私の倪腿に觊れる手のひらの物語

成井露䞞

👩💪👧

「倪腿の肉っお萜ちないかなぁ〜。ホント自転車通孊、脚倪くなるからやだぁ〜」

「そう そんなこずないず思うよ」


 スカヌトの䞭に手を差し蟌んで、自分の䞍栌奜な倪腿に觊れる。

 矎矜みわは小さく銖を傟げた。


「いいなぁ、矎矜はスタむルが良くお。私も矎矜みたいなモデル䜓型に生たれたかったぁ。こんなおデブちゃんじゃ絶察に圌氏なんおできないよぉ」

「ははは。――友理奈は可愛いから圌氏なんおすぐにできるよ」

「慰めはいいよぉ。もう、矎矜はいいよね。党然倪らないんでしょ 別に食事制限ずかしおないんだよね」

「うん、――私、党然倪らない䜓質だから  」

「いいなぁ。神様は䞍公平だ。私も矎矜みたいな䜓が良かった」

「そう やせっぜっちでも良いこずないよ 病匱なだけだし、䜓育は芋孊ばっかりだし」

「でも、私は、矎矜のスタむルずか、奜きだよ 神様がいれば私ず矎矜の身䜓を取り替えお欲しいっおお願いしちゃうくらいに」


 孊校の机に腰掛けながら、そんな勝手なこずを蚀う私に、矎矜は目を现めた。少し困ったように。


「そう 私、友梚奈ゆりなの健康的な身䜓、奜きだよ 肉付きが良くお」

「矎矜、『肉付きが良い』っおほずんど『ぜっちゃり』の婉曲衚珟だよ ひどい 矎矜ったら、あたしのこずおデブちゃんだず思っおいたんだ」


 冗談めかしお非難する口ぶり。唇を尖らせおみせる。


「そんなこずないよ。やっぱり健康的なのが䞀番だず思う。だっお筋肉は身䜓を支えお必芁な運動をさせおくれおるためにあるんだよ。脂肪ぱネルギヌを貯めるためにあるんだよ。そういうのっお、機胜矎。――それっお、綺麗、だよ」


 矎矜はそう蚀うず、制服のスカヌトから芗いおいた私の倪腿にそっず觊れた。

 圌女の冷たい手が、私の巊腿に觊れる。

 その感觊がどこか心地よくお、私はその䞊に巊手のひらを重ねた。

 圌女が顔をあげる。その頬が赀らんでいた。

 矎矜の睫毛は長くお、瞳は綺麗で、その名前に恥じない倩䜿みたいな子。

 今にも消えおしたいそうな现い身䜓は、儚げで、そのたた倩囜ぞ行っおしたいそうで䞍安になる。

 矎しい矜の、倩䜿。――それが矎矜だ。


「じゃあ、もし神様がいお、私ず矎矜の身䜓を入れ替えおくれるっお蚀ったら、矎矜は――取り替えおもらう」

「――うん、いいよ。――私は、友梚奈になりたいな」


 その蚀葉はたるで私の䞭に仕掛けられた時限爆匟だった。

 い぀か爆発しお、取り返しの぀かない乱気流を生む。


「こんな身䜓のどこがいいんだろ あ、そっか。矎矜は、筋肉フェチなんだ、筋肉フェチ」

「――うん、ちょっず違うけれど、――ちょっずはそうなのかもしれないな。この倪腿の感觊ずかむむなぁっお思うし、友梚奈の健康的な身䜓は奜きだなっお思うし」


 そう蚀っお、私の右倪腿にも、矎矜は手のひらを眮いた。䞡手を円状に動かしお、私の䞡脚を愛おしそうに撫でた。

 それが気持ち良くお、なんだか倉な気分になっおくる。


「――倪腿だけじゃないんだよ 腹筋ずか、脇腹ずかも、筋肉が぀いお。おたけに莅肉たで぀いちゃうし、たじで私、矎矜ず䞀緒に歩けないよ。恥ずかしくお」

「ごめんね。私が――现すぎるから。――気を䜿わせちゃうんだ」

「ううん、矎矜は党然悪くないからね。私がふっくらしおいるのが駄目なだけ。アアアアヌッ 自分でふっくらっお、蚀っちゃったヌ」


 倧げさに頭を抱える私に、矎矜は声を出さずに小さく笑うず、぀ぶらな瞳で私のこずを芋䞊げた。その目が少しだけ最んでいるみたいに芋えた。


「ねえ、――その、お腹ずか脇も觊っおみおいい」

「――うん、  良いけど」


 誰もいない教宀。癜いブラりスのテヌルを匕き䞊げる。矎矜は、その手のひらを恐る恐る私のお臍の䞡脇に添わせた。


「――柔らかいね。――肌も぀や぀やしおいる」

「ぷよぷよしおいるでしょ」

「そんなこずないよ。――友梚奈は綺麗だよ。――玠敵な身䜓」


 身䜓に觊れながら、私を芋䞊げる圌女の唇がぷっくりず赀く膚らむ。

 

「ありがずう。――じゃあ、神様を芋぀けなくっちゃね。――神様が芋぀かったら、お願いしようね。――二人の身䜓を亀換しおっお」

「――そうだね。――神様、いるずいいね」


 そう蚀うず矎矜はその顎をそっず持ち䞊げた。

 そしお突然、私の唇にキスをした。

 䞀瞬、䜕が起きたのかわからなかった。

 しばらくしお矎矜が我に返っお、私から芖線を逞らした。思いっきり暪に。私は凍り぀いたたただ。


「――ごめん。なんだか、――぀い」

「あ、わたしこそ、ごめん。――反応できなかった。マゞで」


 私のファヌストキスの盞手は、矎矜になった。

 深窓の什嬢みたいに綺麗で守っおあげたくなる女の子。


「き  気持ち悪いよね 女の私にキスなんおされお  、軜蔑するよね」

「う  ううん、そんなこずないよ。ちょっずびっくりしたけど。矎矜ずなら、嫌じゃないよ。それに、き――気持ちよかったし」

「――本圓」

「う  うん」


 なんだか自分がずんでもなく猥耻なこずを蚀っおいるきがする。ちょっず䞍安になった。だけどたぁ、誰かに聞かれおいるわけじゃないし。いいこずにしよう。

 矎矜は私の背䞭に䞡手を回しお抱き぀いおきた。きっず肯定されお安心したから。

 

「――どうしたの 矎矜」


 圌女は私の胞にその顔を埋めるず、絞り出すように蚀葉を玡いだ。


「あのね、友梚奈。――私たち、恋人同士になれないかな ――私を、友梚奈の圌女にしおよ  」


 その蚀葉には、私の知らない圌女の悩みがたくさん蟌められおいる。――そう感じた。

 だから私はぎゅっず矎矜を抱きしめ返す。


「いいよ。――私が、矎矜の圌氏になっおあげる」


 背䞭に觊れる圌女の䞡腕が、䜙りに现くお――なんだか䞍安を芚えた。



 



 高校䞀幎生の春。そのキスを切っ掛けにしお、私たちはに付き合い出した。矎矜ずは元々、䞭孊生の頃から友達だったし、たさか恋人になるずは思っおいなかったけれど。

 矎矜はい぀も綺麗で、私にずっおは高嶺の花みたいな存圚だった。


 でも恋人同士ず蚀っおも女の子同士。だから呚りには秘密にした。ただ同性カップルぞの偏芋は根匷いのだ。友達ずの間で恋愛トヌクでは、「圌氏いる」「奜きな人はいる」みたいな質問をうたくかわすのに苊劎した。

 たぁ、䞀応、二人で口裏を合わせお「え、居ないよ」ずか蚀うのだけれど、そう口にする床にどこか胞が痛んだ。



 



 い぀か䜕気なく話しおいた「倪腿の肉」の話。

 矎矜に告げた私の蚀葉はずおも無神経だった。

 それにようやく気づいたのは、高校䞀幎生の秋が深たる玅葉の季節だった。

 矎矜が䞀週間ほど孊校を䌑んだ。

 病気が悪化したのだずいう。


 ――病気


 私は知らなかった。

 悪化するような病気を圌女が持っおいたこず。

 恋人なのに、知らなかった。

 そのこずがなんだか申し蚳なかったし、蟛かった。

 矎矜が教えおくれなかったこずが寂しかったし、切なかった。

 

 でもそれは私が鈍感な人間だったからなのだ。

 圌女がそうである兆候はずっずあったし、矎矜はその姿をもっお蚎え続けおくれおいたのだ。はっきりずは口には出さなくおも。


 矎矜は筋肉の付かない病気だった。



 



 匷く抱きしめたら折れおしたいそうな身䜓。

 それを「モデル䜓型」だなんお蚀っお矚たしがった昔の自分に土䞋座させたい。

 お芋舞いに蚀った病院で、そんなこずを口にしたら、矎矜は「倧袈裟〜。銬鹿だなぁ、友梚奈は」っお倉わらない笑顔を浮かべた。


「なんで だっお、そうじゃん 私、すごく無神経なこず蚀っおいた気がするよ 矎矜の身䜓のこず矚たしいずか蚀っお」

「友梚奈は悪くないよ。病気のこず、蚀っおいなかったのは私だし。――それに、友梚奈が、私の身䜓を耒めおくれるのは、私が自分の身䜓にコンプレックスを持っおいるこずを知っお、気を䜿っおくれおいたでしょ それも、わかっおいたから」

「――矎矜ぁ。――やっぱり、矎矜は良い子だぁ」

「ははは。うん、よしよし」


 ベッドの䞊で半身を起こす矎矜に、抱き぀くず圌女は私の埌頭郚を撫でた。


 敎った顔立ちも手䌝っお、ずおもスタむルが良い矎矜は、儚げな矎少女ずしお男子の人気も高かった。 

 でも代わりに虚匱で、䜓育の授業なんおほずんど芋孊しおいた。

 私はそんな圌女を「そういう匱い子なんだ」ず思っおいただけだったし、それはただの個性の䞀皮だずいうくらいにしか思っおいなかった。


 だけどそれは「病気」だった。

 必芁な筋肉や脂肪が぀かない病気。

 だから日垞生掻にさえ支障をきたす。

 堎合によっおは死の危険さえある病なのだ。


 矎矜が男の子の圌氏じゃなくお、私を遞んだのも、男の子ずのお付き合いには色んな意味で身䜓が぀いおいけないう思いもあっおのこずなのかもしれない。

 それずなく尋ねおみたら、矎矜はちょっず困ったみたいに笑っお誀魔化した。



 


 

 高校䞀幎生の䞉孊期なるず、矎矜は孊校を䌑みがちになった。

 そしお高校二幎生の春には。入院ず退院を繰り返す日々が始たった。

 私は病院で過ごす圌女のこずを、しばしばお芋舞いに行った。


 



 矎矜はだから人の痛みが分かる女の子だった。

 虚匱な身䜓を抱えながらも、同じ苊しみを抱える人々のこずを思っおいた。 

 もずもず矎矜は頭も良くお、努力家だったし、孊幎で䞊䜍の成瞟だった。入院生掻が始たっおから、その孊習意欲はむしろ高たっおいるようにすら芋えた。

 私がお芋舞いに行くず、い぀も教科曞だずか問題集を開いお、病床で矎矜は勉匷を続けおいた。


「――偉いね、矎矜は。――䜓調は倧䞈倫なの」

「うん、倧䞈倫。危なかったら、やめるから。――だっお孊校行けおいないし、勉匷しないず遅れちゃうでしょ ――倧孊にはちゃんず行く぀もりだし、――勉匷はしなくちゃね」


 そう蚀っお、倉わらない笑顔を矎矜は浮かべた。圌女のそんな姿勢に私は尊敬めいた想いを抱く。それず共に、どこか痛々しくも感じた。

 自らの心ず身䜓に鞭を打っお、頑匵っおいるのが良くわかった。痛みを知るからこそ、痛みに匷くあろうずする。同じ痛みを知る人の、圹に立ずうず思うのだ。

 矎矜の第䞀志望は医孊郚だった。


「自分の病気を盎す方法を研究したいの。それで私ず同じ病気を抱える人たちを救えたら良いなっお思うの」


 お金も儲かるお医者さんにになるのではなく、研究者になりたいのだず蚀う。圌女の病気は、ただその機序も明らかになっおいない難病。その謎――機序を解き明かし、倚くの人を救いたいず圌女は蚀う。


「お医者さんや看護垫さんじゃないんだ 凄いね」

「――だっお、きっずお医者さんや看護垫さんの仕事には、きっず身䜓が぀いおいかないから  」


 そう圌女が困ったように埮笑むから、私はたた「やっおしたった」ず思った。本圓に私は無神経だ。

 


 神様に䞎えられた、自分を支えるこずさえ出来ない匱すぎる身䜓。看護垫は䜓力勝負の肉䜓劎働なんだずか聞いたこずがある。自らの身䜓に課せられた制玄の䞭で、なんずか矎矜は自分ず同じ匱者のために、生きようずしおいるのだ。


 病床で起き䞊がるそのほっそりずした䞊半身を、私はそっず抱きしめた。そんな圌女が愛おしくお。そんな圌女を支えおあげたくお。



 



 闘病生掻が続いた高校二幎生の䞀幎間。

 その䞀幎が終わりそうな、二月。

 思いがけないニュヌスが届けられた。


 人工筋肉ず䞇胜现胞の統合システムによる新しい医療技術――IPS-AMI補完法。その臚床詊隓実斜が認可された。


 IPS-AMI補完法。それは簡単に蚀うず機械仕掛けの人工筋肉ず、本人から抜出された䞇胜现胞を混圚させた噚官を䜜り、人間の筋力を人工的に増匷する技術だ。

 埓来、そのような混成系は生物の持぀免疫システムにより埐々に異物ずしお身䜓倖郚ぞず取り陀かれおしたっおいた。それが問題だった。しかしこれを䞊手く段階的に隙す技術が、シンギュラリティを超えた科孊発芋によっお発明されたのだ。


 IPS-AMI補完法により人工筋肉は患者の身䜓にずっおは通垞の筋肉ず同様の存圚ずしお融合し、さらにそれを機械的に、理想的な圢ぞず増匷するこずも可胜にさえなる。

 だからただ日垞掻動に支障の無い筋肉を埗るだけではなくお、必芁に応じおより匷化された筋肉、矎しい筋肉を埗るこずも可胜だった。


 それは病気の機序を解明しおそれを治すずいう生物研究に基づく珟代医孊のアプロヌチずは党く異なるアプロヌチだった。でもそれは矎矜の病気が行き起こす症状を解決しうる医療技術だった。


 IPS-AMI補完法。

 それは間違いなく光明だった。

 病床にある矎矜にずっお。



 



「――私、手術、受けおみようかず思うの。IPS-AMI補完法」


 高校䞉幎生の春が過ぎた頃、矎矜は決断した。

 圌女の病状は悪化しお、新孊期からもう䞀床も孊校ぞは行けおいなかった。


「――うん。――止めないよ。――止められないよ」


 病宀のベッドで私は圌女の手に指を絡めた。

 臚床詊隓解犁のニュヌスを聞かされおから、私も自分で色々な情報源にあたっおその技術の内容を理解しようずした。科孊的なこずずか技術的なこずは難しくお现かくはわからなかった。

 だけどわかったこずもある。それはが考え出した革新的な技術であり、臚床詊隓のリスクは思いの倖小さいみたいだった。

 でも人間の身䜓はきっず単玔じゃない。だからやっぱり心配だった。


「神様が来おくれお、友梚奈の身䜓ず亀換しおくれるのを埅っおいたけれど。――埅ちくたびれちゃった」

「あはは。そうだね。私も埅ちくたびれちゃった。神様を埅぀のをやめお、人間の技術に頌ろうっおこずだね、矎矜は」

「うん。そういうこずかな。なんだか旧玄聖曞ずか西掋の物語でいうず、そういうのっお倧䜓バッド゚ンドになりそうだけど」

「もう、そういう䞍吉なこずは蚀わない。――倧䞈倫だよ。きっず。――矎矜は元気になれる。珟代の医療を信じなよ。シンギュラリティを超えたを信じなよ」

「だね。私は信じる。友梚奈の蚀葉も」


 綺麗な圌女の瞳には、心配そうな光が揺れる。

 ベッドの脇に腰を䞋ろした私は、それを芗き蟌む。圌女の唇がそっず突き出されお、私はそれにキスをした。


「手術はい぀」

「倏䌑み。䞞々かかっちゃうっお。リハビリ含めお最䜎ヶ月だっお」

「そっか。日本で初めおの手術だもんね」

「――埅っおいおくれる ――友梚奈」

「もちろん」


 私たちは䞡手を重ね合わせる。

 決しお倉わらない未来を玄束するみたいに。



 



 倏䌑み。手術は実斜された。 

 マスコミ察策もあり面䌚謝絶が続く。

 高校最埌の倏䌑みは矎矜に䌚えない倏䌑みだった。

 でも高校䞉幎生だし受隓勉匷も本栌化しおいた。だから遊び盞手がいなくおも、私は忙しくなれた。予備校の自習宀に通い詰めお勉匷で寂しさを玛らわせた。

 

 実はその間に、䜕人かの男の子に告癜されたりしたのだけれど、党郚お断りした。圌氏でも䜜ったら楜しい倏䌑みだったのかもしれないけれど。女の子同士であっおも、私は矎矜ず付き合っおいるんだから。


 八月も䞭旬になるず、面䌚謝絶も終わっお、私は勉匷の合間に病院を蚪れた。リハビリの運動に取り組む圌女をガラス越しに眺めた。

 日本初の臚床詊隓を受けた圌女の呚りにはい぀もたくさんの倧人がいお、私が圌女ず二人っきりになるこずはほずんどできなかった。



 



 二孊期になっお二週間皋が過ぎた頃、矎矜は退院した。それから数日だけを開けお、圌女は孊校に登校しはじめた。

 

 日本初の最新医療技術の被隓者ずしお、圌女は実名入りでニュヌスに取り䞊げられた。䞀躍孊校の䞭で有名人になった。

 実名でのメディア露出。それは特別に日本で初めおの手術を受ける際に、ほが匷制的に求められた亀換条件だった。䞖間ぞず姿を晒しお、この医療の瀟䌚的な認知向䞊に貢献するこず。


 圌女の座垭をこれたで仲良くもなかった同玚生たちが取り囲み、圌女に病気のこずや手術のこずを尋ねる。

 矎矜ははじめ戞惑っおいたが、埐々に慣れおきお、䞀぀䞀぀の質問に笑顔で答えるようになった。そこから生たれた人間関係は広がっお、圌女は埐々に孊幎の有名人みたいになっおいった。スクヌルカヌストの䞊の方。孊校で私が矎矜ず話せる時間は、ちょっずず぀枛っおいった。


「――倧䞈倫 ――しんどかったりしない」

「え ううん。党然倧䞈倫だよ。ねぇ、友梚奈。話しおみるずみんな面癜いね どうしおこれたで距離を取っおいたのかわからないくらい」

「身䜓は、しんどくない」

「うん、党然倧䞈倫だよ。ありがずう。手術前の私ずはもう違うんだから、友梚奈もそんなに心配しおくれなくお倧䞈倫だよ」


 そう蚀っお圌女は、右腕を曲げお力こぶを䜜っお芋せた。はっきりずした笑顔を浮かべた。どこか自信に満ちた笑顔だった。

 健康になった圌女。そのこず自䜓は嬉しい。だけど、圌女自身ず、圌女にずっおの自分が、どんどん倉わっおいくこずが、なんずなく怖かった。



 



 倧きな転機はテレビで攟送されたドキュメンタリヌ番組だった。IPS-AMI補完法の初めおの適甚者ずしお、圌女に密着した䞉ヶ月間がノンフィクションのドキュメンタリヌ番組ずしお攟送されたのだ。


 物語の䞻人公になった圌女は、䞀躍、時の人ずなった。圌女本来の容姿の矎しさもあっお、矎矜は孊校ずいう枠を出お日本のヒロむンになった。

 テレビ局のスタゞオに出お、芞胜人ず蚀葉を亀わす圌女は、液晶画面越しに芋おも綺麗だった。溌剌ず話す圌女に、もう昔の虚匱な矎矜の面圱はなかった。虚匱だけど现くお綺麗だった圌女は、今や、健康的でスタむルの良い芞胜人みたいな女の子になった。



 



 倧孊䞀幎生になった。

 倏のある日、私は矎矜に呌び出されお品川のカフェぞず足を運んだ。テラス垭には蝉の声が染み蟌んできおいた。

 私は倧孊進孊のために埌玉県ぞず移り䜏んでいた。勉匷の甲斐あっお第䞀垌望の倧孊に合栌できた。

 矎矜は倧孊に進孊できおいない。手術の埌、忙しくなっお、勉匷も十分に出来なかった圌女は、病気を理由に倧孊受隓を䞀幎芋送った。それでもテレビや雑誌ずか色々な仕事があるから、拠点を東京ぞず移しおいた。

 でも圌女が倧孊受隓を出来なかったのは、病気のせいじゃない。入院䞭、圌女はい぀もちゃんず勉匷しおいた。むしろ勉匷できなくなったのは、退院埌だった。


 矎矜がアむスティヌで満たされたグラスを揺らす。ストロヌで玅茶をかき混ぜるず、氷が音を立おた。

 頬に萜ちる綺麗な長い髪。高校を卒業しおからたた圌女は綺麗になった。テレビに出お垢抜けた。その身䜓はたすたす匕き締たり健康的に芋えた。


「――ねぇ、友梚奈、歌い手グルヌプのビトゥむンっお知っおいる」

「あ、うん、知っおいるよ。最近人気だよね むケメンだし、歌も䞊手いし、実力掟っお感じ。――それがどうかしたの」

「うん。その䞭にアキラっお男の子がいるんだけどね」

「えヌっず。あぁ、ちょっず痩せマッチョで有名な矎男でしょ」

「そう。そのアキラずね、――私、付き合うこずになったんだ」


 圌女はそう蚀っお照れくさそうに笑った。

 私は驚いお、その瞳を芋぀め返す。

 圌女の真意を探るように。

 黒い県球が、あの日の矎矜ず同じ人物のものであるかを確かめるように。

 あの日揺れおいたその茝きの䞭にただ私がいるのか探すように。


「――それっお、――私ず別れたいっおこず」

「え、なんで どういうこず」

「だっお、私たち、付き合っおいるでしょ 高校生の時から、――手術の前からずっず」


 矎矜は綺麗にリップが塗られた唇からストロヌを倖すず、驚いたように目を芋開いた。それからちょっず困ったみたいに唇の端を䞋げた。


「――だっお私たち女の子同士じゃん 確かに私がただ匱かった時は、友梚奈に寄りかかっおいたこずもあったかもしれないけれど、それっおもう昔のこずだし。――あ、ごめん。――もしかしお、友梚奈が圌氏を䜜らないのっお私のせいだった」

「――そういうわけじゃないけれど」


 そういうわけだった。私は独り盞撲をしおいただけなのだろうか

 ただ私が匱かった頃の圌女ずいう存圚に固執しおいただけだったのだろうか

 この関係は、私の勝手な片想いだったのだろうか


「――おめでずう。矎矜」

「うん。ありがずう」


 そう蚀っお圌女は口角を䞊げお笑った。営業スマむルみたいに。


「それからね。今床は挫画雑誌の衚玙も食るこずになったの。氎着だっお。めっちゃうれしい。――ちょっず恥ずかしいけどね」


 圌女はもう自分の身䜓にコンプレックスを持っおいない。それどころか人工的に匷化されたそのプロポヌションに自信さえ持っおいる。


「――ねえ、矎矜。受隓はどうするの 倧孊は 勉匷はしおいる」

「ん うヌん、ちょっず優先順䜍は䞋がっおいるかなぁ。今はお仕事が楜しいし、――あそうだ。今床ね、ドラマにも出おみないかっお。女優デビュヌ。すごくない」

「でも、医孊郚に入っお研究者になる倢は」


 私がそう尋ねるず、矎矜はちょっず意倖そうに眉を動かした。それから答えた。たるで子䟛をあやすみたいに。


「もうそんなこず考えおないよ だっお私の病気は治っちゃったし。同じ病気の人だっお、IPS-AMI補完法があればきっず倧䞈倫よ。私はこれからはもっず自由に生きるの」

「――でも、――病気は他にもいろいろあるんだし。そういう病気を抱えおいる人のために研究したいずかは、  思わないの」

「うヌん。正盎、もうそんな話、倢物語でしかないんじゃないかな」

「――倢物語」

「そう。だっおIPS-AMI補完法だっお発明したのはなんだよ もう人間じゃに勝おないんだよ 科孊発芋や技術開発はに任せおおくのがいいんだよ。――それにきっず、そういう研究っお、もう専業で食べおいける人はどんどん枛っおいくんじゃないかな 趣味で続けるならいいけれど」


 そう蚀う矎矜は、垢抜けおいお、どこかで倧人びおいた。蚀葉はずおも瀟䌚を知った颚だった。

 確かに圌女は、綺麗になった。ずおもテレビ映えするような颚に。その綺麗さは、でも私にずっおはどこにでもある綺麗さで、手術前に圌女が持っおいた綺麗さでない。


「がシンギュラリティを超えお、これからどんどん仕事ずか生き方は倉わっおいくのよ もっず友理奈も珟実を芋た方がいいよ。友梚奈も倧孊生にはなっおいるけれど、それで人生が安泰になった蚳じゃないんだからね。――やっぱりこれからは匷みを持っお、自分の垂堎䟡倀を芋぀けられないず生きおいけない時代なんだず思うな」

「――うん、そうだね」


 それから私たちはカフェで䞀時間ほど話し蟌んだ。矎矜の仕事の話ずか、圌氏の惚気話ずか。

 病気を克服し、筋肉を手に入れた圌女は生き生きずしおいた。どこか珟金なくらいに。


 圌女は今や自分の身䜓に絶察の自信を持っおいる。人より優れた筋肉ず身䜓を手に入れた圌女の蚀葉の端々には、人を芋䞋したみたいな雰囲気が滲む。

 私が抱きしめおいた病宀の圌女には無かった䜕かが、今の圌女からは挏れ出おいる。


「――あ、もうこんな時間。私、行かなきゃ。打ち合わせがあるんだ。――ごめんこれで足りるず思うから払っおおいおくれるかな、友理奈 じゃあね。たた連絡するね」


 机の䞊にキャッシュポむントのカヌドを二枚眮くず、圌女は立ち䞊がった。トヌトバッグを肩に掛けお。

 ガラスの扉を出た圌女は颯爜ず店の前のアスファルトを走っおいった。躍動するその矎しい身䜓を、私はがうっず眺めおいた。


 矎矜の身䜓は綺麗だ。

 现くお今にも倩囜ぞ行っおしたいそうだった倩䜿みたいな身䜓。そんな圌女はもういない。

 街を駆け抜けお、テレビや写真に珟れる圌女は、誰が芋たっお矎しい身䜓をしおいる。ただ物質的に、肉䜓的に矎しい身䜓を。

 

 それは神様から䞎えられたものじゃない。

 それは人間が䞎えたもの。

 シンギュラリティを超えたが䞎えたもの。

 それは矎しい。だけどもう抱きしめたいずは思わない。

 私はもう、矎矜ず身䜓を亀換したいなんお思わない。


 䞀人残されたカフェのテラス垭。

 私は䌝祚を手に取っお立ち䞊がった。


 ふず自分の脚に芖線を萜ずす。

 スカヌトのテヌルに手を差し入れお、自分の䞍栌奜な倪腿に觊れた。


 私の倪腿はただ、倪いたただ。

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私の倪腿に觊れる手のひらの物語 成井露䞞 @tsuyumaru_n

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