第9話 親衛隊
その日、リアンとボクは釣りに来ていた。小川程度だと魚もそれほどいないが、大きな川にいくと魚が釣れる。
犬人族の場合、みんなが貧しいので、魚も自分で食べる分だけ……というのが暗黙の了解だ。つまりとり過ぎない。なので、早く釣れるとその分、早く帰れる。でもその日は中々釣れなかった。
「おかしいな~。最近、誰か釣りに来たのかしら?」
リアンも首を傾げる。ここはボクたちの暮らす小川の下流、本流にあたるので、川幅も広い。二人で川上と、川下に別れて釣りをすることにした。
ボクが川下に向かって釣り糸を垂らすと、水から頭がぬっと現れるのが見えた。白い髪だけれど、まだらに黒髪もみえる。耳は垂れて、体はシャープで細身。それが全裸で水から上がってきた。
見覚えがある。ボクらの一つ下のアメロだ。彼女も武術クラスだけれど、一つ下なのであまり絡むことはない。でも成績優秀で、ボクらもその顔を知っていた。
「アメロ、何をしているの?」
「あぁ、エンド先輩。おはようございます……」
全身ずぶ濡れだけれど、潜水して頭まで濡らすのを厭わないのは珍しい。クルラも耳に水が入ることを苦にしないけれど、通常は嫌がるものだ。アメロは頭まで水に入ってしまうので、かなり特殊といえる。
「トレーニングもかねて、上流、下流と三往復していました」
どうやら彼女が泳いでいたので、魚がびっくりして隠れてしまったようだ。ただ、ボクも水から上がってきた彼女が、全裸であることにびっくりして、さらに前を隠そうとしないことにも言葉を失っていた。
犬人族は十歳で大人、一つ下でもまだ子供。女の子同士だからといって、全裸で相対するのはよろしくない……と、先輩らしく忠告するのが道理だろう。
「アメロさん。例え本人が気にしなくても、相手がいるときは服を着た方が……」
「大丈夫です。エンド先輩なら、例え全裸でもひけをとりませんから」
「いや……、戦って大丈夫とか、そういうことではなく、嗜みというか、羞恥心というか……」
「しかし、メイドになったら全裸でいる方が、喜ばれると聞いたことがあります」
「そ、それは喜ぶ王族、貴族はいるかもしれないけれど……。いいえ、そうじゃなくて……」
ふと気づくと、何者かの気配がした。こんな森の奥まで、人族がくることはない。ふり返った先にみたのは、ピンと立った耳に、黒と金が斑に雑じった髪をもつ、大人の犬人族の女性。そして、ボクも見覚えがあった。
「シャガル先輩……、お久しぶりです」
三つ上の先輩で、王族の親衛隊となった。この親衛隊というのは、犬人族の中では最大の名誉、最高の職だ。ふだんはメイドとして王族の傍に従事し、いざとなれば剣をとって戦う。メイドとしての素養と、戦闘力をみとめられた優秀な者だけがその地位につく。
「シャガル先輩! お、お久しぶりです!」
アメロの方が緊張した様子で、大きく頭を下げた。
「えっと……、エンドさんとアメロさんね。久しぶりです。息災ですか?」
丁寧で、かつ威厳のある物言いだ。十歳を超えるともう立派な大人になる犬人族ではあるけれど、責任の重さと、周りからの羨望をうける立場、との自覚がそうさせるのだろう。
「どうしてこちらに?」
ボクが尋ねたけれど、シャガルはアメロの方を向いて「アメロさん。外でいるときは身嗜みに気をつける。それは所作という点でマイナスですよ」と、先輩らしく諫めてみせた。
「す、すいません!」
アメロはすぐに、服のあるところに走って行く。どうも、アメロにとってシャガルは憧れの先輩らしい。それはメイデン学園でも久しぶりの親衛隊入隊であり、この地域で知らぬ者がいないほどの有名人でもあるからだ。
しかしシャガルはアメロが去った後、ボクをみると「あなたに用事があります」と告げてきた。
「ボクに?」
「第二王子からの言伝です。『今しばらく、現状維持で……』と」
どうやら、十歳で迎えに行く、という約束を忘れてはいなかったようだ。でも、第二王子?
「王は何と……?」
「王は……何も申されていません」
やはり……。でも第二王子が、ボクを気にかけていた? なぜかは不明だけれど、王族の側からコンタクトがあったのだ。まだボクが第九王子という立場は、消えていないようだった。
リアンと合流して、家へともどる。シャガルがハマンと話がある、ということだったからだ。
リアンもシャガルには憧れを抱いているらしく、挨拶をかわしただけで、緊張してあまり会話もできない。リアンが緊張するなんて珍しいけれど、メイデン学園から久しぶりにでた親衛隊への入隊であり、犬人族にとっての憧憬の的であることは間違いない。
ただ、ハマンと二人きりで話をする、といって家に消えると、途端にリアンも不安な表情になった。
「もどるの?」
ボクが王家にもどるのか? とリアンは心配らしい。
「まだ待機だって。これは当分もどれそうにないよ」
「そうなんだ……」
ホッとした様子を浮かべる。小さいころからずっと一緒で、今さら離れて暮らす実感も湧かないだろう。
ただ学校を卒業すると、嫌でも離れて暮らすことになる。犬人族は大人になると、まとまって暮らすことがないのだ。家族というのは子供のときだけ。祖母とのつながりさえない。姉妹であるハマンとハルラが近くで暮らすことさえ珍しいとされているぐらいだ。
「でも、一応忘れられていなかったようだ。学校を卒業すると、もどれるかな?」
「素行が悪いから、ムリなんじゃない」
「素行は悪くないよ。ちょっと女の子にイタズラしちゃう男なんて、いっぱいいるんだから」
犬人族では今や存在しないけれど、男というのはそういうもの……と説明しても、こればかりは分かってもらえない。
「特に、リアンはかわいいから、ついおっぱいを触っちゃったり……」
「今朝はさわっていないわよね!」
「今朝はさわってないよ。昨日は……」
最後まで言えなかったのは、リアンに拳で殴られたからだった。
「おやおや、仲がよろしいですね」
そのとき、家から出てきたシャガルにそう窘められ、リアンも真っ赤になって俯いた。
シャガルが帰ってから、ハマンに「何を話したんですか?」と聞くと、彼女は笑って「あんたが気にすることじゃないよ」と、誤魔化されたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます