第4話 夜更けの変事
ケイフウが面白おかしい調子で請け負った。
その横で、若い二人がそもそもの話題の続きを始める。
「水云々と言っていたのは、カ・ショクという男の人に、汚れを落とすために使ってもらえばよかったってことかい?」
ズールイがナーに確認した。
「そうね。汚れを落とすと言っても服のではなく、顔や手を洗うのに使ってもらえばよかったなって。今になって思ったの」
「心がけは立派だけど、やはり水は大事に使わなくちゃ。水不足ならなおさら」
「ズールイって、現場を知らない頭でっかちの役人みたいなことを言うのね」
「い、いや、それはないよ。使命を確実に達せられるよう、万全を期すべきだと言いたいだけ」
「ものは言い様よね」
「はいはい、二人ともそこまで」
ケイフウとの会話を終えていたイーホンが、若い二人の言い争いに割って入った。
「過ぎたことをいつまでも言わないの。それに、少し前にも言ったように、私達の荷物に大量の水があると知られたら、余計な災いを招く恐れがあるわ。あのときは水を渡さなくて正解よ」
「……分かりました」
師匠の見解に、ナーは少しだけ不満そうに口を尖らせたが、じきにうなずいた。
その後、食事を終えるとともに、明朝の起床する頃合いを決めた。天候を見定めからこの街を発つこととし、四人は宿の部屋に戻った。
ところが。
まだ夜が明けきらぬ薄暗い時間帯に、リュウ・ナーらは起こされることになる。
男女二人ずつに分かれて部屋を取っていたのだが、先に起こされたのは女性陣の方だった。訪ねてきたのは声で宿の主人と分かったが、泊まり客に対するにしては扉を叩く音が随分と激しい。
状況がまだ掴めないまま、せき立てられるようにして戸を開ける。廊下にいたのは、宿の主一人だった。ただ、建物のすぐ近くには誰か訪問者が押し掛けてきている気配があった。
「夜分に大変申し訳ございません。緊急を要する事態が起きまして、ご助力を願いたく、かように」
宿の主人は元々白い顔を一層青白くして、眉を寄せていた。両手を胸の前で組合せ、請願の姿勢だ。
「前置きはいいですから、一体何があったのか、用件を手短に」
応じるのはイーホン。リュウ・ナーは寝台の横に立ち、自らはどうすべきかを考えつつ、成り行きを見守るしかない。
「実は街の外れで火災があり、家屋が燃え尽きることで火災は収まりましたが、現場から死人が出たとか」
「まぁ……」
「このようなとき、何がどうなって死んだのかを調べる必要があるのはご存知でございましょう。街にはそれのできる者がおりません。今の時季、まだまだ暑さが残りますから、呼びにやる手間と時間を考えますと、遺体が傷むのは目に見えており、困りものです。とまあそのような話を聞きつけたうちの若い者が言い出すには、何でもお客様の一行の中には、検屍を生業とされる方がいるとのこと」
「確かにいますが、何故それを」
知っているのかと続けようとしたのであろうイーホンだが、途中で気が付いたかのように手をぽんと打った。
「ああ、若い者というのは繋ぎ場の見張りをしている方ですか? あの人には荷物を見せて確認をしてもらったから」
「ええ、ええ、そうです。お客様の荷物から何やかやと誰何し、挙げ句、夜分の頼み事をするという失礼の段、お許しください」
「かまいません。験屍使はそれが仕事ですから、彼も喜んで引き受けるでしょう」
「彼? ということは、あなた方ではなく……」
「はい。隣の部屋の二人の内、若い方が験屍使です。ナー、彼を起こしてきて」
先生に言われて、ナーは黙って首を縦に振ると、
「あ、今呼びに行こうとしてたの」
「騒がしくて、ちょっと前から目が覚めてたよ」
わざとらしく目をこするズールイ。リュウ・ナーは彼の手を掴み、引っ張った。
「早く仕度して。どこから聞いていたの、話?」
「火事が起きたとかどうとか辺りかな。でも、途切れ途切れで全部は聞こえていない」
「端的に言うと、火災で死人が出たから検屍をして欲しいって」
「ん、それくらいはだいたい分かっている。行くよ。けど、ケイフウさんは明日、いやもう今日だけど、今日のことがあるから休ませてあげよう」
そうしてズールイはイーホン、ナーとともに、役人の案内で現場に向かうことになった。
「もう少し灯りをお願いします。そう、はい、それくらいで」
ズールイは自身よりも年上の人達に丁寧に命じ、現場一帯を照らしてもらった。火事は近隣にとっても大問題だからだろう、皆協力的で、たくさんのたいまつによって周囲は明るくなった。おかげで少し離れた位置にいるリュウ・ナーやユウ・イーホンからも、ズールイの横顔がしっかり見える。
「……これは……ひどく焼けていますね」
問題の遺体は、焼け落ちた家の区画から外へと引っ張り出されていた。だめで元々、助けようとしたとのことだ。
「水が……使えなかったもので」
現場の家の向かいに住むという男が、申し訳なさそうに呟いた。火消しがままならず、ほとんど燃えるに任せていたらしい。風がほぼ皆無だったからまだましだったものの、もしも強風が吹き荒れるような夜であれば、火事被害は街全体に広がっていたかもしれない。尤も、仮にそこまで火の勢いが強くなりそうなら、そうなる前に貴重な水を使っていたに違いない。
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