第5話〜鍵がひとつしかないのですが
そのまましばらく口喧嘩をしていると、彼女達は疲れてきのだろうか。
元々ライバルであった者同士が腹を割って、殴り合いを長時間した後のような爽やかさがある。
その様子を桜子は冷たい目で見ていた。さっさと部屋に入って、旅の疲れを癒したいからだ。
「早く部屋の鍵をくれませんかね」
「ちょっと桜子君、今いいシーンだからさ」
隣の信濃はその光景を映画のようにワクワクしながら見ていた。彼の人生にこのような青春はなかったからだろうか。
「はい、これが部屋の鍵ね」
メアリーから渡されたのは少し古い鍵で、それはひとつしかなかった。
「鍵がひとつしかないのですが、何かの手違いでしょうか」
「クッキーと主人は同じ部屋でしょ?何言ってんの?」
至極当然。そんな顔をしている。
「桜子君、私は構わないよ」
「桜子が嫌なのです。信濃さん」
彼は膝から崩れ落ちた、余程ショックだったのだろう。そもそも桜子は一人の時間が好きであり、その時間がなくなってしまえば彼女はストレスで自害するだろう。
「でも余りの部屋なんてないぞ。ここで我慢してくれないか」
シャンティが申し訳なさそうに言うので、桜子はそれに罪悪感を覚えた。
辺りを見渡すと、二階には個室が二つずつあり、合計六つある。そして、隣の部屋はメアリーとシャンティの部屋というプレートがついてあった。
彼女達でさえ個室がないのに、自分だけ我儘を言うのはおかしいので渋々納得した。
地面に倒れていた信濃は彼女の頬をつついた。その行為に抵抗はしなかった。したところで更に面倒臭くなるからだ。
「何か用があるなら呼んでくれ」
「分かりました」
二人から荷物を受け取り、そして彼女達はこの階から降りていった。
部屋に入った途端、信濃は荷物を床に置いてベットに伏した。
部屋は真っ暗である。桜子は壁に着いているスイッチを押した。
押すと、天井のキャンディリアが部屋に光をもたらした。思ったよりも部屋は広く、肝心の寝床はひとつしかない。
キャンディリアというのは原材料が特殊な飴で出来ており、熱では溶けず、火を灯すとその光を増して周りを明るくする性質を持っている。
桜子が押したスイッチは着火のスイッチだ。この部屋のキャンディリアは、色味が薄いので結構古いのだろう。
「はぁー」
「人との交流、お疲れ様です。食事会用の服に着替えて身だしなみを整える前に荷解きをしましょう」
荷物をベットの近くに置く。そして桜子は彼の隣に座る。意外とそのベットは硬かった、素材はガムだろう。
彼は人が嫌いであり、誰かとコミュニケーションをとった後は疲れてしまう。
まだ接する相手の大半がクッキーだから良かったものの、大きい事件を調査する時の彼の顔色は非常に悪い。
「桜子君、それは後じゃ駄目かい?」
「駄目です。後悔をしたいのですか」
彼の声は篭っていた。ずっとうつ伏せなので桜子は背中をさすってあげた、それが妙にくすぐったい。
「ぐわぁー分かった分かったよ。私は雨具を干して、カバンを拭く。君は待機したまえ」
くすぐったいのを我慢出来なくなった信濃は、ベットから起きて指示した。
「この程度の水滴なら多少は無事かと」
「自分の体は大事にしたまえと、この館に来る前に言ったぞ私は」
「言ってましたか?」
彼は雨具をハンガーを使い、窓の縁どりの部分に引っ掛けて置いた。部屋干しだが、キャンディリアで乾くだろう。
そして、彼はカバンからタオルを取り出して拭いていく。
「助手さえも亡くしてしまったら生きる希望が潰えてしまう。ほれ、拭いたぞ」
「ありがとごさいます、信濃さん」
拭き終わったら、彼はまたベットに飛んで入った。今度はうつ伏せではなくちゃんと顔は天井に向いており、嬉しそうだ。
桜子はカバンから衣服や自身の日記やお気に入りの本、そしてクッキーのケア用品を整理していく。
この荷物のほとんどは信濃が勝手に買っていた物ばかりで、今初めて見た物もある。
桜子自身、物欲がほぼない。ただ本から得る知識のみを欲するので、信濃からの給料でよく本やノートを買っている。
「もっと感謝されると更に嬉しいのだがね」
「調子に乗らないでください」
「本当に君はつれないんだから」
「信濃さんは楽観的すぎます。もっと真面目になってください」
「そういう所だよ?」
彼と目が合うが、すぐに目の前の荷解きに集中した。一々反応していてはいつまでたっても終わらない。
「…はぁ、そうですか」
「嗚呼!今面倒臭いと考えているね?」
「信濃さんー考えすぎですよーあはは」
「そういう所だよ!」
そうして雑談をして、荷物を整理した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます