第10話 リュウ・ナーの見解

「ちょ、ちょっと待った」

 ズールイが止めに入る。

「話を整理させてください。まず、手の指の確認から。――遺体の手の指は、どちらも薬指が一番長いですね。右手の方は差はほとんどありませんが、薬指の方が長いのは間違いありません。ゴヘイさん、この手だけを見て、ナムサンさんだと言い切れますか?」

 言われて遺体により接近したゴヘイは、さらに目を問題の手指に寄せた。

(あまり視力はよくないみたい。誰か灯りを)

 ナーが心の中で思っていると、ザイ捕吏の部下からズールイが火を受け取り、照らしてやった。

「……うーん、似てるけど、言い切れるかって問われると、ちょっと自信ないです」

「分かりました。では、足の指に移りましょう。先入観を持たないために、このまま窺います。ナムサンさんの足指にはどんな特徴があるのですか」

「ええっと、よく知らねえんですけど、うちらの民族の足で一番多いのは、人差し指が一番長い形だって言ってて」

 その話を聞いたナーは、イーホンに「本当ですか?」と小声で尋ねた。すぐさま「そうね」と返事があった。続けてイーホンはナーを振り返り、「一般論としてはそういう研究結果が報告されていると聞いた覚えがあるわ。ズールイ君やあなたのお兄さんが詳しく知っていると思うけど」と付け足す。

 ズールイが詳しいのはその通りらしく、ゴヘイの話を頷きながら聞いていた。

「でもナムサンが言うには、『俺は親指が一番長いんだ。珍しいだろ?』とまた意味不明の自慢をしてきて、辟易させられたもんです、ええ」

「なるほど、親指が長いと。早速見てみましょう」

 筵を全部取り、足の指辺りを照らす。じきに答は出た。

「――手よりは焼け方が若干ひどいため、少々分かりづらくはあるけれども、親指が長いと言い切れる」

 中腰からすっくと立ち上がると、ズールイは小さな咳払いをした。

「遺体の身元について、当初はカ・ショクと思われるも、鼻腔の灰の汚れが極めて少ないこと、手の指が黄色みを帯びていないことから、カ・ショクではない可能性が強まった。今し方、新たに判明したのは手の指及び足の指で特長がナムサンと合致し、さらには体格もカ・ショクとナムサンは似ていると聞きました。これらを勘案し、この遺体はナムサンとするのが妥当と思われます」

「うむ、合点が行った」

 ザイ捕吏は大げさな動作でうなずくと、ハン・ギョウカイの前に立ち塞がった。

「聞いての通りだ。親しい関係者の一人として、じっくり話を聞かせてもらおうか」

「ったく、何てこった。余計なこと言いやがって」

 ハンは吐き捨てると、ゴヘイを睨め付けた。それでも大人しく連れて行かれたのは、酔いが残っているという自覚があったのかもしれない。凶暴そうな割に、冷静さも持っているみたいだ。

「さて――都からの旅の方々」

 残ったザイ捕吏は、イーホンら三人を均等に見つめてきた。

「捜査への協力、大変助かった。礼を言う。ただ……一つ、大きな問題が残っておる」

「分かります、カ・ショクさんはどうしたのか、ですね」

「その通りで。カ・ショクの行方については、何かご助言いただけないものかと」

 手もみでもしそうな猫なで声になる捕吏。言葉遣いが少し丁寧になった。ただ、敬語も笑うのも苦手らしく、頬が引きつっているように見えた。

「と求められましても、私の本分は薬。草花や木の実、鉱物などのことなら分かりますけれど……ズールイ君は?」

「うーん」

 話を振られたズールイは腕を組んで唸った。東の空がようやく白々とし始めたおかげで、彼の難しげな表情の横顔が見えた。

「僕も検屍が専門ですから、この場にいない方のことを問われても、何とも言いがたいです」

「たとえば、ナムサンを殺したのがカ・ショクであるというような痕跡は、遺体には……?」

「さすがにこうも焼けていると、厳しいかなと。やはりここから先は、ザイ捕吏、あなたの領分だと思います」

 験屍使から言い渡され、ザイ捕吏は肩で息をついた。

「参ったな。今度また長引いたら、何を言われるか」

 どうやら容疑者を早く絞り込んで、方針を定めたいと見える。

「リュウ・ナー、あなたは何か意見ない?」

「私ですか」

 師匠から問われ、自身を指さす。見習いの自分はどうせ聞かれないだろうと思っていた。事実、ザイ捕吏はナーに問うことなく、場を離れようとしていた。

「ええ。あなたのお兄さん、ホァユウは験屍使にして捜査に首を突っ込むことも多いでしょ。彼と血を分けたあなたなら、何か閃くものがあるんじゃないかしら」

「閃く、と言うのとは違いますけど、一応、ごく当たり前の見方が」

 皆のやり取りを聞いている間、考えていたことがあるにはあった。

「聞かせて。私にだけじゃなく、ザイ捕吏にも」

「えっと。ナムサンという方が普段どのような着物を着ていたかにも拠るんですけど、あちらの遺体が――」

 言葉を区切り、焼死体を指差すナー。

「――身に付けている着物は、所々燃え残っています。私の記憶だと、あの柄はカ・ショクという人の着ていた物と同じに見えます」

「つまり、何だ?」

 捕吏はやや困惑気味に言った。遺体はカ・ショクでないと結論を出したばかりなのにまた逆戻りするのか、と誤解したようだ。

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