第2話 クルラとメルラ
「リアン、エンド、学校行こぉ~」
家の外から、そう声が聞こえてくる。リアンは目を覚ましてしまえばしっかり者であり、「お母さま、行ってきます」と、深々と頭を下げてから、家をでる。
ボクは「行ってきますわ」と、お嬢様っぽく言って、家をでた。
家の外には、制服をきた二人の少女がいた。一人は黒髪、ショートで背も高く、すらりとした肢体だけれど、よく鍛えられた体をしており、運動関連ではリアンといい勝負だ。
もう一人は金髪、ロングで小柄。でも胸が大きくて、女の子っぽい体にほんわかとした性格だ。
黒髪はクルラ、金髪はメルラ、容姿はまったく異なるけれど、二人は双子だ。
犬人族は双子、三つ子も多いけれど、二卵性、三卵性であって、容姿ばかりでなく性格もばらばらだ。
犬人族は町をつくらず、まとまって暮らすことがない。点在して家を建てて、家族単位で暮らす。彼女たちは家こそ離れているけれどお隣さんで、リアンの親戚ということだ。
ちなみに、犬人族には苗字にあたるものがなく、呼び別けるときは、例えば○○山の、山頂の誰々……となる。
親戚というのも、リアンの母、ハマンと彼女たちの母親が姉妹なので、近くに暮らすようだ。
メイデン学園――。犬人族だけが通う、木造の校舎が一つのこじんまりとした学校だ。五歳から十歳までが学校に通うので、十歳のボクたちは最高学年、来年には卒業となる。
ここに通うのは全員、女の子――。犬人族は数百年前、男性という存在が消滅していた。
元々繁殖期があり、男女で子づくりをするごく一般的な生活をしていた。しかし男性がいなくなり、今では自分でタイミングを決めて子づくりをする。ハマンなど、十歳でリアンを産んでいた。
学校では一般的な知識を学ぶけれど、合わせて花嫁修業……みたいなこともする。料理、家事全般、礼儀作法……。
これは人族にメイドとして仕えることを想定したもので、隷属する種族、とされる所以だ。一部は兵士として従軍するために武術全般を学ぶ。ボクやリアン、クルラがそうだ。
制服がメイド服のようなのも、メイドとして従事することに今から慣れておくためらしい。
武術クラスも同じメイド服っぽい制服であり、そこに胸当てや手甲などを装着するため、魔法少女の衣装のようで、可愛らしい。ボクも同じ格好……という気づきさえなければ最高だけど……。
ボクも武術クラスだけれど、リアンやクルラにはまったく歯が立たない。
犬人族は、運動能力なら人族より優秀で、十歳ぐらいだと成長のスピードもちがうため、それが顕著だ。
ただ犬人族は十歳で成長がとまって、大人になってしまう。最終的な腕力では人族が上まわり、これが決定的ともいえるけれど、犬人族は魔法をつかえる者がほとんどいない。
だから学校でも教えない。それが人族との差であり、隷属する身分として今に至る原因だった。
「行ってらっしゃいませ、ご主人様」
「エンドさん、もっと声をだして」
「行ってらっしゃいませ、ご主人様!」
お腹の辺りに手をおき、深々と頭を下げる。メイドの練習である。武術クラスに属していても、一通りメイドとしての教育はうける。兵士になれないことがあっても、メイドにはなれるからだ。
「相変わらず、エンドはメイドの所作が苦手だね」
クルラにそう笑われるけれど、ボク的には立ち位置に悩むところだ。
「そういうクルラだってそうでしょ?」
「私は兵士になる! それが叶わないなら、力仕事の方で生きるさ」
そういって、クルラは力こぶをつくってみせる。彼女は犬人族の中でも大きく、力が強くて、その言葉がしっくりくる。黒髪にピンとした小さな耳、尻尾もシャープで猟犬のようだ。
ボクとリアン、それにクルラたち、わずかな生徒がメイドの基本所作の授業を終えると、武術クラスに別れる。
「いいなぁ~」
メルラは羨ましそうだけれど、ここに体育の授業がなく、ちょっとした運動程度と思っているのだ。
しかし兵士の訓練なので、それなりに過酷であって、生易しいものではなかった。
「ぷは~ッ! 疲れたぁ~」
重い荷物を背負ってのサーキット訓練――。これが一番つらい。ラン、シュート、ラン、バトル……。これを延々とくり返す。シュートは弓矢で的を射て、バトルは剣で戦う。
犬人族は従軍しても、それこそ一兵卒であり、体力を要求されることが多い。疲労困憊の中で、どう動くか? それが試されるのだ。
クルラはうつ伏せに寝転がると「エンドぉ~、マッサージしてよ」そう甘い声をだしてくる。
「しょうがないなぁ~」
ボクはそういって彼女にまたがり、その背中から腰にかけて揉みしだく。
「あ……いい……、うん、そこ……。そうそう。いい……」
官能的な声をだして、クルラは身もだえる。ボクは尻ほっぺをしっかり、がっしり揉みあげると、太ももを両手で挟むようにして根元から一本一本、丁寧にこすり上げていく。
「あぁ……、気持ちいい。リアンもやってもらえよ」
「私は……いい」
リアンは真っ赤な顔でそう拒否すると、ボクを睨む。
ボクが男と知っているのは、リアンだけだ。クルラはボクを女の子と思っているので、女の子が女の子にマッサージしているだけで、別に恥ずかしがることはない、と考えているはずだ。
ボクは相手が気持ちよくなってくれれば……という思いと、少々の卑猥な気持ちを抱いているのを、リアンは見透かしている。ボクは知らぬふりを決めこみつつ、悶えるクルラに、さらにマッサージを加えていった。
「はぁ……、はぁ……。疲れがとれた気分だ」
クルラは荒い息遣いながら、仰向けに寝転がって、そうつぶやく。
「ウソ。疲れているじゃない」
リアンにそう指摘されても、クルラは手をふって「エンドにマッサージしてもらうと、次の日がちがうんだよ。体が軽くなっているんだ」
「えぇぇ……」
まだリアンは怪訝そうだし、そもそも男のボクにマッサージされる気はない。
クルラは起き上がりながら「エンドはマッサージしなくていいのか?」
「私は構わないわ。自分でもできるもの」
「そうか。自分でマッサージする方が、効果的かもしれないな」
そういってクルラは笑う。ただボクのそれは、十歳となったこの体が、男となっていくのをバレないため。犬人族の女の子という立場を貫き通すために必須ということでもあった。
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