第19話〜旦那様?
今ここに居るのは助手とチビッ子二体と中性的な青年の四体である。絶妙に気まずいような空気が流れて、息が苦しくなってくる。ベーカリーのように死後も首を締められているレベルではないが。
助手はシャンティが座っていた所に座った。ほのかに暖かいような気がする。
喋りかけるのには勇気がいるだろうが、桜子は気にせず話しかけた。
「皆さんのベーカリーさんの印象を教えてください。また他の人の印象も出来れば教えてくれると嬉しいです」
「ベーカリーさんは怒ったら怖いですけど優しくて教えるのがお上手な人ですぅ…死ぬなんて思いもしませんでした」
「そうですか」
彼との思い出に浸っているのだろうか、少しおとぼけているようだった。そして、その印象は至って普通で、桜子も彼女と同じ印象である。
「貴方、本当にクッキーかしら?砂糖の代わりに塩つまってるのね」
「平常通りです。それで、メアリーさんは被害者をどう思っているのですか」
「普通に嫌いよ。アイツは性悪で最低の人間で、メアリーが内職で稼いだお金も取っていくのよ?」
彼は人によって印象が違いすぎる。ここまで異なると本当に同一人物なのだろうか。
「その最低には同意するけど、ベーカリーさんにもいい所はあるはずだよ」
「チェリーさんとメアリーさんの印象が大分違うのですが、それはなぜなのでしょうか」
「あの人は
彼がフォローしたと思ったら違ったみたいだ。段々とベーカリーの人物像が、二面性のある人へと塗り替えられていく。そしてフェイと話していたら、メアリーが途中から参戦してきた。
「聞いてよ!夫人とかシャンティとかの話!この際だから話してあげるわ」
「それはどういう話でしょうか」
彼女は興奮しているみたいだった。
「シャンティはベーカリーに彼氏を売られて、手足だって溶かされた事もあるし、それにあのクソ野郎に内職で貰ったお金を取られているのよ?本当に可哀想だわ」
「夫人だって、前に息子様の仕送りを使い果たして家計を火の車にしてるんだから。
だからメアリー達のご飯が安い砂糖で済まされてるのよ。それでベーカリーと喧嘩していたわよ、あの女」
怒涛の勢いだ。ずっと愚痴をこぼしていて、それは滝のように止まらなかった。相当鬱憤が溜まっているようだった。
意外な人物がその滝にダムを作った。
「め、メアリー様もお兄様を売られて、形見のペンダントを取られてしまったとお聞きしました」
「はぁ?お兄ちゃんが買ってくれたペンダントは夫人に取られたの。アンタはでしゃばるんじゃないわよ」
「す、すみましぇん…」
しかしそのダムは欠陥工事だったのか、すぐに崩壊した。気の弱いクッキーだ。
「でもチェリーにはベーカリーを殺害する動機はないんだよね。キミは可愛がられているから、旦那様が居た時のように」
「旦那様?」
「あー旦那様が恋しいわぁ…お優しくて。あのお方が居たからこの館に尽くしたのよ?それがあの屑と馬鹿になった夫人、いや夫人は元々馬鹿ね」
旦那様、というのは誰だろうか。事前に聞いていた情報にはそんな単語なかったはずだ。
「旦那様はチェリーにこの手袋やリボンをくださいました。本当に大好きなお方です」
「ボクも旦那様は好きだったよ。あの人が居たからこの館は平穏だったからね」
まるで今が平穏ではなかった口ぶりだ。確かに殺人事件が起こっているので、平穏からは程遠いか。
「平穏だった、とは?」
「夫人の浪費もベーカリーさんによる暴力も旦那様が居た時はなかったんだよ。だから、平穏だったんだ。もう五年も前の事かな」
ノスタルジックな雰囲気になっているので、もうこの取り調べは終わっていいだろう。これ以上、情報は出ないはずだ。
「なるほど。情報の提供に協力していただきありがとうございました」
「もう仕事に戻っていいかしら?」
頷くと、メアリーは席からたった。続けてチェリーが立ち、一礼してからすぐにどこかへ行ってしまった。
「じゃあ失礼するわ」
「はい、頑張ってください」
残ったのは助手と青年だけであった。彼は両肘を机に置いて、手の甲に顎をつけている。
この独特なオーラにはやはり慣れない。すぐにこの得た情報をまとめなければならない。なので、自分の部屋に戻ることにした。
「桜子ちゃん、お腹減ってないかな」
「遊戯室に行ってきます」
もう12時前である、腹の虫はもう限界だと訴えかけていた。遊戯室に行こうとすると隣にフェイがついてきた。
「一人で行くつもりなんだ。ボクと一緒の方が安全だよ」
「昨日は安全という文字とは程遠かったです」
「またまた」
「着いていきたいのであればそうしてください、桜子は先に行きますので」
また妖艶な笑みを浮かべている。どんな目的であれ、ついて回っている事に桜子は少し嫌気が差した。
こうも見張られているようでは気が張って、落ち着かないからだ。
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