第13話 逃亡者の告白

 イーホンが望むと、ザイ捕吏は思った以上に手早く地図を用意した。現にカ・ショクを捜索しているのだから、当然かもしれないが、それでもこの早さはイーホンやズールイにまだ信を置いているからこそ。

「これでよいか」

「ありがとうございます。――サンポウロウは一年を通して山の斜面で育ち、実ります。が、今の季節だと南向きの斜面では太陽が強く当たりすぎて、早々と熟してしまう。かといって北向きでは話にならず、実らない。カ・ショクさんが使っていた未熟な物が採れるのは、東西どちらか。さらに、サンポウロウに限ったことではありませんが、草木が育つには最低限の水が必要です。折しも今年は水不足だそうで、ならば地下水脈の豊かな場所に限られる。お役人方が牛耳っておられる井戸の位置及び地形、植生から判断して、東側に地下水脈がある可能性が高そうです」

 地図上の該当域をぐると楕円状になぞるイーホン。だいぶ絞り込めてはいるが、まだ広い。

「さらに可能性を言えば、今年の水不足を考慮して、日向になる時間が少ない場所の方が、サンポウロウの生育に適していると言えます。カ・ショクさんがそのことを承知していれば、多分、この辺りを通る経路に強いかと想像できます」

 イーホンは先ほどの楕円をぐっと縮め、小さな円を描いた。

「ふーむ。ではこの辺りを中心に、人員を集中させてみましょう」

 ザイ捕吏は物分かりがいい。失敗したらこの旅の女に責任を擦り付けられるとでも考えているのではないか――リュウ・ナーは密かに心配した。

「意見を入れてくださり、感謝しますわ。それでは私達は宿に戻り、発つ準備を始めています。何かあったらお声掛けをお願いしますね。正午には出ますけれども、こちらのマー・ズールイは残りますので、その辺りの手続きをよろしく」

 にっこりと微笑んで、くるりと向きを換えるイーホン。リュウ・ナーも続いた。マー・ズールイだけ、若干遅れた。もしかすると捕吏からこの場に残るように言われるかもしれない、と考えたためであるが、実際にはそのようにはならず、彼もまた宿へと引き返した。

 それから一刻半ほどが経過。ぼちぼち出発の頃合いだというときになって、思い掛けない急報が宿まで届けられた。

 ザイ捕吏の部下の一人が駆け込んできて、次のように申し伝えてきた。

「カ・ショクを発見、拘束に成功! 罪を認める意思を示すも、話の一部に真偽不明の点あり。つきましては早急に大理寺までお越し願う」

 馬車が用意されているという準備のよさに、イーホン、ズールイ、ナーの三名はまたも“出動”と相成る。

「なるべく早く、だけれども正確にこなしてきてくださいな」

 ケイフウが苦笑いと呆れが綯い交ぜになった表情で、手を振って見送る。

 一人、蚊帳の外状態のケイフウは、荷物を見張るためという理由もあって、居残りだ。ただし、少しでも早く出発できるよ、西門近くまでの移動を決めた。

 程なくして到着したイーホンら一行は、詳しい説明抜きで、いきなりカ・ショクと対面させられることになった。なんでも、ユウ・イーホンの推測のせいで早期に捕らえられたと聞いたカ・ショク自身が、イーホンと話をさせて欲しいと望んだという。

 通常であれば容疑者の願いを簡単に聞き入れるなぞ、まずあり得ない。今回は、イーホン達が早々に街を出る予定だと知っていたザイ捕吏が、力を拝借できる内に拝借しておこうと例外を認めたようだ。

 石造りの頑丈な廊下を案内されるがまま付いていくと、いくつかの牢が見えた。格子で区切られた空間が四つあり、内一つだけが埋まっている。出入りする扉の傍らには、見張りの男が二人。中にいるのは当然、カ・ショクである。昨日会ったときとは違う、茶色の着物を身につけ、へたり込んでいた。

(一晩で、相当疲労困憊したみたい。顔つきが何だか険しくなってる。昨日の印象だと、とても人を殺せる感じを受けなかったけれど、今だとそうは思わない)

 ナーが遠目から観察し、感想を脳裏に連ねる。

 そのとき、斜め下に向いていた面を起こした容疑者のカ・ショク。

 ナー達が近付いたところで彼が言った。

「ああ、やはりあなた方でしたか」

 存外、優しげな口調の第一声。ナーの抱いた印象はまた覆されそうになった。

「念のために窺いますが、薬師のユウ・イーホンさんはどちらで?」

 女性二人の間を、カ・ショクの視線が行き来する。

「私です」

 イーホンの返答に、視線の動きが止まった。

「時間があればあなたがどのようにして僕のやったことを見破られたのか、詳しく聞きたいのですが、そこまでの時間をもらっていません。あなたの慧眼を見込んで、お頼みしたいことがございます」

 徐々にへりくだりの度合いが激しくなるカ・ショク。言葉だけでなく、態度も。牢の柵を掴んでいた手を離し、床にひれ伏した。

「そのような真似をされずとも、話は伺いますよ。そのために来たのですから。ねえ、ズールイ君、ナー」

「え、ええ」

 不意に同意を求められ、ズールイもナーも戸惑い気味に首肯した。

「彼らも私の仲間だから、安心して話してちょうだい」

「あ、ありがとうございます。僕があの男――ハン・ギョウカイの取り巻きの男を死なせたのは認めます。だけれども、仕方なかったんです。相手の方が襲ってきて、身を守るために突き飛ばしたら、動かなくなってしまった」


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