第392話 見て欲しい

「はぁ!!!」


「おりゃあー」


「しゃらくさい!!『絶凍域』!!」


 それはまさに圧倒的な暴力と技の衝突。


 フェルマは後のことなど考えていないかのように魔力を爆発させては周囲を凍らせ、至る所に氷柱や氷の棘、さらには分厚い壁などを作り出す。


 それに対してシャルエナたちは、例え余裕が無くとも、そんなフェルマの様子を冷静に観察しながら動く彼女たちの動きは最初よりもさらに洗練されており、例え傷を負おうとも足を止めず、シャルエナが氷を消滅させて道を作ると、ラヴィエンヌが距離を詰めて連撃を放ち、フェルマが距離を取って魔法を使用しようとすればシュヴィーナが矢で阻止をする。


「シャルエナちゃん!」


「『氷華五月雨』!」


「あー!!うざいうざいうざい!!!」


 魔法を使えば打ち消され、魔力で吹き飛ばしても諦めずに攻めてくるシャルエナたちを前に、フェルマは段々と怒りが溜まり、さらに魔力と魔法は荒々しさを増していく。


 肌が凍てつき、あまりの冷気に頬や手足の肉が裂けようとも足を止めないシャルエナたち。


 それはまさに鬼気迫るものであったが、決して無謀でも無策な訳でも無く、その視線は変わらずフェルマの首を狙い、その覚悟は変わらずフェルマを殺すことだけを目指している。


「早く死ね!早く死ね!早く死ね!」


 初めて感じる恐怖。


 初めて感じる焦燥。


 それは長い間、悪魔王として悪魔たちの頂点の一人として君臨し、何者をも圧倒する魔力と魔法でその座を守ってきたフェルマが初めて感じる感情だった。


 いや、正確には初めてでは無い。


 彼女の心の奥の奥、そのずっと根底にある忘れたと思っていた感情と記憶。


 フェルマが悪魔として誕生したばかりの頃。


 まだ下級悪魔でしかなかったフェルマが、SSSランクの属性悪魔王を初めて目にした時に感じたあの時の感情。


 敵わない。殺される。早く逃げなければ。


 でも手足が動かない。思考がまとまらない。呼吸の仕方すら分からない。


 そんな恐怖と絶望だけの感情。


「なんで!なんでなんでなんで!!!『零界氷土』!!!」


 フェルマにとって、目の前にいるシャルエナたちの実力は取るに足らないものだった。


 確かに強くはあるが、自分の方が実力は上だし、相性の悪い体を使ってはいるが、それでも勝てないほどシャルエナたちが強い訳でも無い。


 それなのに、恐怖しているのは自分の方で、焦っているのも自分の方。


 シャルエナたちの実力は、あの時に見た属性悪魔王には到底及ばないはずなのに、何故か感じてしまう…思い出してしまうあの時の感情。


 それがより彼女の心に動揺を与え、そしてそれは大きな隙へと繋がる。


「『斬影』!」


「『穿つ星』」


「兄上。これで終わりです。『氷居神刀』!!」


「あ……」


 焦りと恐怖が頂点へと達したフェルマは、僅かだが発動に時間の掛かる大規模な広範囲魔法を使用しようとしたことで一瞬だが彼女の守りが薄くなる。


 そして、その隙を見逃さなかったラヴィエンヌが魔力を纏わせた大鎌を横に一閃して正面にある氷を切り裂くと、シュヴィーナは全力で闘気を纏わせた矢でフェルマのもとへと続く一本の道を作り、最後にシャルエナが迷いなくその道を突き進んでフェルマに憑依されたモルフェウスの頭を切り落とす。


「そっか。誰も私を見てないんだ。私を…みてよ。私を……」


 頭を切り落とされたことで薄れゆく意識の中、フェルマは気づいてしまった。


 彼女たちが、そしてあの時に見た属性悪魔王が、自分のことを見ていなかったということを。


 認識されていない。通過点としてしか見られていない。そもそも、誰も興味すら持ってくれていない。


 残忍で残虐な性格の多い悪魔の中で、フェルマはベルゼラと同様に珍しい欲を持った悪魔だった。


 それが、承認欲求。


 誰かに見られたい。誰かに認められたい。誰かに自分だけを見て欲しい。


 そんな欲が、彼女に綺麗な物や珍しい物を集めるという収集欲を抱かせ、次第に綺麗な物を身近に置くことでその欲を満たすようになった。


 だから、そんなフェルマが本当に恐れていたのは相手との実力差にではなく、自分が認識されていないということだった。


 あの時に会った悪魔王は、自分のことをまるでゴミのように…いや、それ以下の認識することすらない空気のように、どうでもよさそうに少しだけ見て目を逸らすだけだった。


 そして、今フェルマを倒したシャルエナたちは、自分と戦いながらも意識はそのさらに向こうを見ており、自分よりも強い誰かに追いつくために戦っていることに気がついてしまった。


 だから恐怖した。誰にも認識されていないことに。


 だから焦った。自分が誰にも見られていないことに。


「お願い…誰か、私を……」


「フェルマ。君、すごく強かった。正直、この刀がなかったら勝てなかったよ。それに、私は一回負けているしね。本当に、君は強かった」


「んねぇ。ここまで強い相手は久しぶりだったなぁ。でも、その分楽しめたからよかったぁ。また機会があればやろうねぇ。フェルマちゃん」


「正直、私だけだったらあなたには勝てなかったわ。だからこそ、次は負けない。次こそは、私一人でもあなたを倒してみせるわ。フェルマ」


「あんたら……」


 フェルマの自分を見て欲しいという言葉が聞こえていたのかは分からない。


 それでも、凍傷で顔や手足の肉が裂けて血が流れ、ほぼ満身創痍の状態で彼女に声を掛けるのは満足そうに笑うラヴィエンヌと、決意に満ちた瞳のシュヴィーナ、そしてフェルマを讃えるように見ているシャルエナだった。


「ルイス……」


 さらに、少し視線を逸らせば自分と戦いたそうに笑うルイスの姿と、戦っていないにも関わらず負けを認め、さらに次は負けないとでも言いたげに見てくるアイリスたちの姿が彼女の目に届く。


「そっか…私のことをちゃんと見てくれる人も、いるんだね」


 ずっと、あの日以来…無意識のうちに自分は誰にも見られていないのだと思い込んでいた。


 我儘に振る舞い、他人の物を奪わなければ誰も自分を認識してくれないのだと思い込んでいた。


 でも、違った。


 人の数だけ自分を認識してくれる人はいるし、人の数だけ認識してくれない人もいる。


 それでも、誰にも認識されないなんてことはない。


 空気でさえ、誰かが空気があるから自分たちが生きているのだと気づいてくれた人がいる。


 であれば、感情があり、自ら動くものなら誰かに認識されないなんてことはあり得ない。


 ましてや、この場にいるのは相手の強さを認め、敬い、その死すら尊ぶことのできる者たちしかいない。


 だから、例え敵だとしても、例え家族の体を乗っ取った仇だとしても、フェルマのことを見ないなんてことはあり得ないのだ。


「あはは。今度はもっと強くなって…また、遊ぼう…ね……」


 フェルマはその言葉を最後に満足そうに笑うと、モルフェウスの体は事切れたように動かなくなり、本来の死体へと戻る。


 こうして、シャルエナたちとフェルマによる戦いは終わりを迎えると、それと同時に第三皇子であるモルフェウスも本当の意味で死に、シャルエナは家族を殺された復讐を果たすのであった。






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