第4話 ある日の夕餉
ハマンの家――。土間と一続きのリビング、ダイニングに、三畳の板の間しかない簡素な家だ。
トイレは別で、体を拭くときなどもその小屋だ。水回りを別け、居住スペースに湿気、匂いがまわるのを避ける工夫である。
掘っ立て小屋といった感じの、雨風をしのげる程度だけれど、これでも犬人族の中ではしっかりしている方だ。それこそ洞窟とか、木の上とか、それで暮らす犬人族も多い。
裏に小川が流れていて、遠くまで水を汲みに行く必要がない点も、便利だ。こうした犬人族の中では、比較的よい場所に縄張りをもっているから、ボクをあずかったのか? ボクをあずかったから、暮らしやすい場所に縄張りをもてたのか? ボクにも分からない。
でも、リアンを産んだ直後で、母乳がでたことは大きかったはずだ。そう、彼女は乳母でもあるのだ。
小さいころから、リアンと一緒に育った。それこそ彼女が右の乳、ボクが左の乳を飲んで、大きくなった。まさに兄妹、彼女的には姉弟かもしれないけれど、そうして過ごしてきた。
犬人族はかつて、夜行性だったそうだ。しかし人族に隷属するようになり、人族の生活に合わせるうちに、昼型になったらしい。
夕餉は日が落ちてすぐに、外でとることが多い。それはロウソクや油といった灯りとなる燃料を、犬人族は買うことができないので、月や星の光でさえ貴重だからだ。
家の中には竈もあるけれど、外のときは焚火だ。なので鍋一つ、そこに野菜とお肉を入れて、穀物で嵩ましをして煮込む。雑炊、もしくはごった煮のような料理となることが多い。
ハマンがお椀によそって、ボクとリアンに渡す。
「エンドの方が多い!」
リアンは子供っぽく、そう文句をいう。
「おかわりすればいいだろ。ボクだってお腹が空いているんだ」
「昼間、エッチなことばかり考えているから、余計にエネルギーをつかうんじゃないの?」
「そんなことない。リアンと一緒だと、いつもエッチなことを考えているから、余計なんてことはない」
一瞬、赤くなった後、リアンは「べぇ~!」と舌をだして、横を向いて食べ始めてしまった。
最近、リアンはこういう反応が多い。
犬人族は十歳で大人、ボクがまだ子供じみたボディータッチや、こういう返しをするのが、癇に障るようだ。
でもすわる場所は一本の丸太を横にしたもので、隣にいるしかない。
昔は……「ほら、ご飯つぶがほっぺについているよ」と、ボクの頬っぺたから直接舐めとってくれたりもした。これは、犬人族は小さいころにケモノの要素が強くでることにより、こういう行動をとるらしい。舐めとったり、体を寄せたりするのも、ケモノの要素だ。
寝るときは隣で、抱き合って寝たりもした。犬人族は兄弟、親子でそうやって眠るものらしい。
ボクが人族……というのは絶対に秘密にしておかねばならず、そうした秘密の共有も、互いの意識を強く結びつけた理由だろう。ボクがケンカに巻きこまれると、ケモノ耳がとれるのでは? シッポは大丈夫? などと彼女が気遣い、仲裁に入ってくれたりもした。
むしろ彼女自ら戦ってくれ、リアンが強かったこともあって、ボクは守ってもらう立場だった。
十歳になる今でも、それは変わっていない。武術クラスで格闘訓練があるときは、彼女の方がハラハラして見守るぐらいだ。ボクもケモノ耳と、ケモノ尻尾がとれないよう戦うことにも慣れて「大丈夫」といっても、小さいころからの癖は中々治らないらしい。
「そんなむくれてご飯を食べるもんじゃないよ」
ハマンは笑いながら、そういって丸太を立てて椅子にしたものにすわる。
「まだエンドは成長期だからね。リアンは食欲も落ち着いてくるだろうけど……」
「私、お腹空いているよ」
「子供を育てるようになると、自分は我慢する癖もつくのさ」
「私、子供なんてまだ……」
犬人族は男性がおらず、子づくりは人族から小さな容器に入った液をもらい、それを自ら直接注入する。人族と、犬人族では子供ができないので、その液は人族の精液ではないそうだ。犬人族の細胞を加工してつくった人工精液で、魔法で生成するものらしい。
こういう点も人族に隷属しなければならない所以だ。人族がいないと、犬人族が種を存続していくこともできない。
その液のことを『オピスト』と呼んでおり、金銭的な負担はないものの、人族に反抗的な態度をとっているとそれをもらえないこともあり、長くそうした立場にいたからこそ、人族に隷属したのである。
でも、リアンももう十歳。学校を卒業すると、大人になったとして子づくりをする権利が得られる。
子づくりをしないと、人族の下で働くことになる。町で暮らしたい……そんな浮かれた理由の子もいるけれど、自給自足はやっぱり大変で、お給料がでる仕事は人族の下でしかない。
リアンは武術クラスなので、兵士として従軍することが求められるけれど、将来どうしたいかは、聞いていなかった。
食事を終えると、後は寝るだけ。焚火が消えると、辺りはとっぷり暗くなる。
板の間に綿をつめた布団を敷き詰めて、そこで川の字になって寝る。昔はボクとリアンが隣り合って寝ていたけれど、今はハマンを真ん中に、ボクとリアンが端に寝るようになった。
数年前から、リアンがボクの隣を嫌がったからだ。
リアンは夜が弱くて、布団に入るとすぐに寝てしまう。これだけ眠れても、朝が弱いのだからびっくりだけれど、ハマン曰く、リアンはよりケモノの性質が強くでている、ということだ。
昔の犬人族は、一日の三分の二を寝て過ごしていたらしい。エネルギーロスを少なくし、また肉を消化するためには、体を休める必要があったからだ。
偏ったたんぱく質だけの生活ではなくなった今では、そうする必要はないのだけれど、リアンはちがう。
ボクは壁の方を向いて横になっていると、ハマンから「もうすぐ、誕生日だね」と声をかけてきた。
「えぇ……」
ボクも気づいている。ボクを「十歳まであずかってくれ」というのが、王家からの依頼だった。
今のところ音沙汰なし。ボクをどうするかも、決まっていないのか? いずれにしろボクも、自分の将来を決めないといけない。王族にもどることは、どうやら難しいらしい。リアンたち犬人族の少女ばかりでなく、ボクも十歳、色々と決めるタイミングが近づいていた。
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