第3話 少女の夢
どうやら本当に過去に来てしまったらしい。
1984年4月15日。
小さい頃の俺が生きてると思うが、会ったらどうなってしまうのだろう。
今会ったらどんなアドバイスをしてやろうか。やっぱり賭け事はやるな、かな。
「鳥さん、さっきは号泣してたけど、もう大丈夫なの?」
岡崎さんにそっくりな女の子が、心配そうに顔を覗いてくる。
テレビの前でひとしきり泣いたあと、おじいちゃんにお礼を言って外へ出たところだ。
泣いてスッキリしたせいか、色々とわかってきたことがある。
まずタイムスリップしてしまった原因は、一緒にこの時代にやってきた、ガラスペンが関係しているだろう、ということ。
そして岡崎さんにそっくりなこの女の子は、きっと小さい頃の岡崎さんなのだ。
偶然よく似た子が近くにいたとは考えにくい。小説とか漫画とかだったら、きっとそのはずだ。
「俺はね、ブッコローって名前なの。
お嬢ちゃんはなんて名前なの?教えてよ。」
「私はね、山本弘子っていうの。
ブッコロー、よろしくね。」
やっぱりそうだ。結婚する前は山本という苗字だったのか。
岡崎さん、小さい頃はこんなに可愛かったんだなぁ。まさか自分が動画配信をして、ちょっとした有名人になるなんて思いもしないだろう。今ここで教えたら、未来が変わったりするのだろうか?
いや、そんな場合じゃないな。
まずは現代に戻ることを最優先に考えなければ。
「まずは色々と試行錯誤するしかないよなぁ。」
ガラスペンを太陽に重ねてみたり、振ってみたりと思いつく限りのことをやってみる。
だがガラスペンに何にも変化はなかった。
「ブッコローはさっきから何してるの?」
小さい頃の岡崎さん、岡崎ガールは不思議そうにブッコローとガラスペンを交互に見つめる。
そりゃそうだ。大きな鳥がガラスペンを一心不乱に振り回していたら、気にならない子どもはいないだろう。
小さい子は無邪気で可愛いなぁ。
そういえばこのガラスペンにも可愛らしい名前が付いていた気がする。
「なんだっけなぁ。こども?少女...。
そうだ!『少女の夢』だ!」
これは絶対にタイムスリップのヒントに違いない。
そして少女と言ったら一人しかいない。
「弘子ちゃんはさ、夢とかあるの?」
なるほど。そういうことだったのか。
文房具大好き岡崎ガールの力を借りて、タイムスリップをしろってことですね、神様!
わかってしまえば、どうということはないな。
「私の夢はねぇ、ホテルマン!」
「うんうん。ホテルマンだよね。
え!!?ホテルマン!?本屋さんとか、文具店の店員さんとかじゃないの!?」
予想外の答えに驚きが隠せない。
バタバタと腕を動かしすぎて、羽が数本、ハラリと地面に落ちた。
「弘子ちゃんさぁ、文房具って好きじゃないの??ほら綺麗なガラスペンだよ〜。」
岡崎ガールの前でガラスペンをゆらゆらと動かす。警察に見つかったら、職務質問は免れない光景だ。
「文房具?別に普通かな。」
ブッコローに衝撃走る。
まさか...。あんなに狂ったように文房具への愛を語っていた岡崎さんが...。
いや、岡崎ガールはまだ子供だ。
岡崎さんだって子供の頃には、お嫁さんになるのが夢!なんてことを言ってたって全然不思議ではないのだ。
「実はね...。
弘子ちゃんは将来、本屋さんの店員になるんだよ!しかも文房具が大好きなるよ!」
「えぇ?嘘だぁ〜。絶対嘘だよ!」
「いや!マジで!!賭けていい!
ポルシェ賭けるよ!弘子ちゃんは有隣堂という本屋さんで店員さんになります!!」
こんな小さい子に何を言っているのだろう。
だが約束はした。無事帰ることができたら、ポルシェをねだってやる。
しかし困った。このガラスペンの名前が、『少女の夢』なのだから、岡崎ガールと文房具を夢というキーワードでつなげる必要がありそうだ。
俺が岡崎さんを文房具好きにさせるしかない!
「弘子ちゃんは他にやりたいこととか、欲しいものとかないの?」
俺のトーク技術があれば、少女を文房具好きにするなんて他愛もない。
さぁ岡崎さん。俺があなたを文房具王になり損ねた女にしてやるぜ!
野望を抱いてメラメラと燃え上がっていると、岡崎ガールはモジモジと小さい声で何か呟いた。
「...か....おりしたい...。」
「え?なんだって?
おじさん、もう歳だからさぁ、最近耳が遠いんだわ。もう一回教えてくんない?」
「なか...。仲直りしたい!」
予想外の答えだった。
岡崎さん、思い通りの答えが返ってこないのは子供の頃からだったんですね...。
「仲直り。弘子ちゃん、喧嘩でもしちゃったの?」
わかるよ。子どもの頃の喧嘩なんて、人生が終わるんじゃないかってくらい深刻だよな。
でも、それが岡崎ガールを成長させていくんだぜ。
先ほどは元気いっぱいだった岡崎ガールは、しょんぼりとし、本気で悩んでいることは明確であった。
「なるほどね。そういうこともあるよ。
でも安心して!おじさん、仲直りできるいい方法を知ってるから。」
「え!本当?!」
そんなキラキラした目で見られると、少し眩しい。
「仲直りの方法!それは手紙を書いて渡すこと!間違いないっすよ!」
岡崎ガールに文房具を好きになってもらうには打って付けのイベントになるはずだ。
仲直りもできて、文房具も好きになって一石二鳥。我ながらいいアイデアだ。
しかし岡崎ガールの口はへの字に曲がり、納得いっていないと顔に書いてあるようだ。
「私、手紙書くの得意じゃないから、違う方法がいいよ。」
「いやいや、何言ってるの!
手紙は思いを伝える宝箱なんだよ!」
「宝箱?どういうこと?」
まさか岡崎さんから聞いたことを、岡崎さんに教えることになるとは思わなかった。
「手紙の一文字一文字には、書いた人の気持ちが詰まってるんだよ。綺麗な文字だから真剣に書いてくれたんだろうなぁとか、いろんな色を使って楽しませてくれてるとか、文字を途中で間違えて毛虫の落書きが入ってたりとかするじゃん。」
岡崎ガールは頷きながら真剣に聞いてくれている。俺とは大違いだなぁと、少し笑いが込み上げる。
「手紙はね、その全てが愛しくて、素敵なんだよ。」
実際に口に出してみると思う。
岡崎さん、案外いいこと言ってたんだなぁ。
岡崎ガールは興味を持ったのか、ガラスペンを物珍しそうに眺めた。
これで良かったのかな?
「私、書いてみます!」
その真っ直ぐな言葉には、大人の岡崎さんと変わらない真剣さがあった。
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