第4話〜お部屋にご案内しなさいよ、お前達

 次は主役達の自己紹介だ。


勿忘草わすれなくさ桜子と申します。信濃さんの助手をしています」


 桜子は普通に挨拶をしただけなのだが、どうもフェイというクッキーからの視線が痛い。


「そして私が信濃人生シナノにんしょう、ただの探偵だ」

「嵐の中で疲れているでしょう?フェイとチェリーはワタクシの方に来なさい。後のクッキー達は荷物運びと部屋案内ですわ」


 彼らは夫人の命令に背く事なく、ちゃんと仕事をする。

 夫人は階段下から姿を消してしまった。


 そして残ったクッキー達は信濃が持っていた荷物と雨具を持って、部屋に案内しようとする。


「お食事は今から一時間後ですのでごゆっくりご準備なさってください」


 ベーカリーも持ち場に戻るようだ。彼はホールの中心から見て左下の扉に入った。そこからは食欲をそそる良い匂いがするのでキッチンだと思われる。


 そして探偵達はクッキー達に着いていく。


「二泊三日だとしても荷物が多いな。何入ってんだよこれ」

「お部屋は二階でーす」


 文句を言いつつ、彼女達はしっかり持って先導を切る。しかし雨具だけは丁寧に裏返しにして持っている。

 クッキーには考えられない事だが、主人の命令は絶対である。


「もっと荷物の無駄を省けたはずです」

「君の為の品が多いのだよ。このまま部屋に篭ろうかね」

「人との交流が第一優先です、人嫌いを完治してください」


 信濃は人が嫌いだ。


 彼が何故人嫌いなのか、一度聞いたことがあるが、あまり詳細を明かしてはくれなかった。彼曰く自分が蒔いた種だと言う。

 

 信濃はこの時、虚しい表情をしていたので今後とも話す事はないだろう。


「辛辣だけどそこが良いね」

「気持ち悪いです」


 時たま、彼はマゾのような言葉を使う。ただ芯のある彼女の発言が好きなだけだろう。


 階段を登り、客室だと思われる部屋の前で彼女達は立ち止まった。後ろを振り返り、雨具を持っていたメアリーは水滴を落とさないように丁寧に持ち直した後に言った。


「ねぇ、貴女ってただの所有物?それともガールフレンド?」

「おい、メアリー失礼だぞ。すぐにカップル認定してよ。すまねぇな」


 知りたそうに聞いてきた。そんな失礼とも言える物言いにシャンティは注意をした。


 信濃と出会って三ヶ月ほど、しかもまだ生後一年にも満たないのに、恋愛、つまり高度な感情の交流なんて出来るわけないだろう。


「桜子は信濃さんの助手です。それ以上もそれ以下もそれ以外も有り得ません」


 動揺もしない桜子に、メアリーは更に不機嫌になった。ずっと無表情の桜子が照れたら、さぞかし面白いだろうと彼女は思っていたからだ。


「うっわ、つまらない事言うのね」

「おい!謝れ!」


 シャンティは大声でメアリーに謝罪を要求する。完全に怒っている。


「べろべろばーお馬鹿が怒っても何も怖くないわー!」

「誰が馬鹿だ!?おめェも馬鹿だ!」

「はい馬鹿って言ったぁ馬鹿シャンティ」


 二人が口喧嘩をし始めたので、部屋の前で棒立ちになりながらその喧嘩が収まるまで見守っていた。


 喧嘩は同じ知能の者同士でしか起きないという言葉を体現している。メアリーも段々とシャンティと同じく、顔を真っ赤にしながらヒートアップしていく。


「はっはっは…ここのクッキー達も中々気が強いようだね」

「ただ口が悪いように思えますが」


 信濃は桜子の後ろに行き、彼女に覆い被さるようにして耳を塞いだ。悪い言葉は知らない方がいい。


 彼女が知っていいのは教養や気品に繋がる言葉だけである。教育方針は曲げない。

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