第11話〜お辞儀じゃないのですか
そこからしばらくして、もう食事会が終わっている頃合になったので部屋に戻る事にした。
「本当は客室まで送りたいけど、まだ仕事があるんだ」
「お気遣い感謝します。それでは失礼します」
フェイは桜子の手を取り、手の甲にキスをする。桜子は静止していた。
もしかして、共食いをしようとしているのだろうか。本当に驚いている。
「いや何をしているんですか」
「さようならの挨拶」
さも当たり前かのように言った。ただ極西のマナーに従っているのだと、理解した。
しかし彼は極東のクッキーだ。極東ではお辞儀をするものである。
「お辞儀じゃないのですか」
「手の甲にキスをするのがマナーなんだ」
まさか、自分自身が舞踏会のお姫様のような体験するとは夢にも思わなかった。
信濃にキスというものは
「そうですが…桜子達は極東のクッキーですし、それにキスというのは大事な…」
フェイは悲しそうな顔をした。それに少し罪悪感を覚える。やってきたのはそっちだというのに。
「嫌だった?」
「いえ、あまりにも唐突でしたので」
腰に手を回され、等々逃げ場はなくなった。目の前には彼の顔しか見えなくなり、どういう原理か分からないが頭のコアが熱い。
クッキーは人間とは違い、胴体に内蔵はない。代わりに頭のコアの部分が内蔵機能全般の働きをする。そこから管が伸びて排泄穴へ繋がる。
排泄穴はあっても生殖器はないので繁殖は出来ないので乳首もない。
よってクッキーの体の性は無性であり、職人の手によって性自認が形成されるが、大体男か女の二種類のパターンである。例外はあるが。
二体のクッキーの甘い空気の中で、こんな説明を連ねてしまって申し訳ない。
彼は手首にキスをする。柔らかい人に似た感触で、流石は素材が餅なだけある。
「桜子ちゃん」
名前を呼ばれると、どうも目を背けたくなってしまうが、星の目は彼女を逃がさない。
そして彼は首筋にキスをする。彼の香ばしい餡子の香りが鼻腔を埋める。
「え、ちょっと。犬なのですか貴方は」
首筋を嗅がれるのでまたビクッとなった、彼の鼻が擦れてくすぐったい。
そして彼は顔を上げた。彼は余裕の笑みを浮かべているので、少しムカついてきた。
「ボクを犬ならキミは飼い主だよね。そんなにボクを手駒にしたいの?」
「そういう意味で言ったわけじゃありません。帰ります」
彼から逃げ出そうとすると、呆気なく彼から離れることが出来た。フェイは服の袖で口元を隠して目を細める。
「それでは失礼します」
そんな捨てセリフを吐いて、後ろを見向きもせずに部屋に戻った。大股で歩く彼女を見て満足したフェイは遊戯室の扉を開けて中に入った。
「珍しいわね。フェイがずっと誰かといるなんて」
「そうかな?ただ好奇心のままに動いているだけだよ」
メアリーはフェイに近づいた。彼からほんのりと甘い匂いがする事に気づいたが、特段気にしなかった。
「気があったんだろうな」
「難しい話ばかりしていたので、きっとチェリー達には分からない事なんですよきっと」
チェリーは尊敬の眼差しで彼を見る。シャンティとメアリーはそんな彼女をまたコケにした。また泣いている。
「桜子ちゃん、面白い子だなぁ」
さっきまでの反応を思い出して悦にひたっていたら、桜子というワードに反応したチェリーが彼に話しかけた。
「うひゅう…もしかしてフェイ様も桜子様に憧れているんですか?あのクールな感じ、痺れちゃいますぅ」
泣きやんではいるが、鼻から砂糖水を垂れ流していて汚い。
「チェリーがクールになっても様にはならないんじゃない?キミはそのままがいいよ」
彼にそんな事を言われて顔が赤に染まった。それに嫉妬したメアリーは彼女のお下げを引っ張った。
「きっしょく悪いわぁ!えい!」
「ひええ!痛いですぅ!」
また泣いた。それを見てフェイは何かをすることもなくただその場に立っていた。
「はは、面白いね」
「オラ早く行くぞ。あのカスのベーカリーの所行かなきゃマジで死ぬぞ?」
そして全員一階に降りて自分の持ち場に戻ったのだった。
時間は少しだけ遡り、フェイと離れてからも桜子の顔は火照っていた。
顔を横に振って邪念取り払う、そして彼女は扉を開けた。鍵は信濃が持っているので、もう帰ってきているのだろう。
「信濃さん居ないんですか?」
声を掛けても返事はない。寝ているのだろうと思い、部屋のスイッチを押した。
するとベットには腹部を赤く染めた信濃が横たわっていた。
桜子は叫ぶことなく彼に近寄った。あんなに熱かったコアが今では覚めきっている。
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