第9話 指の長短

 理由になっているようでなっていない答を返し、ザイ捕吏はハン・ギョウカイへと顎を振った。

「おまえさんならしょっちゅう会っていたんだから、知っとるだろ」

「……いつも灰をいじっていたから、灰にまみれているというのは違うんだな。さっき、そっちの若い験屍使が言っていたが」

 ハンがイーホンに聞き返す。案外、真面目に答を探していると見える。容疑を掛けられても平気でいるように思われたが、強がっている部分もあるのかも。

「ええ。それ以外で」

「……分からん。早く言えよ」

「指先のこと、覚えてない?」

「指先? それこそ灰にまみれてよく汚れていたことぐらいしか、印象に残ってねえな」

「あら。それではあんまり知られていなかったのかしら。犯人も気にしないくらいに。もし気にしていたなら、犯人はその形跡を消し去る努力した恐れがあるんだけど。ズールイ君、出番よ。遺体の手を開いて見せてくれる?」

「了解。と言ってもどのくらい固まっているかな……」

 ズールイはしゃがみ込むと、一度掛けた筵を上半身だけ開けた。次いで遺体の右手を取り、慎重な動作で開こうと試みる。

 なお、遺体の手は左右とも握られた形になっていた。

(ホァユウ兄さんから昔、聞いた覚えがある)

 思い起こすリュウ・ナー。

(焼けた遺体は、拳を握って背を丸め、まるで今すぐ殴りかかりに行くような格好になるって。目の前の遺体も、まさしくその通り。そういう意味では不審点はなし。先生が言っていた指先に何があるというのだろう……あっ)

 遺体の手が開かれる様を見ていて、ナーは不意に理解した。昼間見た光景と今眼前にある遺体の手とが、脳裏で重なる。

「黄色」

 思わず、そう口にしていた。

 一拍遅れて開かれた遺体の右手の指先は、黄色く染まってはいない。

「ご覧になれば分かるように、握った形になっていたおかげで、手のひら側は炎にはほとんどさらされていません。遺体がカ・ショクさんであれば、この手の指は特徴的な色を帯びているはずです。黄色にね」

「おお、確かに言う通りだ」

 捕吏のザイは納得した風な口ぶりである。けれどもさっき、カ・ショクのことをよく覚えていなかった様子を見せた。何に納得したのだろう――と、ナーは思った。

「死んだのがカ・ショクの奴でないってことは、俺は無罪放免だな?」

 と、これはハン・ギョウカイ。今にもきびすを返しそうだ。

「動機が消えちまうんだから」

「まあ、待て」

 ザイ捕吏が呼び止めた。

「おまえさんの証言をもらっておこう。カ・ショクの指先は長年の作業により黄色っぽくなっていたのか? そしてその指と、この遺体の指とは明らかに異なるのだな?」

「ああ、保証する。容疑者だった俺に聞くとは、間が抜けてるな」

 嘲笑混じりにハンが言った。そこへ、最前使いに出した“子分”――ゴヘイが戻って来た。息が乱れており、懸命に走ってきたと思われる。

「行ってきましたけど、だめでした。ナムサンの奴はいねえし、カイフンはいたが酔い潰れて、叩いても起きやしねえんです」

 自身のせいであるまいに、へこへこと頭を下げながら報告した。

「おう、ご苦労だったな。だがもういいんだ。疑いは晴れた。まったく、間の悪い」

「えっと? 晴れたって一体全体どういういきさつで?」

「それはですね」

 戸惑うゴヘイにズールイ自ら説明をしようとした。その矢先、ゴヘイが遺体を指差し声を上げた。

「あれれ? そいつの手……あれ、見間違いかなあー?」

 文字に起こすとのんきな雰囲気だが、当人は至って真剣で緊張感を持っている。

「どうしました? 手は先ほど開けたんですが」

 ズールイが一応、説明する。まさか死者が動いたと勘違いして驚いた訳ではあるまいが……。

「いえね、その手がちょっと似てるんだよね」

「誰にだ」

 ザイ捕吏が割って入る。カ・ショクでなければ死んだのは誰だ?というのは、目下の最重要問題に違いない。

「さっき言ったナムサンの奴にですよ」

「何だと?」

 捕吏は何とも言えぬ渋い表情をし、次にハン・ギョウカイをじろりと見た。容疑復活と言ったところか?

「な、何だよ」

「なーに、おまえさん、知ってて言わなかったんじゃないかと思ってな」

「そんな馬鹿な」

 言い合いが始まりそうになったところへ、

「あのう」

 と、イーホンが緩い空気感でするりと滑り込む。

 傍らで見守るリュウ・ナーは、今まで見たことのない先生の一面を次々に見せられているようで、はらはらし通しである。

「何か?」

「人の手は男女の差こそあっても、たいてい似通っているものですけど、こちらのゴヘイさんは、何をもってナムサンさんに似ていると感じられたのでしょう? それをまず確かめるのが先決ではありません?」

「な、なるほど。それもそうだ」

「おい、ゴヘイ。早く話せ」

 ザイ捕吏が同意し、ハン・ギョウカイがゴヘイを乱暴な口調で急かす。

「あ、いや、たいしたことじゃないんですが……いつだったか、ナムサンがくだらねえこと自慢してまして、『俺の手は左右とも中指よりも薬指の方が長いんだぜ』って。見れば、確かにそうなんですけど、だからって何かに役に立つって訳でなし、いばることかよと。すると今度は足の指についてまで言い出して」

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