第7話 黒か白か
「だったらちょうどいいわ」
イーホンが口を開いた。ザイ捕吏とハン・ギョウカイの様子を、横目でちらと確認してから、続ける。
「遺体の口や鼻の中に、灰の類がなかったっていうのは間違いない?」
「はい。太陽が昇れば、もっとはっきりするでしょうが、炎の灯りだけでも確かめるのには事足りましたよ」
「そう……そうなると、ちょっと不思議なことになる気がする」
「不思議って……僕の判断と何か矛盾すると言うんですか」
自身の専門のことに異を唱えられた、そう感じ取ったらしいズールイは、傍目にも気色ばんでいる。
「ごめんね、言い方が悪かったわ。私、それにリュウ・ナーはズールイ君よりも先にカ・ショクさんと接している。それにより、あなたが知らない、もっと言えばその目で見ていないことを見て知っている。だからこそ言える疑問なんだよね」
「……おっしゃる意味が、いまいち掴めないのですが……」
「気を持たせる言い方をしちゃったかしら。ホァユウほどじゃなくても、これだけ聞けばぱっと閃くと思うわよ~」
「――か、からかわないでください」
師匠と並べて比べられるのが重圧なのか、ズールイはイーホンから距離を取ろうとした。
「真面目に言ってるんだけどな。話そのものは、ズールイ君も聞いたのだから、あとはちょっと想像を膨らませるだけ」
「話……カ・ショクという人について、僕が聞いた話というと……あっ」
見開いた目に光が宿った。次にしかめ面になり、「確かに、迂闊でした」と頭を掻きむしったズールイ。一人置いてけぼりのナーは、急いで聞いた。
「分かったの、ズールイ?」
「多分。ていうか、リュウ・ナー、君もとうに分かっていたのかい?」
「ううん。先生がいきなり言い出しただけで、私は何にも聞かされていない」
「そっか。かろうじて面目は保たれたかな」
苦笑い、いや、自嘲の笑みを浮かべたズールイは、ため息をついた。
「何だか分かんないけど、間違えていたのなら早くザイ捕吏に伝えた方がいいんじゃない?」
「いや、僕は間違えてはいないんだけど。――あの、ユウ・イーホンさん。念のために窺いますが、あなたが指摘したいことって殴られたカ・ショクが、灰の山に突っ込んだことですよね?」
「その通りよ」
「やはり。じゃ、ザイさんに伝えてきます」
ズールイは、仁王立ちのままのザイ捕吏へとつま先を向けた。ある程度近付いてから、「あの」とその背中へ声を掛ける。
「おう、何だ験屍使のにいちゃん」
呼び掛けた対象は捕吏のみのつもりだったのに、先にハン・ギョウカイの方が反応してしまった。
「えっと、お二人に聞いてほしいのですが、まだ続きがあります」
「何? さっきので終わりじゃなかったのか」
向き直った捕吏の顔が険しくなる。怒られる!? 傍から見ているリュウ・ナーは気が気でない。そのまま会話に耳を傾けようとしたが、ズールイの声が小さくなってしまった。大っぴらには言いづらいことなのかしら……そう考えたナーは、ユウ・イーホンの顔を見た。
「ねえ、先生。ズールイは大丈夫かな?」
「だと思うわ。もし話がややこしくなったとしても、私達が協力すれば乗り切れるはずよ」
「私達?」
「ええ。その前に、あなたにも説明しておかないとね。まだぴんと来ていないんでしょう?」
「え、ええ、まあ。静かな場所でじっくり考えたら、何か分かるかもしれませんけど、ここはざわついているし、何よりもズールイの仕事ぶりが気になって気になって……」
「ふふふ、しょうがないわね。糸口はさっきも言ったように、灰よ。それにね、そもそもの手掛かりは、あなたがあとになって言い出したことなんだけどな、リュウ・ナー」
「私がですか。カ・ショクさんのことで私が言った……水不足が深刻だと分かっていたら、汚れを落とすために水をあげればよかった?」
「そう、それです。もう分かったでしょう」
「待ってください、もうちょっとだけ考えます。――つまり、あの遺体がカ・ショクさんであるとしたら、鼻や口、ううん、少なくとも鼻の穴の中は吸い込んだ灰がそこそこ付着していないといけない。何故なら、肥料にする灰の山に身体ごと突っ込んでおり、恐らくきれいに洗い流すだけの水はなかったから」
「私も同じように考えたの。まあ、仮に灰の山に突っ込んでいなくても、日常的に灰を扱っている人なら、鼻の中は多少なりとも黒ずんでいるでしょう。なのに、遺体の鼻孔はきれいすぎたようね」
「え。ということは、あの遺体はカ・ショクさんじゃあない?」
「恐らく、別人。死んだのが誰なのかは分からないけれども、殺したのはカ・ショクさんである可能性が高くなったと言えるかも」
「そんな。信じられません、あんな気弱そうな人が」
「無口と気弱は違うけれどね。そもそも、気が弱いから人を殺めないとは限らないし。昔、あなたのお兄さん、ホァユウから聞かされたことない? 殺人事件の被害者がめった刺しにされていたり、頭部を切断されていたりした場合、どんな凶悪でいかつい輩が犯人なんだろうと想像していて、いざ捕まった犯人を見てみたら、虫すら殺せなさそうなひょろっとした男だったり、愛らしい若い女だったりということが珍しくないって。この手の犯人は、相手が恐ろしくて、追い込まれた末に反撃して殺害したという動機が多く、殺した後もよみがえりはしないかと恐れてやたらめったら切り付けるとか、ばらばらにするのだそうよ」
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