仰向けに寝転がったのです」

「そのような欺瞞で、我ら験屍使の目をごまかせると思ったか!」

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