第6話 最有力容疑者登場

 思わず指差したその先にいるのは、ハン・ギョウカイであった。

「騒ぎになっていると聞いて来てみれば、なんだ、カ・ショクの奴、おっんじまったのかよ」

 依然として夜が完全には明けない中、たいまつの炎が揺らめいていて、灯りが安定していない。ゆらゆらする灯りに照らされたハン・ギョウカイの横顔は、薄ら笑いを浮かべているように見えなくもなかった。

「あ、ハン・ギョウカイ、ちょっと尋ねたいことがある」

 ザイ捕吏が言った。その口ぶりや、胸をそり出した威圧的な態度から判断するに、ハンとズブズブな関係の味方という訳ではないようだ。

「何だい、捕吏の旦那――なーんて、とぼけるつもりはねえよ。疑ってんだろ、俺を」

「なら、話が早い。単刀直入に聞くが、おまえがやったのか」

「やってねえよ。ま、素直に白状する奴なんか滅多にいねえだろうがよ。やっていようといまいと、答は決まってる」

「今夜、どこでどうしていたか、申してみろ。夜半過ぎだ」

「そんな時間、寝る以外に何があるってんだい? 寝床に入る少し前までならみんなとどんちゃん騒ぎしていたが、さすがに油がもったいなくて切り上げたさ」

「家にいたと証明できるか」

「女房がいたが、あいにくと今晩は同衾してなかったな、がっはっは。一昨日の晩ならよかったのによ」

 品のない台詞を吐くハン・ギョウカイに、捕吏を恐れる気配は微塵もない。場慣れしている感すらあった。

「どちらにせよ、身内の証言だけじゃ、証拠として弱い。他にないか。おまえさんはよく子分を引き連れていて、たまに家に泊めてやってるそうじゃないか」

「ああ、言われてみれば……三人、いや二人か。飲んだあとに泊めてやった覚えがあるんだが、さて、誰と誰だっけ。名前が出て来ねえ。おーい、一緒に来てないか?」

 辺りを見回し、声を一段と張る。すぐにではなかったが、反応が返ってきた。野次馬の中、おずおずと手を挙げた太鼓持ち風の男を、ザイ捕吏が指し示して前に出てくるように促す。

「名は?」

「ゴヘイと呼ばれております、ハンさんとは古いお付き合いで」

「して、ゴヘイ。おまえがハン・ギョウカイが夜中、家にいたことを証言するのか」

「あ、いえ、それがちょっと違いまして。今晩、ていうか昨晩、酒宴に楽しく同席させてもらってまして、その場にいた男二人が、ハンさんの家まで着いて行ったのをみております。そいつらの顔が見当たらないんで、ああ、これはあっしが話すのがいいのかなと思いまして、手を挙げさせてもらった次第で、はい」

 この受け答えに、ハン・ギョウカイは「何だ、俺の無実を証してくれるんじゃねえのか」と吐き捨てた。意外に、本気でがっかりしている様子だなと、ナーと目には映った。

「で、誰と誰だ、俺んとこにいる“にわか居候”は」

「一人は確かカイフンという名だったかと。もう一人の方が、名前が出て来なくて……ひょろっとして、よそ者の血が流れていて、最初の頃はハンさん、見た目が気に食わないと言って、邪険に扱っていました、あの男です」

「あー、あいつか。ええーっと、そう、ナムサンとか呼んでいた」

「カイフンにナムサンか。いるのなら、今からでも連れて来ればいい。いや、おまえさんの無実の証を立てられるんなら、だな」

 ザイ捕吏の台詞を聞いていたリュウ・ナーは、

(え? ハン・ギョウカイを一人で行かせるの? 逃げてしまうかもしれないじゃないの)

 と唖然としかけた。が、ハン・ギョウカイは首筋をぼりぼり掻きながら、大儀そうに答えた。

「面倒くせえな。ゴヘイ、行って来いや」

「へいへい、承知」

 ゴヘイは命じられるや、捕吏の許可も得ずに、素早く行動に移った。ぐるりと囲う人垣の間をひょいひょいとすり抜け、走って行く。

「役に立たねえようなら、連れて来なくていいぞ! 思わず殴っちまいそうになるからな!」

 ひときわ大きな声で言い付けたハン・ギョウカイは、改めてザイ捕吏と対峙した。

「さあて、どうします? ぼやっと突っ立って待っているのも間抜けだ。かといって、今分かってる程度のことで、このハン・ギョウカイを引っ張れるのかい?」

「別にどうもせん。待つだけだ」

 ザイ捕吏は強面の乱暴者の類に慣れているのか、落ち着いた返しをした。あとは腕組みをして、足を少し開き気味にしてどっしりと構える。本当にただ待つだけらしい。

 リュウ・ナーとユウ・イーホンは、ちょうどいい機だとみて、ズールイに近付いていった。ズールイはズールイで、検屍の報告がいささか中途半端に停まっているため、どうしたものかと迷っている様子が窺えた。

「ズールイ、調べて分かったことはあれで終わり?」

「えっ? ――ああ、君か。イーホンさんも」

 背後からのナーの問い掛けに、ズールイは今気が付いた風で、振り向いたその顔には驚きがちょっぴり張り付いていた。

「終わりではないけど、伝えたいことはだいたい済んでいたから。今のところ、あの大男が有力容疑者みたいだから、先に大男の不在証明が成り立つか否かを待つ方がいいのかな。いやぁ、ホァユウ師匠と一緒のときでも、こんな具合に疑わしい人物が現場にいるなんて事例、ほとんど記憶にないからね。正直、戸惑ってるよ」

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