第13話 襲撃
「ご主人様、お茶のお替りなどいかがですか?」
メイド実習のときは、生徒同士で組んですることが多い。今日はメルラと組んでいた。ボクはメイドの授業は苦手であり、どちらかといえば習うことの方が多い。座学のようなすわって学ぶ授業とちがって、立ち居振る舞いという点では至らぬことが多いのだ。
「相変わらず、エンドは所作が苦手だよねぇ」
メルラはボクの後ろにまわって「こう、脇を締めて、ご主人様の肩越しは失礼だから、こっちに立って……」と、手とり足とり教えてくれる。
でも、時おり彼女の胸が背中にふれて、そっちの方が気になってしまう。
リアンも大きいけれど、メルラも負けず劣らず、柔らかさならメルラの方が上だ。リアンがボクを過保護にあつかうので、クルラもメルラも、どちらかというとボクを年下っぽく扱う。クルラとメルラは姉妹だけれど、どちらが姉とか妹という差はないので、ボクだけが下だ。
「ほら、逆の手はここ。そうそう、そこで手を添えて……」
メルラは「大変、よくできました」と、ぎゅっと抱きついてくる。犬人族はこうしたコミュニケーションをよくとる。親しい間柄なら尚更で、怖いこと、警戒することがあると、身を寄せ合うという習慣だ。うれしいときでもそれは同じで、抱きつくという行為につながる。
「やっぱり、この年代で親衛隊に最も近いのは、リアンだよな」
クルラもあきらめ顔で、そう呟く。犬人族では憧れの立場であり、シャガルのようになりたい、という子も多い。
クルラは武術クラスで、リアンと匹敵する実力の持ち主だけれど、メイドとしての所作が苦手だ。ボクほどではないにしろ、王族に仕えるほどではない。一言で言うとがさつだ。
「でも、毎年えらばれるわけじゃないし、どうなるかは不明よ」
リアンはそう謙遜する。でも、それは衆目の一致するところだ。もっとも、学校が推薦し、人族である王族がそれを受け入れ、テストをして……とまだまだ長い道のりがある。
クルラとメルラと別れ、家に向かっていると、不意にリアンが立ち止まった。犬人族は耳がいい。何かの気配を感じたようだ。
いきなりボクの手をとって走り出す。ボクも何か起きていると気づき、全力でついていく。そのとき初めて、ボクにも追跡者の足音が聞こえてきた。
森を走るので、木々の間を縫うように走る。リアンは慣れているので、迷うことなく全力疾走だ。ボクもリアンに手を引かれ、おいて行かれないように必死で、しばらく走った後で、岩の後ろにさっと飛びこんで身を潜めた。
リアンはボクを抱きかかえるようにして、辺りを警戒して耳を欹てる。
しばらくそのままじっとしていると、足音が遠ざかっていった。
「何だったんだろう……?」
「大丈夫。私が守るから」
そう呟いたときのリアンは、とても頼もしく思えた。
ボクは第九王子、命を狙われるとは到底思えない。ナゼなら、王位継承権は九番目より、もっと下だ。つまり王族の大半が死傷する、といった大惨事が起こらない限りは、権力争いと一切関係ない……はずだ。
偶々、兵士たちが移動する場面に遭遇したのだろうか? しかしボクらが走りだすと、相手も走りだした。ボクらの後をつけるように……。
訳が分からない。とにかく、人族の事情がここでは分からないので、推測のしようもない。
夜にその話をハマンにすると「だったら、ロイファのところに人族の町から帰ってきた姉さんがいるから、聞いてみれば?」と言われた。
ロイファの姉にあたるオルファが、人族の町でメイドをしていたのだけれど、休暇をとってもどってきたとのこと。
リアンと二人でロイファの家に向かう。彼女の家は山裾に近く、屋根も葉っぱを重ねただけで、壁も葉っぱでふさぐだけの、簡素なものだ。大体の犬人族はこうした住まいで、山裾だと洞窟などのくぼ地もないので、屋根も壁もつくると、こういった簡素な形になる。
ロイファは大柄だけれど、姉のオルファは標準的な犬人族の体型だった。
「町は今、大変よ」
彼女は勢いこんで、噂話を黙っておけないようで話しだす。
「第一王妃と、第二王妃が相次いで亡くなってね。それが第四王妃の仕業じゃないかって持ち切りなの」
第四王妃……といえば、ボクの生みの親である。
「第四王妃の仕業っていう証拠はあるのかしら?」
「実は、隣国の情勢もかかわっているらしくてね。この国に攻めようと、国境に兵士を集めているって噂があって、それで内紛をおこそうと、王妃を相次いで手にかけたって……」
なるほど、隣国から友好の証として嫁いできた王妃だ。隣国との緊張が高まれば、嫌でもその立場は危うくなる。でも、そういう状況を分かって、第一、第二王妃を手にかけるだろうか? 王を殺す……というのなら、まだ分かる。王妃を殺しても、国防には関係ないはずだった。
「もしかしたら、暴走した第一、第二王妃の親衛隊が、ボクを誅殺しに来たのかもしれない……」
ロイファの家を出て、リアンともどりながら、そうつつぶやく。
「どうして?」
「復讐だよ。さっきの話を聞く限りでは、まだ確定した証拠はでてきていないのかもしれないけれど、第四王妃は守られていて、手出しはできない。でも第九王子なら殺せる、と……」
でもそれは、王族に近い人間ということでもある。親衛隊でも、ボクの存在を知るのは古参で、中枢にいた者ぐらいだろう。逆に言えば、不吉とされる第九王子を隠蔽するのに、それぐらい注力したのだ。
ちなみに、第一、第二、第六王子が第一王妃の息子、第三、第七王子が第二王妃の息子だ。姫もいるけれど、王は子づくりを頑張ったことがよく分かる結果である。ちなみに第四、第五、第八王子は愛妾の子で、第三王妃は姫しか産んでいない。第一、第二王妃が殺害された、というのは後継争いにおいても重要となってくることが分かるだろう。
しかし疑惑だけで、命を狙われるボクはただのとばっちりだ。そうはいっても、相手からすれば恨み骨髄のはず。
ボクは嫌でも、王子であることを再確認した。
「私が……守るから」
リアンは決意を漲らせ、それでも冷静にそう呟く。それは有難いけれど、彼女に守られてばかりでいいのか? ボクも改めて考えざるを得なかった。
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