第15話 急転
森の中を走って行くと、リアンもやっと目を覚ます。ボクが事情を話すと、彼女も驚いて「お母さん……。シルラは?」と、心配そうな表情を浮かべた。
「ハマンさんは大丈夫だよ。多分……」
岩塩採掘を任されるぐらい、実力のある人だ。ボクも信じるしかない。
隠し通路は、それこそ誰にも知られず、山頂へとつづく道だ。途中にある岩や藪をくぐり、人が一人通れるぐらいの狭いところを抜けていく。
しかし途中で、行先をふさがれた。多分、先回りしていた連中がいたのだ。しかし一人ずつが対峙するぐらいの細い道、そして風向きを確認して、ボクはリアンに「しっかりと鼻をつまんでいて」と指示をだした。
「バタフライズ・ラーヴァ!」
ボクの魔法は、生き物から学んだものが多い。アゲハ蝶の幼虫が、敵から襲われたときに二本の角をだす。それが色鮮やかで、かつとても臭いのだ。そこから学んだ魔法である。ボクの手が光り、相手の目を晦ますのと同時に、呼吸するのも苦しむほどの強烈な匂いがたち込めた。
犬人族はとても鼻がいい。追ってきた兵士の犬人族は、悶絶して苦しんでいる。死ぬほどではないので、ボクとリアンはその間を走り抜けた。ちなみにカメムシから学んだ魔法だと、狭いところでつかうと死ぬこともあるし、自分の命も危なくなるような威力だ。
二人で、悶絶する兵士の間を走り抜ける。この世界の魔法は、コピー&ペースト。ボクは第九王子として、人族から遠ざけられたときからずっとこの日のために、準備をしてきたのである。
いつ暗殺にきてもいいように、対抗できる魔法を身に着けようと……。
「イタッ!」
リアンは足を押さえる。岩塩採掘をしたとき、足を痛めている。今は添え木で固めているので走れるけれど、捻るような場面だとまだ痛いようだ。
山頂近くまで上がってきて、このまま山を越すかどうか、考え時だ。山を越えていくと、国をでることを意識せざるを得ない。一方で、ここでもどれば隠れて暮らすことを意識する。そうなれば、彼女も十歳で、隠れて暮らさなければいけなくなる。
「ありがとう、リアン。ここまででいいよ」
「…………え?」
「相手の狙いはボクだ。ボクがいなくなれば、リアンはまた学校にもどって、王族の親衛隊に入る道だってあるだろう。キミがボクに付き合う必要はない。偶々、ハマンさんがボクをあずかっただけなんだから」
リアンは強く首を横にふる。
「ちがう。私は小さいころから、あなたを守るように言われてきた」
「……え?」
「私が親衛隊に入りたいのは、あなたが王族にもどるから。その傍らで、私が仕えたいから!」
過保護といわれるまで、ボクを守ろうとしてきたのは、そういう覚悟があったためなのか……。ボクが王族、という秘密を共有し、それを守ろうという意識もあって、そうしていると思っていた。
「エンドがいない王族なら、私が親衛隊になる意味がない」
メイドの授業を頑張っていたのも、戦闘を鍛えていたのも、ボクの傍にいたいため……。
ボクは急に愛おしくなって、ぎゅっと抱き締めた。彼女もそれを嫌がらない。危機が高まって、互いの気持ちがぐっと近づいた。
「やっぱり戻ろう」
ボクはそう決断した。
「隠れ住んだり、そういうのじゃない。でも、第四王妃がどうだろうと、ボクはボクだ。堂々と生きていきたいし、そうすべきだと思う。それで殺されるかもしれないけれど、精いっぱい抗ってやるさ」
心配そうだけれど、リアンも意を決したように頷く。それは、ボクの決断を邪魔せず、逆にその決断をしたのなら、それについていく……と決めたようだ。
「やっぱりここにいたな」
そのとき、急に声がして驚く。そこにはクルラとメルラがいた。
「ハマンさんからヘルプが来てね。助けにきたよ」
「お母さんは無事?」
「多分ね。もっとも、兵士たちがうろうろしていて、緊張が高まっているから、今はどうなっているか? 私にも分からないよ」
「一応、食糧をもってきたよ」
メルラが籠をさしだす。犬人族はその日暮らしが多いので、保存した食糧も少ないけれど、それでも三日分はありそうだ。
「ただ、出がけにハマンさんから言伝をあずかった。一旦、もどってこいって」
「どういうこと?」
「分からない。でも私たちに、事情が変わったからって」
ボクとリアンも、思わず顔を見合わす。罠かもしれない……。でも、戻ると決めたのだ。互いにそう頷き合った。
ボクとリアンは、家にもどってきた。意外なほど静かで、争ったような跡は感じられない。
「お母さん!」
リアンもハマンをみつけ、その胸に飛びこんでいった。
「怪我がなさそうで、何よりです。どうしたんですか?」
ボクが尋ねると、リアンを胸にかき抱いたまま、ハマンが応じた。
「事情がまた変わったんだよ。どうやら、他の王子が殺されたり、拘束されたり、今は王都が大変なことになっているらしい。その報告がきて、事情の変化をさとって、兵たちも慌ててもどっていったのさ」
「他の王子って、誰が……」
「第二王子だよ。どうやら、彼が今回のことを画策していたようなんだ。第一、第二王妃の殺害と、国王の幽閉。それに王子たちの誅殺……。どうやら本気で、国を手中に収める気だ」
第二王子も、もう三十を超えた。トップをとりたい欲がでても不思議ではない。
「じゃあ、ボクを殺そうとしたのも……」
「自分以外の王子を殺害するっていう、作戦の一つだよ」
恐らく、ボクを誅殺しにきたのは、直属の親衛隊ではなかったのだ。それはこんな田舎まで、最も信頼する部下を送っていられない。王都ではもっと大々的に、作戦を展開しているのだから、こちらにかける力は弱かった。
でも、そのお陰で命拾いをした。むしろ軽くみられていた、扱われていた、というのがラッキーだった。
それはまだ十歳、人族と離れ、犬人族として暮らす王子など、簡単に殺せると思ったのだろう。
でも、そのお陰で千載一遇のチャンスが訪れたのかもしれない。
「ボクは、王都に行くよ」
ボクの決意に、ハマンもリアンも驚いたようだ。
「女の子の恰好をさせてきたけれど、アンタも男の子だ。決断したんだね」
ボクは小さく頷く。
「私も……一緒に行く」
リアンも決意したようにそういう。ここで拒否したところで、彼女を余計に心配させるだけだろう。
「分かった、一緒に行こう」
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