第14話 逃走
「クルラのバカ‼ もう知らない!」
「そういって、家を飛び出してきちゃったのね……」
リアンもため息をつく。シルラが家に飛びこんできて「泊めて」という。プチ家出をしてきたのだ。
メルラは妹と友達感覚だけれど、クルラは姉として、また武術クラスへ選抜されることも考えて、シルラを鍛えようとする。そのため、反発をうけたのだ。
「じゃあ、水浴びしちゃおうか」
リアンも妹がいないので、姪っ子のお泊りに嬉しそうだ。ハルラたちも、ここにきていることは知っており、わざわざ探しにも来ない。これもお隣さんで、姉妹が暮らしている故である。
ボクとしては、ケモノ耳とケモノ尻尾をつけていないといけないので、若干の不便がある。それに、女の子言葉もつづけないといけない。意外なところで気苦労も多くなる。
「もう夕方だから、お湯にしてあげようかね」
ハマンもそういって、夕餉の支度に準備した鍋のお湯を、体を拭くためにつかう大きな桶に、別けてあげる。
「エンドは一緒に入らないの?」
シルラは無邪気にそう尋ねてくる。
「わ、私はさっき入ったからいいわ。三人だと、ちょっと狭いしね」
下半身をみられたら、大変なことになる。シルラはまだ子供だけれど、ボクのモノを見せるわけにはいかなかった。
「覗くんじゃないよ」
ハマンからそう釘を刺され、ボクもリアンとシルラのお風呂を除くのを諦め、大人しく待つことにした。
「変な形で、王族がかかわってきたね」
ハマンが急にそう話をふってきた。暗殺されかけて以来、警戒しているけれど、今のところはあれから何の接触もない。
「疑惑が晴れていればいいんですけれどね。他の王妃への嫉妬? で争って、ボクまで巻き添えは正直、納得いかないですから」
「そればかりじゃなさそうだけどね……」
「どういうことですか?」
「国王が、第一、第二王妃を殺した、という噂もあるみたいなんだよ」
「……え?」
「もう国王も歳だ。耄碌していてもおかしくない。問題は、それをそそのかしたのがここ最近の寵愛を一身に集めていた、若い第四王妃、とされている点だよ」
当時でさえ、六十近い国王に、二十歳そこそこの王妃が嫁いで話題になったぐらいだ。第一、第二王妃は国王よりやや若いとしても近い世代だから、年齢に応じて国王とは距離をおかれただろう。でも、殺害までするだろうか? 国王はボケた、というなら分かるけれど……。
「国王も、表向きは発表されないけれど、幽閉されているとの噂もある。そうなると一気に、後継争いが噴出した。しかし王妃を失くしたことで、そのバックにいる貴族との間のパワーバランスも狂っている。その間隙をついて、隣国が動いてきたのだから脅威も高いのだろう。
リアンとシルラの二人が、洗い場からでてきた。
「お湯だったから、髪も洗っちゃった」
そういうリアンも嬉しそうだ。水だと夕方には洗うのをためらうものだ。貧しい犬人族では、普段からお湯で体を拭くこともない。シルラが来ているので、お客様仕様なのである。
「お湯をかけ合っちゃった。ねぇ~」
シルラと頷き合うのをみると、本当の姉妹のようであり、微笑ましい。
四人で夕飯を食べて、四人で寝ることにした。最近は、リアンもボクの隣で寝たがったけれど、今日はシルラと眠る、という。ボクはハマンの隣で、一人寂しく眠ることとなった。
リアンとシルラの寝息が聞こえてくると、ハマンがボクの方を向いた。
「アンタも、覚悟を決めないといけない」
「分かっています。元々、十歳で行く道を決めないといけない、とは思っていましたから」
「行く道どころか、その道がないかもしれない」
「命を狙われつづける……ということですか?」
ハマンは寝転がりながら、静かに頷く。
「この国にいられなくなるかもしれない。権力闘争の中で、第四王妃の隠しダネであるあなたは、邪魔だから……」
第四王妃が、この国で権力をにぎるためには、第九王子であるボクを担いで国王にするしかない。生憎と、王のタネも尽きたようで、第四王妃はボク以外の子供がいない。また後ろ盾となる貴族も、この国ではいない。隣国とのつながりの深い貴族も、今は様子見をしているようだ。そうなると、ボクを担いで国王とし、全権をにぎるしか手がなくなる。
そこまで第四王妃が権力に飢えているかは不明だけれど、それを警戒する層にとっては、ボクが邪魔であることは間違いなかった。
「起きな!」
小さいけれど、鋭い声が聞こえてきた。ハマンがボクに覆いかぶさるようにして、辺りを警戒している。
「どうしたんです?」
「どうやら、周りを囲まれた。相手も手練れだ。どうやら、アンタを殺しにきたようだね」
早すぎる……と感じたけれど、権力闘争とはそういうものだ。先手をとったものが勝つ。ボクを殺し、第四王妃の狙いを挫く。第四王妃にボクがとりこまれる前に殺すのが鉄則だ。
リアンは寝起きが弱い。戦力として期待できないが、それに今はシルラもいた。
「アンタはリアンを連れて逃げな。ここは私が食い止める。逃げ道は……分かっているね」
小さいころから、いざというときの隠し通路が決められていた。でも、リアンを連れて……? でも、ボクがここから立ち去れば、敵もわざわざこの家を壊したりすることもないだろう。
「起きて、リアン!」
「う、う~ん……」
その子は役に立つ。それと……」
ハマンはボクに、ケモノ耳のカチューシャと、ケモノ尻尾をつけた。
「アンタがここで過ごした時間もね」
ボクの顔を知らない追手もいるだろう。犬人族の恰好をしていれば、誤魔化せることがあるかもしれない。
「シルラは……?」
「私が守るよ。さ、行きな」
ボクはリアンの肩を抱えるようにして、その家を抜けだしていた。
外にでたハマンは、その先頭にいる相手に目を止めた。
「やっぱり、アンタが来たんだね。シャガル」
「ハマン……さん」
「前回、ここに来たのは一度、あの子の顔を確認しておく意味があったんだろ?」
「気づいていましたか……。その指示がでることを予測し、準備していただけです」
「この村のことを熟知し、顔も知るアンタが襲撃者に加わることは想像していたよ。もっとも、ちょっと予想より早かったけれどね」
「さすがです。でも多勢に無勢です。ここは退いて下さい」
「それはできないよ。アンタにも分かっているだろ?」
ハマンは剣を構え、シャガルも身構えた。
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