第5話 苦手なもの
メイデン学園の武術クラスは、全部で六人。ボクとリアン、クルラの他にサジェ、ロイファ、エラムだ。
リアンとクルラは、武術という面ではツートップ。かなり優秀で、それに次ぐのがサジェ。茶髪から生えるケモノ耳は垂れて、ケモノ尻尾は細くて、くるんと巻き上がる。
力だけならロイファが強い。体格も一番よくて、でも敏捷性は他のメンバーより劣るため、強さという点ではそれほどでもない。グレーっぽい髪色に、ケモノ耳は小さく、ケモノ尻尾はふさふさで垂れ下がる。
エラムはその逆で、敏捷性だけなら一番。でも力はなくて、戦闘ではそれほど目立つところがない。斥候が得意だ。ケモノ耳は垂れて、ウェーブがかかった髪とほとんど見分けがつかない一方、ケモノ尻尾もほとんどが毛で覆われ、短めだ。
ボクの立ち位置は力、強さならエラムの上、という感じだ。でも敏捷性ではエラムにも劣るので、要するに最弱。リアンの親戚の子、と説明されているので、最強とされるリアンの血筋にしては残念……という見方がされている。
今日は登坂訓練。いわゆる山登りだ。石を入れた重いバッグを背負って、トレッキングなら楽しそうな、自然豊かな山道を歩いて上がる。
「筋肉女になりそうだ……」
クルラはロイファに次ぐ体格をもつけれど、そう泣き言をいう。相手に合わせて重さは決められているので、二番目に重い荷物を背負っている。
「リアンは重そうじゃないね?」
サジュにそう声をかけられ、リアンは「そんなことない。顔にでないだけ」とクールに応じる。
「それより重い荷物を、いつも背負っているもんね」
サジェはそういって笑う。その荷物とは、ボクのこと。分かっているけれど、ボクもあえて無視する。
「さぁ、休憩しよう」
ちょっとした広い空間に出て、みんな思い思いに荷物を下ろし、そこにある石などに腰を下ろした。
「私、花散らしに行ってきま~っす」
サジェはそういうと、藪の中に消える。これはボクの知る世界なら『お花摘み』のことで、ノリは女子校だ。
犬人族は女の子しかいないので、恥ずかしがることもないけれど、トイレというのは流石に憚る。小便をかけるので『花散らし』といい、屋外トイレも多い犬人族ならではの物言いだ。
「きゃーッ!」
サジェが消えた辺りから、悲鳴が聞こえる。びっくりしてみんなが駆け寄ると、サジェが尻もちをついていて、彼女が震えながら見据えるその先に、大きな蛇がとぐろを巻いていた。
犬人族は極端に、蛇などのにょろにょろ系を嫌う。それは女の子だから苦手というのも分かるけれど、そればかりではない気がする。みんなが尻ごみする中、ボクが蛇を木の枝で持ち上げ、遠くに運ぶ。
ボク的には、こうした爬虫類もコピー&ペーストの対象であり、元々大丈夫なこともあって、何の苦もない。
ボクがもどってくると、まだサジェは尻もちをついていた。スカートなので、下着丸出しで……。
「もう蛇は遠ざけたわ。大丈夫?」
ボクがそう声をかけたとき、地面が少し濡れているのと、下着にも染みがあるのに気づく。
ちょうど……というタイミングで、驚いて腰を抜かしたのだ。サジェも自分の状況に気づいて、恥ずかしさのあまり、半泣きになって慌ててスカートを押さえて隠そうとする。
「私が近くにいて、蛇がでてきたら何とかするから、残りもだしちゃいなさい」
ボクは、サジェに優しくそういうと、みんなには「もう少し、お花を散らしたいって」と声をかけた。
「ごめん……なさい」
サジェは泣きながら、でもいそいそと下着を下ろす。その謝罪が、さっき揶揄したことに対するものなのか? よく分からないけれど、今はとりあえず音を聞かないようにしてあげるのが心遣いだと、ボクも耳をふさぐことにした。
「霧がでてきたね……」
ロイファが心配そうに、そう言って辺りを見回す。もっとも体格はよいのに、その逆で気は小さいのが彼女だ。先ほどまでの晴天が一転、雲行きが怪しくなってきている。
「このままだと、帰り道が怪しくなりそうね。もどった方がいいかしら……?」
リアンがそう呟くと、ボクの方をちらりと見る。この武術クラスを実質、まとめているのはリアンだ。それは強さだけならクルラもいいところだけれど、リーダーシップを認められているから。リアンは常に冷静で、適切な判断を下すとみんなが思っているからだ。
でも、決断に迷うようなときは、ボクに助言を求めてくる。それは小さいころからそうで、二人で決めてきたことが影響するようだ。
「山の天気は変わりやすい。道がはっきりしている今のうちに帰りましょう。先生たちに説明するときは、私もついていくから」
ボクがそういうと、リアンも決断して「下りましょう」といった。
でも途中、雨が降ってくると、すぐに嵐となった。都合よく洞窟などがあるはずもなく、木陰の風下になる、隠れられそうな場所をみつけて、六人で集まって体を寄せた。
ボクとしては、こういうときに困るのは、みんな女の子。犬人族なら体を寄せ合って危機を回避するのが当たり前だから、それに従うけれど、その柔らかさ、温かさと同時に、リアンの目が怖くて……。
「相変わらず、エンドの体は冷たいのね。こっちに寄りなさいよ」
そういって、サジェがボクの体をつかんで、自分に引き寄せる。
さっきのことを気にしているのか? 感謝の気持ちだろうか……?
でもそうやって、輪の中心に引きずりこまれたことで、さらにみんなの胸が……。
ボクがデレッとした顔をしたことで、リアンに物凄い形相でにらみつけられる。ただこの輪を崩すことはできず、またボクを追いだすこともしにくい。そんなことをしたら、説明がつかなくなるからだ。
すると、何を思ったか、リアンがボクのことを抱き寄せるようにして、自分の方へと引っ張った。
「あ~ぁ。またリアンの〝過保護〟がはじまった」
エラムがそういって笑う。昔から、ボクがケンカに巻きこまれそうになると、リアンがボクを庇っていた。それを、みんなも知っているので〝過保護〟と呼ばれているのだ。
「過保護でもいいでしょ!」
そういうと、リアンがぎゅっと抱きついてくる。そうやって自分に抱き寄せることで、周りに触れないようにしているらしくて、ボクもこそばゆかった。
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