第3話 父上を説得しよう

 その日の夕食には妙な緊張感が漂っていたんだ。そう、主に兄様と僕だけど。姉様からの早く言えっていうプレッシャーが半端ないよ。父上は身長が百九十センチ、体重八十二キロの僕たちから見たら巨人の様な人だけど、領民たちにも優しく接しているのでとても慕われてる。見た目は厳ついから初めて父上を見た子供は泣く子が多いそうだけどね。

 幸いな事に今日は父上の機嫌は良さそうだ。


「父上、ちょっとお話があるのですが」


 おっ、さすがは兄様だ。口火をきってくれたよ。


「うん、何かあったか? マッスールよ」


「はい、父上。ウィズについてのお願いなのですが……」


 おお、長兄だけあって兄様は勇気がある。いきなり本題をぶっ込むとは。


「うん? ウィズがどうかしたか?」


 父上はそう言って姉様の方を見る。そこですかさず僕が援護射撃をだす事にした。


「はい、父上。姉様にも剣術のお稽古を受けさせてあげてください」


「ほう? スージェが言ってる事がウィズについての話だという事か、マッスール?」


「はい、父上。ウィズも五才になりました。私と一緒に剣術の稽古をしてもよいと思うのです」


 兄様の言葉に父上は考え込む。そして考えに考えた末に言葉を発した。


「マッスールよ、お前の為と思ってウィズには剣術の稽古を受けさせなかったのだが……」


「はい、父上のご配慮には気がついてました」


「そうか、気づいていたか…… ならばその覚悟はあるというのだな、マッスールよ」


「はい、父上。例えウィズが僕よりも上手に剣を扱えるようになっても、ウィズを僕は違う方法で守りますし、妬んだりもしません」


 あ、そうか…… 名前に負けない脳筋の姉様が剣術を稽古したなら、剣術が苦手な兄様を追い抜く可能性が高いんだ。それによって兄様がやる気を失くしてしまうかもと父上は考えていたんだね。


「そうか、マッスールがそこまでしっかりと考えているのならば良いだろう。ウィズよ、明日からマッスールと一緒に剣術の稽古を受けなさい。私から講師には伝えておくから」


「ホントに!? 有難う! 父様! 兄様もスージェも有難う!!」


 その時、それまで黙って話を聞いていた母上が喋りだした。


「でもウィズちゃん、怪我したらダメよ〜。特にお顔はダメだからね。もしも怪我なんかしたら直ぐにお稽古は中止にするからね。ねっ、貴方」


 母上の言葉に父上はビクつきながら同意した。


「そ、そうだな、それは勿論だ。分かったな、ウィズ」


「はい! 父様、母様!」


 姉様はとても嬉しそうにそう返事をした。そして、夕食を終えた僕たちはそれぞれの部屋に戻る。僕は自分の部屋に戻る前に兄様の部屋を訪ねた。


「兄様、スージェです。入っても良いですか?」


「スージェ、うん良いよ。入って」


 僕は兄様の返事を聞いて中に入った。兄様は机で魔法の勉強をしていたようだ。


「どうしたの、スージェ?」


「兄様、今から僕のいう運動を毎日、朝と寝る前にやってみませんか?」


 そう、僕は兄様にストレッチと自重運動を勧めにきたのだ。兄様は運動系は苦手だと言ってもあの父上の子供だ。ポテンシャルは十分にあると僕は思ってるんだ。地道な努力もされる兄様だから、続ければきっと何かしらの良い結果が出ると思うんだ。


「スージェ、それはひょっとしてウィズが言ってた遊びかな?」


「はい、兄様。遊びと思って気楽にやっていただけたらと思います。でも、何らかの良い結果が将来の兄様に出てくる筈です」


 僕の返事を聞いた兄様ははあ〜とため息を吐いて、僕に言った。


「スージェ、僕たちは貴族だから年齢の割に言葉遣いは丁寧ではある。でも、スージェは本当に三才かい? 下手したら僕よりも凄い言葉遣いだよね? 三才になるまでは普通の子供だと思ってたけど、三才になった途端に物凄く賢そうな物言いになったから、ウィズ以外はみんな少し困惑してるんだよ」


 いえ、兄様こそ本当に七才ですか? 僕的には兄様の言葉遣いの方が驚きなのですが? まあ、そんな事は言えないので、適当にお茶を濁す僕。そして、兄様にお風呂に入る前にストレッチと軽い筋トレをするように言って、お風呂から出た後にする柔軟体操を教えたんだ。必ず役に立つからってね。


「分かったよ、スージェ。必ずやるようにするよ、有難う」


 兄様からそうお礼を言われて照れながら僕は兄様の部屋を後にしたんだ。本当に兄様は凄い。机の上に置かれていた紙をチラッと見たら、無詠唱での魔法は可能かって書かれていたんだ。この創世世界【チラリズム】では魔法には全て詠唱が必要だとされている。そう、僕の使える生活魔法にも、それぞれの効果を表す語句は必要なんだよ。だから、浄化、清潔なんて僕は唱えているんだ。

 それらも本当なら、


【この身についた悪しき汚れを打払い給え、浄化!】


 みたいな詠唱が他の人には必要らしいんだけどね。で、僕の時短詠唱を知った兄様はひょっとして魔法の詠唱は必要ないんじゃないかと考えたみたいだ。今はその検証と研究を習い事の合間にしてるみたいだよ。

 ウィズ姉様に少しだけでもその頭の良さを母上のお腹の中に残してさし上げて欲しかった……


 まあ、ウィズ姉様も沢山の良いところがあるから…… ほんのちょっと脳筋なだけだよ。僕はまだ喋れない妹を含めて、兄弟にも恵まれたよ。父上、母上もとても優しいしね。使用人として働いてくれてる皆も僕たちにとっては家族だよ。

 僕や姉様がイタズラしてたらちゃんと叱ってくれるからね。

 僕はとても心地良い家に産まれたんだ。


 翌朝、姉様が木剣を片手に兄様と一緒に廊下を歩いているのを見かけた僕は、父上に直談判しにいったんだ。そう、僕の剣術の稽古についてだよ。


 父上は本日は出掛ける事なく、執務室で書類と格闘されてる。だから、僕は迷うことなく父上の執務室の扉をノックしたんだ。


「ん? 誰かな? 入りなさい」


 父上からの返事を聞いてから僕は扉を開けた。


「父上、昨晩は申しませんでしたが僕の剣術のお稽古についてお願いがあります」


「おお、スージェじゃないか。どうしたんだ、いきなり。剣術の稽古は五歳からと決まっているからそれまではダメだぞ」


 はい、それは分かってますよ父上。そうじゃなくてですね。


「はい、それは理解してます。そうではなくて、僕には剣術の講師が必要ないという事をお伝えしておきたくて」


「何っ!? 何を言ってるんだスージェ!?」


 僕は前世で自己流だけど木刀を使って武術をやっていたんだ。前世では完成させられなかったけど、今世ではその武術を完成させたいと思ってるから、講師の先生の相手をしてる暇が無いんだ。

 だから僕は伝家の宝刀を抜く事にしたんだ。


「実は夢の中に武神様が顕現けんげんなされて僕にこう仰られたんです。『スージェよ! 今から伝える我が技を磨いていくように!!』と…… そこで武神様に教えて頂いた技を磨く為には講師の方の教えが逆に邪魔になってしまうのです。ですので父上、僕に講師は要りません!!」


 僕の伝家の宝刀口からでまかせを聞いた父上は暫く考えてから、


「うーむ…… 取り敢えずは保留にしておこうか。スージェよ、五歳になるまでにその武神様から教わった技を出来るだけ磨いてみろ。そして五歳になった時に私がその技を受けてみよう。剣術の講師が必要かどうかはそれから判断することにする」


 そう言われたんだ。あれ? 父上の敬愛なされる武神様を出したのにすんなりオーケーを貰えなかったよ。可怪しいな……


 でも今の僕は父上のその言葉に頷くしかなかったんだ。説得失敗…… いや五歳になった時に再度の説得の機会を貰ったんだ。よーし、それじゃあ五歳になるまで武術の秘密特訓を頑張るぞ!!






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