第14話〜ひぃ、人が死んでるんですぅ!

 朝の日差しは窓から来る。山の中にあるからだろうか、鳥が目覚まし代わりに鳴いていた。もう嵐は過ぎ去ったようだった。


 桜子は朝早くに目覚めて、支度を完璧にした後に、未だに寝ている彼を起こすことにした。こうやって黙って静止していると何故彼が女性に人気なのかよく分かる。


「起きてください、信濃さん」


 体を揺さぶるも、仰け反るだけで起きようともしない。彼の浴衣がはだけている。その下は何も着ていないので寒そうだ。


「まだ…アレだよ、アレ…」

「何を言っているんですか、早く起きてください」


 更に揺さぶると、やっと起きた。眠たそうな眼で体を起こしている。グッと体を伸ばしているが、イマイチ伸びきれていないようだ。


 彼は立って、背を桜子に向けた。


「もう君は早起きだねぇ…嗚呼ちょっと背中を押してはくれないか…?」

「分かりました」


 両腕を後ろへと回し、桜子はその両腕を思いっきり引っ張って背中を膝でグリグリと押した。背骨から良い音が聞こえる。自分からだと絶対に聞こえない音だ。


「いだだだ!!痛いって!ソファが寝床の人にやることじゃない。ベットの桜子君とは整体が違うんだぞ」


 抵抗は出来るはずなのに、そのまま体を仰け反っている。もう疲れてきたので手を離すと、彼ははだけた浴衣を直す事なく、腰をさすっている。


 ベットは桜子が、ソファには信濃が寝ていた。昨日の話し合いでそう決めたのは彼本人だというのに文句を言っている。


「元々クッキーと人間ですので違うのは当たり前です。やっぱり桜子がソファで良かったじゃないですか」


 彼は彼女の方へと振り向き、眠たそうな顔から真剣な顔つきになっている。顎に手をあてて、いかにも大事そうな口ぶりで話した。


「いや一緒に寝たら私の寝相の悪さで桜子君を潰してしまう恐れがあったし、かといって桜子君をソファで寝させるだなんて紳士の名が廃るだろう?」


 最後には決まったとでも言いたげな顔で、指パッチンをした。寝癖がついている髪でよくそこまで格好つけられるものだなと桜子は思った。


「紳士ならば添い寝という可能性を最初から切り捨ててください」


 桜子は彼の着替えを持ってくるためにクローゼットの前に来た。

 昨日の夜に予めクローゼットの中に入れていたので、探さなくともすぐに出せるだろう。


「君は朝でも手厳しいねぇ…こうも貞操がしっかりしていると安心するよ」


 彼の着物とコート、そしてシャツとズボンを取り出す。少し乱雑に取ってしまったが、シワにはなっていない。


「…そうですか」

「しおらしくなってどうしたのさ、何かあったのかい?」


 昨日のあの少しで口と口がくっつくような距離で弄ばれた事を思い出した。恥ずかしいのと同時に、信濃に申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。


 キスはいけない、そう教えられたはずだったのに。だが口元にはされていないのでまだセーフだろう。いやあの雰囲気はギリギリアウトなのではないか。


 そんな考えが頭を埋め尽くす。首を横に振って一旦、忘れることにした。そして彼に服一式を渡す。


「何でもありません、早く支度を済ませてください。紳士さん」

「お、君もやっと私を紳士と認めたかい」


 そんないつものやり取りをしていると、外のが何やら騒がしい。扉がガダガダと音をたてて、誰かがノックをしているようだ。


 開けてみるとそこには顔中涙やら鼻水やらでベタベタになっているチェリーがいた。彼女は桜子を見るなり、懇願するかのように手を合わせている。


「た、たた探偵様!起きていらっしゃいますかぁ!?」

「どうなされたのですか、チェリーさん」


 確実に非日常的なことが起こったに違いない。ではければ、何故こんなに慌てているのだろうか。そして彼女は大きな声で言う。


「ひ、人が死んでるんですぅ!」

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