第九王子で詰みました。だからケモノ耳をつけて、女の子として生きていきます。

巨豆腐心

第1話 居候する王子

 隣に寝ているのは、ケモノ耳に、ケモノ尻尾を生やした、犬人族の少女――。

 犬人族は十歳で大人……とされるけれど、体は大人なのに、寝顔はまだまだ無邪気な子供……。

 でも胸の大きさ、柔らかさ、形はもう……。

「う、う~ん……」

 少女が眼を覚ましそうになり、慌てて手をひく。でも、まだ起きないようなので、もう一回……。

 そのとき、首根っこをつかまれた。

「うちのリアンを、慰みにするんじゃないよ。エンド」

「あ……、お母さん、おはようございます」

 お母さん、といってもボクのそれではない。ボクはこの犬人族の親子がいる家に居候するのであって、彼女はリアンの母親、ハマンだ。

 ボクの名はエンド。エンドとは、そのものずばり〝終わり〟という意味。ボクが元いた世界では留吉、末吉、などといった名付けと同じ、子供はここで打ち止め……ということだ。

 ボクは王家に生まれた、第九王子。でも王子が九人生まれると厄災が起きる……とのジンクスから、王家から追いだされた。一応、廃嫡はされていないけれど、ほとんどいなかった者との扱いだ。

 この世界では奴隷がいないけれど、人族に隷属する種族として、犬人族がいる。その犬人族の家にあずけられ、王家と切り離されて生きるよう強いられたのが、ボクである。


「う~ん……。お母さん、おはよう」

 リアンもボクたちの声に、目を覚ます。

「二人とも、さっさと顔を洗っておいで。朝ご飯にするよ」

 ボクは寝ぼけ眼のリアンの手をひいて、家をでて裏の川にいく。ここは森に囲まれた山の中にある一軒家で、水は小川のそれをつかう。桶で汲み、そこから手ですくって顔を洗う。

 一つのタオルで、二人で顔を拭く。小さいころから一緒に育ってきて、ふだんはリアンの方がしっかり者なのに、寝起きは弱くて、ボクが彼女を誘導するのだ。

 顔を洗って、すっきりとした彼女は、とてもシャープで美しい顔がさらに際立って見える。

 眼が大きくて、赤毛とされる燃える炎のような髪の上に、耳がぴんと立ち、尻尾はふさふさ、もふもふだ。

「おはよう、エンド」

 彼女はやっと挨拶するぐらい、頭がシャキッとしてきた。でもハッと胸を押さえて「さ、触ってないわよねぇ?」と、赤い顔をして尋ねてくる。

「揉んだりしていないよ。ちょっと手を当てて、押してみただけ……」

 ボクの正直な告白に、殺意すら籠めた、鋭い瞳でにらまれる。そんな顔もまた美しかった。


「ほら、遅刻するよ。さっさと準備して」

 ハマンにそう促され、学校に行くため制服に着替える。ただし、ボクはスカートにケモノ耳のカチューシャ、お尻には尻尾をつける。つまり犬人族として、女の子として学校に通うのだ。

 第九王子は厄災――。そんなジンクス、噂もあって、秘密裏に処分されてもおかしくなかった。

 ボクを生かした理由は、第四王妃の子だったから。

 第四王妃は、隣国との友好の証として嫁いできた。若い王妃をもらって、頑張った結果として妊娠し、周囲の『女の子であれ……』という願いも虚しく、生まれたのが男、ボクだった。

 だから世間にも公表されず、その存在自体が隠蔽され、第四王妃の不興を買わないため、一応生かされている。処分した……などとなれば、隣国との友好にヒビが入りかねないからだ。

 ただ徹底的に、第九王子という匂いを消す。そのため犬人族の、女の子として過ごすのである。

 ボクがふつうに誕生していたら、そんな事情に気づくことなく今まで暮らしてきたはずだ。でも、ボクは転生者。誕生したときにはすでに自我をもち、今にいたるまでの記憶をもつ。

 それが、ボクの事情だった。


「着替え終わった? 次は私の番なんだから、早くして」

 リアンにそう急き立てられて、部屋をでる。

 家が小さくて、リビングダイニングを兼ねる土間とつながる広間と、小さな寝室しかない。着替えをその寝室で、交替で行うようになったのは、大きくなってからのこと。でもそこにドアはなく、薄い布地で仕切られているだけなので、所々に開いた穴から覗き放題――。

 ただ、ハマンから「覗かない」と釘を刺されるので、ボクも渋々と敷居の近くから離れた。

 ボクは人族で、ちょうど十歳。異性に興味をもちはじめるタイミングだ。

 一方で、リアンは犬人族の十歳……というと、ちょうど大人へと脱皮する時期にあたる。

 そんなボクたちの生活は、ちょっと刺激的で、またボクの抱える事情もあって複雑だ。

 ボクはこの異世界で、王族でありながら身分の低い犬人族として、男でありながら女の子として、逆転人生をのんびりと暮らす。これは、そんな物語である。



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