第393話 磔

◇◇◇


 場所は変わり皇城の広間。


 そこには遅れてやってきたシュードとライド、そしてシャムザが憑依した元剣聖であるジークの姿があった。


「くそ!!父上を返せ!!」


「はぁ。何度言えば分かるのだ。貴様の父親は死んだのだ。そんなに父親が恋しいのであれば、余が貴様の父親になってやろうか?父親というものはやったことがないが、抱擁して慰めてやれば良いのか?だが、余が抱擁したら、貴様のその脆い体ではあっさりと潰れてしまうだろうな」


「黙れ!!!」


「ライドくん!!」


 シャムザの言葉に何度目かの怒りの爆発を迎えたライドは、シュードの言葉を無視して赫焔剣クリュシュに炎を纏わせると、その剣を上段に構えながら襲い掛かる。


「あぁ。愚図な我が息子よ。敵を前にそんな隙だらけで上段に構えるとは、実に愚かだ」


「かはっ?!」


「まぁ、貴様は余の息子では無いのだが。余に子供がいれば、ここまで馬鹿で愚かで感情的になるよう育てはしなかっただろう。とはいえ、蛙の子は蛙と言うし、貴様の親も存外愚か者だったのかもしれぬな」


 ライドの上段切りは、しかしシャムザの人差し指によってあっさりと弾かれると、すれ違いざまに腹部へと強烈な一撃を打ち込まれ、ライドは広間の壁へとぶつかると、そのまま力無く崩れ落ちるのであった。





 シュードとライドたちがシャムザと出会ったのは、皇城へと入り広間へと足を踏み入れた時だった。


「これは……」


 広間には数え切れないほどの死体と戦闘の後、そして氷魔法で作られたと思われる氷柱などが至る所にある、その痕跡の一つ一つからこの場で起こったことの悲惨さが彼らに伝わった。


「ふむ。貴様らが新しいネズミか」


「敵か?!」


 何もなかった空間に紫色の亀裂が突如現れると、そんな声と共にシュードたちの方へと向かって歩いてくる足音が響く。


「ち…父上……?」


 そうして姿を現したのは、ライドが呟いた通り彼の父親でありシュードの師匠でもある剣聖のジーク・ホルスティンだった。


「ん?父上だと?あぁ、もしかしてお前は、この体の持ち主だった男の息子なのか?なるほど。確かによく見れば、この体の面影がある。ふっ。何という奇縁だ」


 しかし、それは彼らがよく知るジークではなく、ジークの皮を被ったシャムザであり、シャムザは自分が殺して体を奪った男の息子にたまたま出会ったこの縁を見て、愉快そうに笑う。


「父上、いったい何を言って……」


「ふむ。お前は見るからに理解力が無さそうだな。玉座の間に来たあの娘はフェルマを見てすぐに状況を理解したようだったが、お前は話にならん。仕方ない。暇つぶしも兼ねて、少し説明してやるとしよう。とはいえ、そこまで難しい話でも無いがな。要は、余が貴様の父を殺し、その体を奪ったのだ。簡単な話だろう?」


「殺しただと?そんなわけ無いだろ!父上がそう簡単に殺されるわけがない!お前はいったい誰だ!!」


「信じる信じないは貴様の自由だが、目の前にある今のこの状況が事実だ。それと、余が誰か、か。ふむ…よかろう。この体を貰った礼だ。貴様らには教えてやろう。余の名はシャムザ。悪魔王の一人である」


「悪魔…そんな、じゃあ本当に父上は……」


 シャムザの説明を聞かされ、ようやく状況を理解したライドは、絶望したような表情で一歩ずつ後ろへと下がっていくと、死体に躓いて転びそうになる。


「……シュード?」


「ライドくん。諦めちゃダメだ。ここで諦めたら、師匠の体は悪魔に穢されたままになってしまう。何としても取り返さないと。それに、聖女には死者を生き返らせる御技があると聞いたことがある。セフィリアさんに頼めばもしかしたら……」


「それは本当か!?」


「セフィリアさん本人に聞いてみないと分からないけど、可能性がないと諦めるよりは、少しでも何かに賭けた方がいいんじゃないかな」


「そうだな!お前のいう通りだ!なら、絶対に……」


「取り返そう。僕の師匠と、ライドくんのお父さんを」


「あぁ!絶対に取り返すぞ!」


 シュードの言葉で一縷の望みをその胸に抱いたライドたちは、その後お互いに聖剣と赫焔剣を手に握ると、迷いなくシャムザへと戦いを挑むのであった。





 そして、現在。


 最初は何度跳ね除けられようとも果敢に挑んでいたシュードたちだったが、次第にライドからは勢いと共に冷静さが失われ、終いには立ち上がる気力すら無くなってしまう。


「ライドくんをよくも!!」


 それでも、己の正義と仲間を思う気持ちが人一倍強いシュードは、尚も諦めずに剣を握り、何度目かの攻撃を仕掛ける。


「ふむ。これが勇者か。確かにその聖剣と魔力は余たち悪魔と相性が悪いが、それも若い悪魔王までだ。その程度であれば、余たちならそれほど影響は受けないぞ」


「くっ?!」


「それより、この剣…良い剣だと思わぬか?余が普段使う剣とは違うものだが、さすが剣聖と呼ばれていただけのことはある。中々の業物だ」


「あぁぁぁあ!!?」


 しかし、次に苦痛に満ちた声を上げたのはシュードの方で、シャムザの振り下ろした剣は確かにシュードの聖剣によって止められたにも関わらず、何故かシュードの胸には振り下ろした剣と同じ剣筋の斬痕が付いており、そこからは真っ赤な鮮血が溢れ出す。


「先時剣スクルドゥ。実に素晴らしい」


 先時剣スクルドュ。それは時空間魔法が付与されたアーティファクトであり、少し先の未来を切り裂くことの出来る魔剣で、ホルスティン公爵家の剣聖が代々受け継いできた宝剣だ。


 先時剣スクルドュの詳細な能力についてだが、この剣の能力は時間という概念を通して未来に斬撃を届かせるものであり、その際、物理的な障害物などの干渉は受けず、相手に直接斬撃を届かせることができる。


 つまり、先時剣が切り裂くのは未来のその場所と空間であるため、例え未来のその場所に障害物があろうとも、未来という夢のような抽象的なものでは魔剣の能力で作られた実態を持つ斬撃を止めることはできず、その結果、防御しようとも斬撃はその防御を無視して対象に当たるのだ。


 ただし、この最強にも思える剣にも欠点はあり、その一つが能力を使う際の魔力の消費が大きいということが。


 先時剣に付与されている魔法はルイスですら魔力の消費が多すぎてたまにしか使わない時空間魔法であるため、魔剣として最初から魔法が付与されているという補助があるとはいえその魔力の消費は大きく、元の持ち主であるジークですら一日に三回使うのが限界であり、彼もこの能力は切り札として使用していた。


 しかし、悪魔であるシャムザは人間に比べて魔力が比較にならないほど多いため、先時剣の能力を十回使おうとも魔力が尽きることはなく、そのせいでシュードは何度も怪我を負わされていた。


 そして、もう一つは効果範囲であり、未来を切る斬撃を飛ばせるのは約10mまでで、効果範囲はあまり広くは無いが、それでも余りあるほどに能力が優れているため、悪魔であるシャムザですら気に入るのは当然であった。


「くっ……」


「また治ったか。実に面倒な能力だな」


「僕は絶対に諦めない!例え一人になろうとも!!」


 しかし、それでもシャムザがシュードを倒しきれない理由は、聖剣による自動回復によるもので、例え腕を切ろうが腹に穴を開けようがすぐに回復してしまうため、決めきれずにいるのである。


「黒光するあの虫のようなしぶとさだ。どうしたものか」


「はぁぁあ!!」


「余が考えている最中にうるさいぞ」


「ぐはっ!!?」


 数十度目の攻撃と数十度目の返り討ち。


 この攻防にもいい加減に飽きてきたシャムザは、どうするべきか考えるが、その間もシュードの攻撃は止まらない。


「本来であれば勇者はもっと強いのだろうが、あまりにも手応えがなさすぎる。余を相手に手を抜いているのか、それとも何か他の理由があるのか……」


 シャムザはシュードの攻撃を簡単に去なしながらブツブツと自身の考察を口にしていくが、その理由は彼が先ほど口にした後者の方にある。


 聖剣とは単体でも日輪魔法が使えるため非常に強力ではあるのだが、本来の能力を発揮するには仲間や多くの人々からの応援や願いなどが必要であり、それらを受けることでようやく真の能力を発揮することができる。


 しかし、今現在この場所には気を失ったライドとシャムザ、そして地面に転がっている死体たちしかいないため本来の能力を発揮することはできず、現在のシュードの力は皇城に来る前に戦った悪魔王の時よりも劣っている状況なのだ。


「ふむ。いろいろと可能性は考えられるが、考えるだけでは何も解決せぬか。面倒だ。例え何があろうと、やってみればわかること」


「何を言っている!!」


「なに。貴様をどうするかということだ。そして、今どうするかを決めた」


「かっ?!!?」


「壁に磔にしてくれよう」


「がはっ!!!」


 シャムザはそう言ってシュードの首を鷲掴みにすると、そのまま壁に向かってシュードを投げ捨て、さらに近くに落ちていた騎士たちの剣を何本も投げると、腕、手のひら、腹、太腿、足へと突き刺し、最後にライドの赫焔剣で喉を貫く。


「あぁぁぁあ?!!」


「ふはは。まるで獣のようだな。しかし、なるほどな。剣を刺したままであれば、聖剣で傷を治すことはできなのか。であれば、その首を刎ねればば死ぬのか?あるいは心臓を刺せばどうなるんだろうな。腕を落とした時のように治るのか?それとも目をつぶした時のように元に戻るのだろうか。まぁ、これも試せばわかること。実に楽しみだ」


 喉に剣を刺されたことで、もはや声にならぬ獣のような声を上げたシュードを見て、シャムザは悪魔らしく嗜虐的に笑うと、トドメを刺すのではなく腕や腹に刺さった剣をゆっくりと順番に回し始める。


 その間、シュードは夥しい量の血を流し、何度も悲鳴を上げるがその度にシャムザは楽しそうに笑うだけで、その手を止めることはなかった。


「ふむ。ここまでか」


 それから数十分後、もはや意識が朦朧として声すら出せなくなったシュードを見たシャムザは、ついに飽きたのか先時剣をもう一度握ると、その剣先をシュードの胸に突き刺そうとする。


「……ん?フェルマの反応が消えた?」


 しかしその瞬間、玉座の間でシャルエナたちと戦っていたフェルマが敗北したことでその気配が消えると、僅かだがシャムザの動きが止まる。


「フェルマの反応が消えたのは気になるが、まずはこちらを片付けるとしよう……ん?こちらも消えたな。どこにいった?」


 そして、僅かにシャムザが視線を外した瞬間、壁に磔にしていたはずのシュードの姿は消えており、さらには地面に落ちていた聖剣や気を失っていたライドまでもが広間から消え去っていた。


「はぁ。まったく。ボクの楽しみを取ろうとするなんて、君は悪い子だね」


「誰だ」


 すると、今度はどこからか少女のような声が聞こえ、シャムザは警戒した様子で周囲を見回すと、瓦礫の上に座る一人の少女の姿を見つけるが、顔を見ようとしても認識阻害の魔法を使っているのかその顔を見ることはできなかった。


「彼をここで殺されると、ボクの楽しみがなくなっちゃってつまらなくなるんだよねぇ」


「貴様の楽しみだと?いったい何を言って……」


「だから、そんな悪い子にはお仕置きをしないとねぇ。ってことで、消えちゃえ」


 少女はシャムザの質問に答えることなくそう言うと、「ふぅ」と小さくシャムザに向かって息を吹きかける。


 すると、次の瞬間にはシャムザもジークの肉体もその場から消え、広間には未だに瓦礫の上に座っている少女だけが残る。


「あーぁ。何かいろいろとおかしくなってきちゃったなぁ。彼があそこまで一方的にやられる展開なんて無かったはずなんだけど。やっぱり、何かがおかしいよね。それに、何で聖女がここにいないのかな。うーん。気になるなぁ。まぁでも、とりあえずこの世界ではあの子たちを殺せばまた面白い展開になりそうだし、このまま進めようかな。てことで、そっちの仕上げもしないとね。きゃはは!まっててね、ボクのルイスくん。さいっこうに楽しいショーを見させてあげるから、君もボクにさいっこうに面白いものを見させてね!きゃはははは!」


 少女はそう楽しそうに笑うと、まるで最初からそこにいなかったかのように音も無く姿を消し、ついに皇城の広間には死体しか残らないのであった。






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