第11話 師匠の思惑

「カ・ショクさんの服を着てナムサンさんが亡くなったとしたら、ナムサンさんはカ・ショクさんの服を奪ったあとに殺されたか、もしくはカ・ショクさんがナムサンさんを殺した後、服を着せたかのどちらかである。そう見るのが妥当かと存じます」

「……おお」

 急に見る目が変わったザイ捕吏。

「普通、服を奪って、そいつを着込んでから殺されるなんて流れは起こりそうにないな。だったら後者か。カ・ショクこそが最有力容疑者」

「はい、そのように想像しました。でもナムサンさんを殺害する理由が、カ・ショクさんにあったのかどうか……逆ならまだありそうなんですけど」

「逆、だと」

「言葉の通りの意味です。想像を逞しくして語りますと――ナムサンさんがハン・ギョウカイの意を受けて、カ・ショクさんを脅しに来た。殺すつもりはなくても、そうしかねない勢いで。身の危険を感じたカ・ショクさんは反撃に出て、ナムサンさんを死に至らしめてしまう。このままではまずい。自首をしてもハン・ギョウカイと親しい役人に手を回されて、相場以上の罪を負わされる恐れがあるし、肥料の秘密を奪われてしまう。かといってただ逃げるのも悪手。お尋ね者になるばかりか、ハン・ギョウカイの一味からも追われかねない。そこで一芝居打った。自分の衣服をナムサンさんに着せた上で、家ごと焼き払おうと火を放った――。この想像が当たっているとしたら、カ・ショクさんは逃げる準備をして、街を出ようとしているんじゃないでしょうか」

「なるほど。筋は通っている」

 感心することしきりのザイ捕吏は、幾ばくかの逡巡を見せたあと、残っていた部下を呼び付け、耳打ちをした。多分、外へ通じる各門での警戒を強める通達を出したのだろう。

 そこから先の動きは、急に慌ただしくなった。ザイ捕吏は簡単ながら改めて礼を述べてきて、リュウ・ナー達をねぎらってくれた。さらに、「ひょっとしたら今一度、遺体を視ていただくことがあるやも……」とズールイに“予約”を求めるようなことを言い出した。

「しかし我々は明日朝早くに発たねばならない身でして」

「そこを何とか。せめて出発を昼以降に延ばせないものかと」

 どうします?とズールイは、イーホン、ナーの二人と目を見合わせた。これから忙しくなるというザイ捕吏には、あとで必ず返事をするからと言って、ひとまず別れる。そして宿までの道すがら、早速三人で相談に入った。

 否。相談だと思っていたのはリュウ・ナー唯一人で、他の二人はいきなり困り顔を見せた。

「ど、どうしたんですか、先生。ズールイも、さっきより一段と難しい顔になってるんだけど……」

 昔なじみの顔を指差しながら、恐る恐る尋ねる。嘆息混じりの返答が、ズールイからあった。

「今置かれた状況みたいにならないように、僕もイーホンさんも気を遣っていたんだよ。あまりにしゃしゃり出て、推測を飛ばすと、さらに協力を求められる可能性が高いなって」

「え? そうなの? 先生も?」

「残念ながらその通りよ」

 師匠のユウ・イーホンも、控えめながら深く息をつく。

「ナー、あなたもあうんの呼吸で承知しているものと思い、話を振ったのだけれど、甘かったわ。止める間もなく、現時点で考えられる推測を一から十まで話してしまうなんて」

「ええっ。だったら言ってくださいよ。途中からでも止めましたよ、私」

 意見を求められた際に兄のことを持ち出され、試されていると思ったから、そりゃあ張り切りますってば!――と抗議の一つもしたかったが、そこは飲み込んだ。

「無理ね。あの事件現場で一番立場が上なのは、結局のところ捕吏なの。状況を抜きにして単純に比較すれば、私の方が上かもしれないけれどね。ズールイ君にしても遺体に関する知識は豊富でも、役人としての立場は下だから」

 死を扱う者はどんなに優れた業績を残しても、忌み嫌われ、下に見られがちである。かなり昔に、験屍使や死刑執行人の立場改善の動きが起こり、だいぶましにはなったのだが、古くからの習慣は依然として残る。特に地方に行けば行くほど厳しい。

 目の前にいるときはザイ捕吏から感謝されたズールイだけれども、いなくなったあと、何と言われているか知れたものでない。

「というわけだから、あの場面では沈黙するのが吉だったの」

「す、すみません。私……ズールイに活躍して欲しくって。実績を上げるのが早ければ早いほど、本当の一人前として認められるだろうって」

 イーホンとズールイの間に挟まれたナーは視線を、二人の顔へと忙しく行き来させた。

「な――そりゃしゃあないね」

 びっくりして声を飲み込んだ様子のズールイは、しばしの間を挟み、やがて頬を緩めた。

「でもまあ、ここみたいな外れで手柄を立てても、中央へと伝わるのはかなり掛かりそうだなあ。気持ちだけ受け取っておくよ」

「ごめんね、ズールイ。先生も」

「はいはい。とにかく善後策を講じましょう。と言っても、方針を決めておくだけ。令札があるから、断ろうと思えば断れるわ」

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