第8話 テスト勉強

 メイデン学園は、一般の授業も行われる。いわゆる座学だ。座学は一般教養であって、みんな一緒にうける。ここでも優秀なのはリアン。それとメイドとしても成績のよいセルカだ。

 一般常識を学ぶのは、お仕えするご主人様とのウィットに富んだ会話をかわすためだ。犬人族の常識ではなく、人族の社会で暮らす、順応するための知識、会話術を学ぶのである。

 山の中で暮らす犬人族が、ここで初めて人族の街の様子を知る。

 もう五年生なので、今さら驚くことはないけれど、人族の暮らしに憧れを抱かせ、メイドとして従事したくさせるにも必須の授業だ。

 だからなのか、一般教養はテストもある。メイドの授業でも、武術クラスでもその日の評価であるのに、期末にテストをするのが一般教養の特徴だ。

「今日はみんなでテスト勉強をしよう!」

 学校終わりに、クルラがそう言いだした。クルラは武術クラスでは優秀だけれど、一般教養が苦手。特にテストではいつも落第ぎりぎりだ。このテストで成績が悪いと進級できず、五年生だと卒業できない。みんなで集まってテスト勉強をしよう、というのだ。

 こういうとき、生徒同士で教え合う……という条件なら、学校は場所だけは貸してくれる。貧しい犬人族は教師もボランティアなので、補修までは付き合ってくれないのだ。


 ボクはリアン、セルカに次ぐ上から三番目なので、教える立場である。ボクは最も成績の悪い、エレホを個人レッスンするよう言い渡された。

 エレホは五年生になっても、とても体が小さい。犬人族は対格差が大きいけれど、エレホは特に小さくて、逆にバランス的にはケモノ耳が大きくて、くりっとした目とともによく目立つ。

 落ち着きがなく、授業中に立ち歩いてしまうほど。一方、抜群の体力と敏捷さをほこり、エラムと武術クラス入りを争った。結局、斥候には不向きな落ち着きのなさと判断され、エラムが武術クラスと決まったけれど、体を動かすのが好きで、座学は苦手。ちなみに、エラムとエレホは姉妹である。

「エンド、エンド、遊びに行きたい!」

「ダメ。エレホは今、勉強の時間」

 勉強会でも和を乱すため、個人レッスンとなるのだけれど、そうなると余計に落ち着きを失くす。マンツーマンなので、言いやすいのだ。

「お水をきれいにする、簡単な方法は?」

「う~ん……きれいなお水を汲む!」

「授業でやったでしょう? 蒸留。ほら、火の上でお水を焚いて、その蒸気を集めて液体にもどすと……」

 精密なフィルターもない、この世界ではきれいなお水は、中々得難い。煮沸だけだと不安なケースでは、蒸留することを教えられる。実際、小川のようなものが近くにないと、この蒸留をつかって飲み水を確保するケースもある。

「蒸留……。お花を散らしに行く!」

 急に立ち上がって、エレホは教室を飛び出していった。ボクもそのまま逃げられると困るので、エレホの後を追う。


 この学校で困ることの一つに、女の子用のトイレしかないことがある。トイレは屋根がつながるけれど隣接する別棟で、個室ではなく、肩ぐらいの高さの仕切り壁と鍵のない薄っぺらいドアだけだ。水洗ではなく、床を四角く切って、そこに穴が掘ってあるだけ。下は傾斜がついていて、した後は自分で水を流すと一ヶ所に集まる仕組みだ。

 トイレまでついてきたけれど、ボクはふだんから一人で入るようにしており、勿論エレホのそれを覗くつもりも、音を聞いて愉しむつもりもない。でも、ボクがついてきたので「およ? エンドも花散らし?」と、逆に彼女は「一緒! 一緒!」と喜ぶ始末だ。

「早くして。もどって勉強するんだから」

「エンドも一緒にするんでしょう?」

 そういって、手をひかれてトイレの中に入ってしまう。

 いくら幼さの抜けない、子供っぽいエレホとはいえ、一緒にトイレに入ってもよいのだろうか……? 悩みつつ、そこに留まっていたけれど、困っていたのはエレホも同じ。

 それは、メイデン学園はメイドを育成する学校なので、制服もメイドのようなそれだ。ただし、それはすべて手作り。各家庭で、親から引き継いだものを手直しするなどして着る。だからデザイン的にはほとんど同じだけれど、細かいところでは各家庭で違いもある。

 つまり、作り手によっては簡単に脱ぐことができない……。

「エンド~、手伝って~」


 学校は基本、午前中で終わるので、トイレに行かずに帰宅する生徒も多い。だからトイレを意識することはないし、それこそ学校で制服を脱ぐ……なんて意識することはない。

 それが、今日は補修となって狂ったのだ。

 エレホは恥ずかしくないから、ボクに背中をみせて「外して、外してぇ~」とおねだりしてくる。それは女の子同士……というばかりでなく、いつも母親からそうしてもらっている、そんな幼さが影響するはずだ。

「え? どこを外すの?」

「ボタン、あるでしょ? それを外すと、全部するっと脱げるから。早くぅ~」

 全部? するっと? それって下着姿になる……そう考えたが、彼女はもう足踏みをはじめていた。

 仕方なくボタンをを外すと、予想通りにぷつんと、何かがキレたようにはらりと制服が脱げた。

 下着姿……。しかも、上半身は何も身に着けておらず、ふり返った彼女は、ほとんど胸もふくらんでおらず、可愛らしいピンク色のそれが、つんと立って……。

「ありがとう♥」

 気にする風もなく、エレホはトイレに消えていった。


 トイレの外で、彼女の制服を抱えて待っていると、上半身裸の彼女がでてきた。

「蒸留してきたよ」

「え? 水をきれいにしてきたの?」

「ちがう。私がきれいになったの!」

 どうやらおしっこをしたから、体から毒気が抜けてきれいになった、とでも考えているようだ。

 しかも、おしっこをした後、テンションの上がる子供のように、裸のままボクに飛びついてきた。

 ぺろぺろと口の周りを舐められ、ボクも戸惑いつつ、それを受け入れる。犬人族は幼いころ、親しい間でこうしたコミュニケーションをとることがある。リアンも小さい頃はそうしてきた。

 この歳で……は珍しいけれど、エレホはまだ精神的に幼く、テンションが上がってトイレでピンチを救ってくれたボクに、そうしてきたのだろう。これはトイレの前で臭い仲になる、といった話ではなく、蒸留でもしてきれいにしておかないと、またリアンに怒られる話でもあった。


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