第2話 1984年4月15日

「 ... 岡崎さん? 」


問いかけの先には、キョトンと目を丸くした眼鏡のよく似合う女の子がいた。

髪を片方に流して三つ編みにしていて、手をモジモジと動かしているのが印象的だ。

ちびまる子ちゃんのたまちゃんを実写化したらこんな感じになるんだろうなぁ。

だからこそ、我ながらどうしてその名前が浮かんだのか不思議だった。

こんな少女を岡崎さん扱いするのは、あまりにも失礼な話だ。

しかし、何処となく岡崎さんの雰囲気に似ているのは事実だった。ぱっちりとした目元や、少し丸い鼻もよく似ていた。

娘さんと言われたら間違いなく信じてしまうだろう。


「鳥さん、転んじゃったの? 大丈夫?

あと私は岡崎じゃないよ。」


女の子は転がっている自分をコロっと動かして座らせてくれた。


思い出せない。

自分は確かに有隣堂で撮影をしていたはずなのだ。そのあと飲みにでも行って、記憶を飛ばしてしまったのだろうか?

うん。

たぶんそんな感じだろう。

飲んで記憶が無いなんて日常茶飯事だ。

こんな日中に道端で寝ていたのは初めてだが。


「あぁ、ごめんごめん!

おじちゃん、道で寝ちゃってたみたい。

ありがとね!全然大丈夫だから!」


幸い痛いところなど全くなく、ピョンと軽く飛んで答えた。


「そっか!よかったぁ。」


「うん。ありがとう。

じゃ!おじさん帰るから。本当、ありがとねー。」


周りを見渡すと、町内用の公共掲示板があることに気がついた。

まずここは何処なのだろうか。全く街並みに見覚えがない。



「えっと、なになに。

1984年度、市民合唱団コンクール....。」


全く意味がわからない。1984年?

昔の音楽をテーマにした、合唱コンクールってこと??

いたずらってこともないだろう。


「鳥さん、待ってぇ。落とし物してるよ。」


振り返ると先ほどの女の子がいて、少し体を屈めて何かを渡してくる。

手に持っていたのは、緑色に輝くガラスペンだった。


思い出した。

そうだ、俺は収録中にこのガラスペンを持ったら、体が浮くような感覚がして....。魔法にかかったように、異世界に飛ばされるように、意識が無くなったんだ。


先ほどの掲示板の内容と、意識を失った時の感覚が合わさり、頭に嫌な想像が浮かんでくる。

ガラスペンを受け取る羽が震える。


「お嬢ちゃん、ちよっと質問していい?

今日ってさぁ、何月何日?」


「今日?4月15日だよ。」


「そっかぁ。そうだよね。4月15日だよね。

じゃあさ、今年って何年だっけ?」


「え?1984年でしょ?」


あっさりだった。

当たり前のことのように、女の子は答えたのだ。


「いやいやいやいや。ありえないでしょ!

お嬢ちゃん、嘘は良くないよ!

おじちゃん怒ってないから、本当のこと教えて。」


羽をバタバタと動かし、質問をしながらも周りを見渡す。

なんか古そうな車が見える。

嘘だろ?嘘だよねぇ?え?本当に?


「鳥さん、嘘なんてつかないよ!

今年は1984年の4月15日の日曜日だよ。」


ガラスペンが地面に転がり落ちた。

え?どういうこと?

タイムスリップしちゃったってこと?

1984年の、4月15日だって?

ワナワナとクチバシが震え、虚空を見つめた。


「鳥さん、本当に大丈夫?頭とか打ったんじゃないの?」


1984年。

4月15日。

日曜日。


この時、ブッコロー脳に電流が走った。


俺は知っている。

本当に過去に来ているのか、確かめる方法が!


気がつけば体が動いていた。

地面を蹴り上げると、低空をかけるように飛んだ。女の子は急に飛び上がったことに驚いていたが、かまっていられない。


道の反対側にあった文具店に目をつけると、ものすごい勢いで中に飛び込む。

中はこじんまりとしていて、おじいちゃんが一人、テレビを見ながら店番をしているようだ。慌ただしく店に入ったのだが、おじいちゃんが気づいた様子はない。


「おじいちゃん!チャンネル変えさせて!」


机の上のリモコンを手に取ると、チャンネルを次々に変えていく。

そうだ。俺は知っているんだ。

ここが1984年だって、確信できる方法を。


リモコンを動かす手が止まった。


「「 スタートしました!一斉に揃って飛び出しています!!」」


テレビには競走馬が我先にと、鎬を削って競馬場を駆けている様子が映っていた。


予想した通りだ。

4月15日、そして日曜日は皐月賞の開催日だ。

1984年の皐月賞。

俺の記憶が正しければ、競馬の歴史に名を残す、伝説的な馬が一着を取るはずだ。

チャンネルを握る手に力が入る。


「嘘...だろ...。」


記憶に間違いはなかった。

無敗で三冠を達成した、史上初の馬。



「「前の競り合いは、シンボリルドルフ!

シンボリルドルフ出た!!先頭はシンボリルドルフだ!!」」


なんてこった。シンボリルドルフなんて、もう何年も昔に亡くなっているはずだ。

それが皐月賞を走っている。


不安は確信へと変わった。俺は1984年にタイムスリップしてしまったんだ。


「なんでだよ...。なんで...」


「「 一着はシンボリルドルフ!! 」」


体の奥から込み上げてくる。

そしてテレビに襲い掛かるように叫んだ。



「なんで!もうちょっと早く気づかなかったんだよぉぉぉ!!!

大儲けできるチャンスだったのに!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る