第9話〜キミはいつもこうなの?

 中は客室と同じぐらいの広さで、古いキャンディリアが部屋を心許なく照らしている。

 部屋の真ん中には二つのビリヤード台と椅子が置かれており、

 近くの棚の上には砂糖が入ったポッドがある。そして奥の台には砂糖が溢れている。


 何より一番目を引くのが、砂糖を投げあっているメアリーとシャンティだ。二人とも砂糖にだらけだ。


「メアリーの砂糖でしょ!?」

「はぁ!?アタシのだ!クソチビ!」

「け、喧嘩しないでくださぁ〜い!」


 その近くで泣きながら仲裁に入っているチェリーがいた。あの氷点下の中であった食事会場からここに避難したんだろうが、ここもまた戦争のようだ。


 桜子は隣に居るベーカリーを不安そうに見た。彼は心から笑っていた。


「本当にここで合っているんですか」

「僕はこれで。じゃあねー」


 大柄な人間の男に押されて、扉は無惨にも閉じた。


 そして、ふと気づいたが、彼の表情はずっと笑顔だったのにさっきの笑顔ほど心から笑ってはいなかった。


 後ろに誰かの気配を感じた。


「わっ!驚いたかな?」


 びっくりはしたが、それまでである。この遊戯室というのは騒がしい。


 驚かせた犯人はまだ話したことのないクッキーだった。彼は黙って観察していた。桜子もまた彼を観察していた。彼の瞼は赤く、化粧をしている。


「キミはいつもこうなの?」

「…そうです」


 口を開けたと思えば、ただの返答だった。

 赤い紐のピアスを揺らしながら、こちらに近づいた。


「名前、なんだっけ?」

「自分の名前を申すのがマナーですよ」


 ミステリアスな雰囲気で彼の考えている事が掴めない。この館のクッキーで、初めて落ち着いたクッキーに出会った気がする。


「頑固で博識なんだね」

「それ褒めてるんですか?」

「キミがそう思うならそうなんだよ」


 彼は口をその長い袖で隠しながら、目を細めた。今まで様々な人やクッキーに関わる機会はあったが、彼のようなタイプは初めてである。


「ボクはフェイ」

「桜子です。フェイさんはもう砂糖を召し上がったんですか?」


 フェイは目を逸らした。


「別に」


 何かの罪悪感に囚われているように感じた。聞いても原因は教えてくれないだろう。


 しかし、桜子は聞いた。


「別に?それはどういう意味ですか」


 フェイは少し悩んだ末、答えを出した。


「腹が中々空かないんだよ」

「羨ましい体質ですね」


 桜子は自分の腹の音が大きくなってきているのを無視出来なかった。空腹が体に訴えている。


「それよりも桜子ちゃんのことが知りたいな。何も知らないからね」

「良いですよ、食べながらになりますけど」


 手前のビリヤード台で食事をすることにした。彼はタンスの引き出しからお椀とスプーンを取り出した。それに砂糖を入れた。


 桜子の居る台に一旦置く。そして、彼はティーポットにクッキー専用のジュースを入れる。


 用意できた食事を、彼女の目の前に置く。ティーポットからは甘い匂いがする。そして彼は椅子を取りに行った。

 ふと、大量の椅子が積まれた所が目に入った。埃が被ってあり、どう考えてもこの館のクッキーの個体数よりも遥かに多い。


 予備だろうか。そんな事を考えていると、彼が用意した椅子に座る。彼もまた座る。


「キミの分の食事だよ。ゆっくりしてね」

「ありがとうございます」


 お椀の中にはグラニュー糖が入っている。一口食べると、砂糖特有のザラザラを感じる。


 クッキーにも食事と水分補給は必要で、それが砂糖とジュースなのだ。


 砂糖を与えないのも与えすぎるのも腐る原因の一つとなる。


 それはジュースにも言えることであるが、元々水が苦手なクッキーに、そこまでの水分は要らない。一日コップ二杯だけでいい。


 そしてクッキーは砂糖以外にもお菓子を食べられる。しかし、お菓子は栄養効率が悪く、そもそも味覚がないので味を感じない。


 一番効率的なのが砂糖である。


 また、お菓子以外の食べ物は胃が受け付けないので食べられない。もし食べるものならば吐くので鬼畜派は無理やり食べさせる。


 これは豆知識だが痛覚はあるので、辛いものが無理な個体は八割を占めると言う。


「それで、何を知りたいのですか?」


 そのまま砂糖を食べていく。味という概念がイマイチ理解出来ていない。ただ食感を感じるだけだ。


 ジュースを飲む。液体、香りからして紅茶のような匂いがする。

 クッキーと人間のジュースの違う点は濃度である。人間専用のジュースは大概濃度が濃すぎてクッキーに適していないのだ。


 そして、彼は頬杖を付きながらこちらを見て話す。


「桜子ちゃんは自分の課せられた運命って何か分かる?」


 桜子は持っていたティーカップを落としそうになった。幸い、中のジュースは飲み切っていたのでドレスにはかからなかった。

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