第10話〜課せられた運命
なぜそんなことを聞くのだろうか。やっぱりこのクッキーと話していると調子が狂う。
「課せられた運命…」
彼の言葉を口ずさんでいた。余った沈黙は桜子の思考をやんわりと縛っていた。
「貴方も本を読まれるのですね」
「あまり読む機会はないけど、文字の読み書きは一番出来るよ」
個体差はあるものの、大概のクッキーの知能は小学校高学年ぐらいであり、楽観主義の人格が基本だ。
中には学者よりも賢いクッキーがいるのだとか。しかし、そこまで賢いクッキーは処分される一択である。
理由は単純で、ストライキやらテロが起こされるからだ。
「賢いですね」
「考える事が多いだけだよ」
褒めてみたものの、フェイはあまり嬉しくなさそうだった。
「運命の意味は巡り合わせ、それが課せられたとなると…必然的な出会いということでしょうか」
桜子が前に辞書で遊んでいた時に覚えていた事を彼に話すと、フェイは残念そうな顔をした。
「人間が与えた意味合いなんてどうだっていい。桜子ちゃんの意見を聞きたいんだよ」
彼が桜子に何を求めているのか、よく分からない。他のクッキーは分かりやすかったなと思うのだった。
「意思のある全生物の人生にはね、絶対の責務が運命によって与えられると、ボクは考えている。それが課せられた運命なんだよ」
難しい、そう思った。独特の雰囲気に呑まれてしまいそうだ。
「ボクはね、桜子ちゃんの課せられた運命が何なのか知りたいだけなんだ」
お腹が鳴った。彼女は口いっぱいに砂糖を頬張った。そのまま話そうとした。
これ以上黙っていると、彼のせいで賢くなった頭がパンクしそうだ。
「んもうふぉいんふぉ、もいふぉいんふ」
「飲み込んでから話して欲しいな」
飲み込んだ。腹からはもう要らないという信号が届いた。
彼は桜子の意見を待っているので、その課せられた運命が自分にとって何なのかを話した。
「桜子は、信濃さんと一緒に事件を解決してクッキーの地位向上と権利保証を目指しています。それが課せられた運命だと思います」
それを聞いたフェイの目の星の輝きが増した。彼の口角は上がり、あの残念そうな顔ではなくなった。
その反応を見て、桜子はドッと疲れた。人間関係は疲れると口癖のように言っていた信濃の気持ちが今なら分かる。
「それでさ。人間の助手は嫌じゃないの?」
「信濃さんは好きですよ、桜子の知らない知識を教えてくれます。ウザイ所はありますが」
信濃は桜子を溺愛している。それは誰だって理解出来ることだ。しかし、桜子から信濃はどうだろう。
彼女もまた信濃のことが尊敬しているから好きなのだ。
彼は笑顔を止めた。俯瞰しているようで私情が入っている、なにを考えているのだろうか。
「そうか、好きなんだ」
「いやウザイ部分はありますけれど」
ここを強調するのは尊敬はしていても、彼の浪費癖や構って欲しい時の行動が非常に鬱陶しいからだ。
特に、桜子の為だと言って化粧道具だの服だの買ってくる。おかげで毎月結構カツカツなのだ。
そうやって会話をしていると、喧嘩をしていたクッキー達が二体が居るビリヤード台に近づいてくる。
シャンティとメアリーは体のところどころが砂糖がついている。
一番砂糖が掛かっているのはチェリーで、彼女の頭に白い山が出来ている。動いたせいで彼女のモノクルに、砂糖がみっちりと詰まっている。
「あ、フェイ!恋バナかしら!」
「何!恋バナだと!桜子か?やっぱり信濃が彼氏なのか?」
「皆さん、桜子さんに失礼ですぅ!信濃様とは探偵様と助手様の関係だって…」
チェリーはモノクルを外した。砂糖のせいで目が痛くなりつつも、必死に桜子の弁護に入ったが、それは無駄だった。
「黙っとけよチェリー」
「そうよ、貴女に口を開く権利ないわよ」
二人に砂糖を掛けられただけではなく、暴言まで吐かれたチェリーは泣いた。
「ひ、酷い!うえええん!」
その様子をケラケラと笑って、更に泣かせてやろうと砂糖をかけている。
止めたとしても止めないだろうし、そもそも彼女を助ける理由も虐める理由もない。
館のクッキー達と仲良くなった。部屋中砂糖まみれになったので、渋々全員ほうきとチリトリで掃除した。
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