第12話 キス

 今日は流れる川に、水泳の訓練をしに来ている。武術クラスの生徒だけなので、計六名だ。

 一つ下のアメロも訓練していたけれど、流れのある川でも渡れることが、兵士の資質として求められる。

 いつもはトップクラスのリアンが、唯一苦手とする項目で、耳に水が入るのが嫌なのだ。ただし、今日は足首を捻挫しているため、見学であって、妙に安心した顔をしている。

「いいよなぁ。私も休みたい……」

 ロイファはそういって、深いため息をつく。彼女は体も大きいため、水の抵抗をうける面積が大きく、川を泳ぐのは苦手だ。

 みんな胸と、腰に布を巻いただけの姿になる。普段は下着だけれど、ここでは水着の代わりだ。

 クルラは水泳が得意で、がんがん泳ぐ。体の小さいエラムも、泳ぎは達者だ。そんな中、もっとも不得意とするのがサジェ。彼女は金づちで、先生にずっと教えてもらうぐらい苦手とする。

 ちなみに、ボクも苦手だ。泳げるけれど、ケモノ耳、ケモノ尻尾がとれないよう、慎重に泳がないといけない。頭とお尻を水面にだす犬かきだ。なので流れのあるところだと、すぐに下流へと押し流されてしまう。


 しかし、水から上がるとみんな下着がぴたっと貼りつく。この世界にパッドはないし、何より布の質もよくないので、水に濡れると透けたりもするので、ボクにとっては目の保養……。

 でも、今日はそれをみてニヤけていると、見学しているリアンから凄い目でにらまれる。仕方なく、リアンがいるところから、ちょっと下流で泳ぐことにした。

 クルラとエラムは、互いに競い合って泳いでいる。しかしムリをしたのか、エラムが足をつって溺れて、やがて沈む。でも、誰も彼女に気づかず、そのまま下流へと流れてきた。

 最初に気づいたのはロイファだ。ボクと一緒に下流に流される組で、底を流されてきたエラムに気づく。ボクと一緒に、エラムを岸まで上げた。

「ロイファは先生を呼んできて!」

 ボクはすぐに、彼女に人工呼吸をはじめる。胸を押し、鼻をつまんで口から息を入れる。彼女の体はすでに冷たくなりかけていて、瞳孔も開いている。発見が遅れたのだ。

 この世界では人工呼吸が確立していない。すでに顔面蒼白で、死んだような様子のエラムに、ボクが胸をさわり、キスをくり返す様はとても奇異な目でみられるばかりである。

 でも、急にエラムが息を吹き返し、口から水を吐いた。ボクももう大丈夫と、その場にすわりこんでしまった。


「何をしたの? エラムの胸を押して、あんな口づけをして……」

 リアンからそう迫られた。

「ちがう、ちがう。溺れて心臓が止まっていたから、心臓をマッサージして、肺に息を入れてあげる必要があったんだよ」

「そ、そうなんだ……」

 ちょっとリアンもホッとした様子だ。

「エラムは大丈夫だった?」

「頭が痛い……といっていたけれど、先生が送っていくって」

 呼吸が止まってから数分だったようで、後遺症もでていないようだ。

 ボクは泳いでいただけでも体力を消耗し、エラムに人工呼吸をして、疲労がピークに達してしばらく眠っていた。その間に、エラムも家へともどったようだ。

「私も『競争だ』とかいって、煽り過ぎていたよ。反省する」

 クルラもそういって頭を掻く。

 今日はもう学校も終わり、自主解散という形になっている。ボクが休んでいる間、リアンもクルラも待っていてくれたのだ。

「私が負ぶっていこうか?」

 クルラがそういうと、リアンが慌てて「いい。私が負ぶる!」

「またリアンの過保護がはじまった」

 クルラも笑うけれど、ボクは笑えない。

「いや、いいよ……。自分で歩けるから」

 足を怪我したリアンに負ぶられるわけにはいかない。三人で歩いて家に帰ることとなった。


「へぇ~。そんなことが……」

 ハマンに早く帰ってきた事情を話していると、訪問者があった。エラムとエレホの母親、エノルだ。

「娘を助けていただき、ありがとうございました」

 エラムもエレホも小柄だけれど、エノルも小さくて、またかなり高齢だった。人間の感覚でいうと、祖母という感じだ。

 貧しい犬人族は、こういうとき何もやりとりしない。食べるのも精いっぱいな犬人族が多く、それはみんな分かっているからだ。

 エノルが帰ると、ハマンが教えてくれた。

「エラムも、エレホも最後の子供なんだよ。彼女は体が小さくて、子供が武術クラスに入ることはなかった。エラムがそうなって、心底喜んでいたんだよ。その子が訓練中に死んだとなったら、死にきれなかっただろうね……」

「エノルさんは……」

 リアンの問いかけに、ハマンも小さく頷く。

「犬人族の寿命は大体、五十だ。もう彼女はそれを八つも超えた。エラムとエレホが十歳になるまで……と頑張っているんだよ。きっと」

 ハマンは十歳でリアンを産んで、次の子供はつくっていない。考え方はそれぞれ、でもエノルにとっては自分の娘を兵士に……が悲願で、それを見るまでは死ねないとの意識が強いのかもしれなかった。


「ねぇ、さっきの人工呼吸っていうの、教えてよ」

 二人きりになったとき、リアンがそう懇願してきた。

「どうして?」

「だ、だって、私だっていつか必要になるときがあるかもしれないでしょ?」

 なるほど、それも道理だ。

「じゃあ、ちょっと横になって。胸の中心、この下に心臓があるから、ここをリズムよく押すんだよ。こう……」

 自分の胸を押してみるけれど、リアンは首を傾げながら「力加減が分からない」

「これぐらいだよ」

 リアンの胸を押す。でも、人工呼吸をするときは胸の中心であって、彼女の二つの膨らみは避けるけれど、、ついその揺れるところに目がいって……。

「ほ、本当にこれで心臓が動くのよね?」

「そう、リズムよくやれば……」

「じゃ、じゃあ……」

 リアンは目を閉じて、ボクに唇をさしだしてくる。

 昔は口を舐められたり、それに近いことをしたこともあるけれど……。ボクは鼻をつまむなんて、無粋なことはせず、彼女を抱き寄せてゆっくりと唇を、彼女のそこに押しつけた。彼女のドキドキが伝わってくる。大人になりつつあるリアンが、それに特別な意識を重ねていることが分かる。ボクが口を放すと、彼女は少し赤い顔をして「ね、ねぇ……。息が止まりそうなんだけど……」といった。

「大丈夫だよ。何回もすれば……」

 ボクはふたたび唇を重ねるのだった。





 





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