第391話 主人公みたい

◇◇◇


「やば?!」


「あは!!死んじゃえ!!」


「ラヴィ!」


 ラヴィエンヌたちの戦闘が始まってしばらく。


 最初は均衡を保たれていた彼女たちの戦いは、しかしラヴィエンヌたちの疲労とフェルマの様子見が終わりに近づくにつれそのバランスは崩れていき、ついにフェルマの氷魔法によって足を取られたラヴィエンヌは、頭上と足元から迫る氷柱を見て焦ったように声を出す。


 それを見ていたシュヴィーナは、すぐに闘気を纏わせた矢を氷柱に向かって放つが、フェルマの魔法で作られた氷柱は凄まじいほどに硬く、シュヴィーナの放った矢は氷柱に傷一つ付けることができずに弾かれる。


「仕方ない。最悪お腹を犠牲にしてでも……」


「シッ!!」


 ラヴィエンヌが氷柱で上から貫かれるよりは、腹部を犠牲にしてこの状況を脱しようと思った瞬間、そんな短くも力強く息を吐く声が聞こえると、次の瞬間には頭上と腹部を貫こうとしていた氷柱が同時に消失し、目の前にはあたり一面を覆う氷よりもさらに美しい氷のような刀を手にしたシャルエナが立っていた。


「シャルエナちゃん?」


「遅くなってごめんね。ここからは私も一緒に戦うよ」


「あはは。何その言い方ぁ。まるで、物語の主人公かなんかみたい」


「そうね。それに、登場の仕方もまさに主人公のようだわ」


「そんなつもりはなかったんだけどな」


 ラヴィエンヌを助けるために駆け寄っていたシュヴィーナも、自信に満ちた表情で一緒に戦うと言ったシャルエナを見て揶揄うようにそう言うと、シャルエナは少しだけ恥ずかしそうにする。


「まぁでも、心強いのは確かね」


「んね。それに、その新しい刀もすごく似合ってるよぉ」


「ふふ。ありがとう。イスに貰ったんだ」


 シャルエナはそう言って宝物でも見るかのように一瞬だけ手に握る刀を見ると、そんな彼女の反応を見ていたシュヴィーナとラヴィエンヌは呆れたようにため息を吐く。


「まったく、ルイスは。当たり前のように女を落とそうとするんだから」


「無意識なところが厄介だよねぇ」


「私もこの戦いが終わったら、何か貰おうかしら」


「わぁ、いいね。でも、その言い回しはなんかよくない気がするから、まずはちゃんと勝ってからおねだりしようかぁ」


「そうね」


 ラヴィエンヌたちはそう言うと、シャルエナが自分の魔法を切っただけでなく、綺麗に消滅させたことを不思議そうにしながら考え込んでいたフェルマに目を向ける。


「うーん。私の魔法が切られたのはまぁ別にいいとしても、切られた魔法が最初からなかったかのように消滅した?あの子が能力を隠していたのかな。でも、それだと最初に戦った時にその能力を使わなかった理由が分からない。なら、別の何かが……あ、あの刀か」


 フェルマはブツブツと呟きながら自身の魔法を消滅させたシャルエナを見ていると、ふと彼女が握っている美しい刀に気が付き、それが原因であることを理解する。


「その刀が私の魔法を消滅させたんだね。全部の魔法を消すことができるのか、それとも氷魔法に限ってなのか気になるなぁ。でもそれより、綺麗すぎて見惚れちゃうなその刀身。いいなぁ。そうだ!その刀、私にちょうだいよ」


「残念だけど。これを君にあげることはできないよ。この刀は、イスから貰った大切な物だからね」


「イスってルイスのこと?ふーん。なら、尚更欲しくなっちゃった。その綺麗な刀をルイスに持たせて、そのルイスを氷漬けにして凍らせるの!どう?綺麗だと思わない?」


 フェルマはそう言って器用に刀を手にしたまま氷に閉じ込められたルイスを作り出すと、モルフェウスの体で楽しそうに飛び跳ねる。


「あの見た目で飛び跳ねる姿はちょっとキモいわね」


「んねぇ。でも、氷漬けのルーくんはちょっとアリかもぉ」


「二人はどんな状況でも変わらずなんだね。まぁ、それが一番難しいことであり、理想的なことでもあるんだけどね。とりあえず、私もこの刀とイスを奪われるわけにはいかないから頑張るよ。てことで、私が先陣を切るね」


「えぇ。わかった…まって。今なんて言った?」


「僕の聞き間違いかなぁ?今、ルーくんを奪われるわけにはいかないって言ったようなぁ?」


 二人のそんな言葉は、しかしすでにフェルマに向かって剣を振り上げていたシャルエナに届くことはなく、彼女は言葉通り先陣を切って剣を振り下ろす。


「はぁ!!」


「あは!さっきよりも速いね!しかも、私の氷が全然効かないや!」


 冷静さを取り戻し、さらには新たな刀を手に入れたシャルエナの動きは前回とは比較にならないほどに速く、そして鋭くなっており、フェルマが防御のために作り出した氷の壁を容易く切り裂く。


 しかし、相手は千年以上も生きてきた悪魔王であるフェルマだ。


 自身の魔法で作り出した氷が一つ壊されようとも動揺した様子を見せることはなく、冷静に次々と魔法を使って攻撃をしたり盾を作って隙を作ろうとする。


「まだまだ!!」


「ボクのことも忘れないでねぇ」


 それに対してシャルエナは、ルイスから貰った氷蝶万花の氷属性無効化の能力を使い目の前に現れた氷たちを切り裂き、さらにはラヴィエンヌもシャルエナの動きに合わせて挟撃、不意打ち、種族魔法を使った防御まで、これまでの経験と完璧に近い予測能力で初見のシャルエナの動きに合わせてみせる。


 さらに、シュヴィーナもドーナの種族魔法が使えないながらも弓と闘気で的確にサポートをすることで、シャルエナは自由に動かことができ、劣勢だったラヴィエンヌたちの戦いは徐々に拮抗し、そして優勢へと変わっていく。


「ぐぬぬ!私がここまで追い込まれるなんて!やっぱりこの体は相性が悪すぎるわ!シャムザの野郎、絶対に戻ったら殺してやる!」


「あは!その前に、君がボクたちに殺されるといいよぉ!」


「ラヴィエンヌ嬢。油断は良くない。このまま冷静に押し切るよ」


「サポートは任せなさい。例えあなたたちが仕留め損ねても、私が必ずトドメを刺すわ」


 それからの彼女たちの戦いは、最初とは違いシャルエナを主軸としたラヴィエンヌたちが主導権を握り、これまで無傷だったフェルマに傷が増えていく。


「チッ。私の氷魔法を消滅させるその武器、本当に厄介ね。それに、あのボクっ娘も的確にカバーするから全く隙がないし、たまに飛んでくる矢も面倒だわ」


「まずはその足を貰うねぇ!」


「しまっ……」


 ラヴィエンヌはそう言って影渡を使ってフェルマの影に移動すると、いつの間にかフェルマの背後に立ちその両足を切る。


「兄上。その腕、頂きます」


 両足を無くしたフェルマはそのまま地面に倒れそうになると、その隙に距離を詰めたシャルエナが一瞬で刀を二振りし、次に両腕を切り落とす。


「これでお終いよ!」


 そして、両腕と両足を失ったフェルマをシュヴィーナの放った矢を襲うが、その瞬間、フェルマから青い魔力が溢れ出すと、それが障壁となってシュヴィーナの矢を防ぐ。


「あー、もう!鬱陶しい!」


「な?!」


「くぅ!?」


 フェルマの放った魔力は、それだけで普通の魔法よりも破壊的であり暴力的で、シュヴィーナの矢が外れた時のために挟撃を仕掛けていたラヴィエンヌとシャルエナを吹き飛ばすと、その魔力は無くなった腕と足に集まり、そして氷の義手と義足を作り出す。


「もういい。その刀も欲しかったから壊さないように気をつけてたけど、なんかめんどくさくなっちゃった。だから、その刀と一緒にあんたらのこともぶち壊してやる」


「やっぱ。あのまま終わるわけないよねぇ」


「物語のように、主人公が覚醒しただけでは勝てないってことね」


「そうだね。どうやら、ここからが本番みたいだ」


 三人はそんなフェルマを目の前にしながらも、何故か楽しそうに笑う。


 それは、恐怖から頭がおかしくなった訳でもなく、ヤケクソになった訳でもない。


 それは、自然と湧き出てくる楽しいという感情による笑み。


 恐怖ではなく高揚。


 ヤケクソではなく冷静。


 危機的状況であるにも関わらず、そんな感情が彼女たちの胸に広がるのは、ルイスに似たせいか、それともルイスが見ているからか。


 その理由は彼女たち本人にしか知りえないが、それでも一つだけ分かることがあるとすれば、それは三人の姿がルイスに似ているということだった。


 こうして、ラヴィエンヌたちとフェルマの戦いは、いよいよ終わりへと向かうのであった。






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