第17話〜現場は密室じゃないですかぁ!
「次、口を開けたり手を動かしたものは問答無用で刺す」
威圧に負けて、この場の全員動けなくなってしまった。心地よい静けさだ。彼は満足して、話し始めた。
「それで、まだ証拠の照らし合わせだの色々とやりたいことはあるのだが。ひとまず言っておこう。ベーカリーの死因は自殺ではない」
「まず現場で何が見つかったのかしら?」
「現場には死体、遺書、土埃、縄等です」
「遺書があるんでしたら確実に自殺ではありませんの?それにベーカリーは最近、元気がなかったような気がしてきましたわ」
ベーカリーの部屋は荒らされた痕跡はなく、ただクローゼットが少し開いていただけだった。中にはシェフの服が掛けられており、何も掛けられていないハンガーが二つだけあった。
「絶対に自殺ではない、彼の下には荷台やら椅子が倒れていなかったのだからね」
「登って首を吊るだけならそのままの状態のはずですわ」
夫人はきょとんとしている。そういった知識を知る機会もないので、知らないのは当たり前である。
「首吊りをするなら椅子を蹴って吊るのです。それに靴を脱いでいなかったですし」
「お、お靴ですかぁ?じ、自殺に何か関係しますかぁ…?」
「あんなに物があるのに埃一つもない綺麗好きの人間が、椅子に立つ時にずっと履いていた靴のままで立つかね」
彼の靴の外側の底には土埃がついており、この靴で外に行っていたのだろう。
そして、奇妙なことに彼の格好が昨日のままである。コックコートと呼ばれる服で、帽子もつけたまま死んでいる。
探偵達は妙だと思いつつも、その事に対しての見解は言わなかった。ただの自殺ではない証明の証拠がもう十分にあるからである。
「彼の筆跡と似ているし内容も普遍性はあるが偽物だ。ここに、彼の部屋で見つけた業務日誌と比較してみよう」
信濃は立ち上がって、容疑者達の近くに業務日誌を置いた。その日誌はこの館の全員が見たことがあるものだ。
その隣に遺書が置かれた。そして「る」を指で指す。
「遺書の『 る』は丸の部分が潰れているが、この業務日誌の『 る』はそのまま丸いのだよ。同じ筆者なら同じような字を書くはずだろう?そのまま遺書ではこの潰れた『 る』が使用されている」
容疑者達はその遺書と業務日誌の近くに行き、その違いをまじまじと見た。急に近くに来たので信濃は元の席にすぐさま戻った。
「よって、犯人は自殺の偽装工作をしたと我々は考えています」
桜子の意見を聞かずに、遺書と業務日誌を取り合いしているので彼女は少しふくれっ面になっている。
「確かにベーカリーみてぇだけどベーカリーじゃねぇな」
「そう思ったらそう思えてきましたわ…」
「じゃあ死因は何だろうね、首吊り以外で」
時々、ベーカリーが貶されるのは何故だろうと桜子は思った。
彼の人当たりは良さそうだったが、クッキー達の評判を聞いているとそこまで良いとは言えない。
「容疑者達がどうやって殺したかだね」
「チェリー達が容疑者って言うんですかぁ!現場は密室じゃないですかぁ」
目を見開いた、最初に入った時に鍵は掛けられていなかった。そんな大切な情報を言わなかったチェリーを信濃は怪しく思った。
「それ、初耳だぞ。中々に重要な事じゃないか。誰から聞いたのか答えてくれたまえ」
「しゃ、シャンティ様からですぅ。夫人様にマスターキーを借りていた所を見たので」
「なぜそれを言ってくれなかったのかね?シャンティ君」
「すまねぇって。ドアノブ捻っても開かねぇし、確かに鍵かかってたぞ」
悪気はないらしい、彼女からはそういった悪意を感じない。
「マスターキーは誰でも持ち出せるのかね?」
「アレは金庫に保管されてるし、持ち出そうにも夫人しかパスワードを知らねぇよ」
「で、一度開けたあとの行動は?」
思い出すのに少し時間が掛かったが、正確に話してくれた。
「全員集めた。で、その後にアンタらが来て今に至るって訳だな」
夫人が髪の毛を自身の指に巻き付けている。その行為に意味はないだろう。
「いつも喧嘩ばっかりだし、鬱憤は一番溜まっているでしょ?シャンティは」
「はぁ?アタシよりチェリーだろがよ。ベーカリーのお気に入りだからサクッとな」
挑発すると、案の定乗ってきた。二人が険悪なムードになっていると何故か泣き虫に飛び火した。全員またうるさくなって、お前が犯人だと当てずっぽうに叫んでいる。
それを見てまた信濃が怒ると思っていた桜子はため息をついた。しかし、彼は笑っていたのだ。
「止めなくていいのですか」
「面白いからそのままにしようじゃないか」
続々と動機になるような事ばかり話しているので情報を得られている。それに彼は満足しているのだろう。
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