第12話 捜索範囲
「本当ですか」
「ええ。でもね、色々と状況を勘案すると、無碍に断るのもまずいかなって。さっきも言った通り、格を比べるなら断らない方がいい。それに何年先になるか分からないけれども、帰路もこの街を利用し、お世話になる可能性が高い。捕吏くらいの役人は滅多なことでよそへ移らないでしょうから」
「分かりました」
ズールイが意を決した口調で言った。
「ザイ捕吏の要請に応じるとします。ただし、僕一人だけ。イーホンさん達は先に出発してください。あとから追い付きます。半日遅れぐらいで済めばいいんだけど、カ・ショクという人を見付けてからになるかもしれないし、二日はみておかないといけないかな」
「あとからって」
離ればなれになることに不安を覚える。ナーは両手を握り合わせた。
「早馬でも使うの? あれって凄く料金が掛かるんじゃあなかった? 馬を返すために一人、雇わなくちゃいけないだろうし」
「いや、他の旅人の馬車なり馬なりに乗っけてもらおうかと」
「そんな都合よくいるかしら」
ナーはどうにかして翻意させようと、お金や行き先などで難があると主張する。
「それくらいなら」
イーホンが話に加わる。
「滞在を延長して験屍使の仕事を引き受けるときに、交換条件を出せばいいわ。『国の意向を受けて大事な使命で動いている者の一人故、一刻も早く先行する馬車に追い付かなくてはならない。ついては検屍が済めば速やかにこの身を運ぶように確約を。これが飲めねば即座に発ちます』とでも言えばいい」
「大丈夫でしょうか、そんなことを言って」
「これくらいの駆け引きは平気よ――多分」
「では、そうしましょう。できることならイーホンさんに交渉をお願いしたいです」
「それが一番話が早そうね」
いつの間にか話がまとまってしまった。リュウ・ナーは口を挟む隙がなく、また、師匠が決めたことを白紙に戻させるような真似は、さすがにできない。
(あ~あ、賢く振る舞ったつもりが、正反対になっちゃった。だめだなぁ……)
肩を落とすナーは、足取りも遅くなり、二人から遅れ始めた。
「ナー? どうかしたの」
「何でもありません」
短い距離を早足になって詰め、先生の隣に並ぶ。すると耳打ちされた。
「なるべく早く彼が動けるようにするから。少しだけ我慢して」
「……ユウ先生……」
「方向転換して、ザイ捕吏に返事と条件を今すぐ伝えに行ってもいいのだけれど、念のため、ケイフウに事情を伝え、聞いてみましょう。一日くらい遅らせられないかと」
そう言うと、イーホンはナーの手を取り、今度は二人して早足になる。じきに小走りとなり、少し前を行くズールイを瞬く間に追い抜いた。
「あ――。まだ日が昇りきっていないのだから、危ないですよ」
「急ぐ理由があるでしょ、ズールイ君。君もほら早く」
やれやれという返事が聞こえた。
その後、ザイ捕吏の元へ出向き、協力を約束する返事をした。代わりに馬を出してもらう条件も、もちろん飲ませた。すべてはイーホンのおかげだ。
「約束を飲んでいただけた代わりに、私から有益かもしれない情報をお伝えしたいと思います」
イーホンが最後になってそんなことを言い出した。話は終わったと思い、きびすを返し掛けていたナーとズールイは、その場に釘付けとなる。
「拝聴します」
女性薬師に呑まれた風のザイ捕吏は、大人しく耳を傾ける。
「カ・ショクさんの行方、まだ分からないですよね?」
「え、まあ……。明るくなったので、これからは捗ると信じております」
「カ・ショクさんが街の中に潜伏するのではなく、外への脱出を試みるとしたら、完全に防げます?」
「防げると答えたいところだが……実態は、関門で不審者をしらべるくらい。ご覧になれば分かるように、街の周囲すべてを石壁で囲んでいるわけではない。部分的に、山そのものを自然の壁としている。あれらの山の中を迷わず走破する自信がある者なら、街を密かに抜け出すことは可能かもしれぬ、と認めねばならんでしょう」
「でしたら、一応の予防策として、カ・ショクさんが詳しいであろう一帯を重点的に調べるのはいかがですか」
「何ですと? この街の者でないあなたに、そんなことが分かる? にわかには信じがたい」
「もちろん、絶対確実とは申しません。優先してそこを探せば効率的ではというご提案です。信じなくても自由ですが、話だけ聞いてもらえません?」
「……聞くだけならタダだ。どうぞ。手短にな」
「短く話すのは難しいかもしれませんが……昨日の午後、カ・ショクさんが肥料を作っているところを、ちょっと見学させてもらいました。そのときに気付いたんですが、材料に使っている木の実――果実ですが、周囲の山で採れるサンポウロウを使っているようです。恐らくカ・ショクさんは山に詳しく、見た目と違って体力も結構お持ちなのでしょう」
「あの、ちょっと」
途中で遮り、ザイ捕吏は不服そうに答を返す。
「それくらいなら我々も掴んでおります。そうでなくとも、山を捜索するのは基本中の基本」
「そこから絞り込めないかというお話をしています。地図はありますか? 周辺の山の、なるべく詳しい物」
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