第390話 刀

 さて。そうして始まったラヴィエンヌとシュヴィーナ対フェルマの戦いだが、簡潔に言えばラヴィエンヌたちが追い詰められている状況だ。


「くぅ!やっぱり強いなぁ」


「そうね。それに、こっちは最初の戦闘で疲弊してるのもあるから、正直持ち堪えるのが精一杯だわ」


 ラヴィエンヌたちの言う通り、二人が追い詰められている理由は大きく二つあり、一つは単純にフェルマが強いと言うことだ。


 おそらくだが、フェルマの実力は悪魔王の中でも上位の属性悪魔王と呼ばれるSSSランクの悪魔に準ずるほどの実力があり、俺が倒した火属性魔法を使う悪魔王よりも明らかに実力が上であった。


 そのため、さすがのラヴィエンヌでも相手をするのがかなりキツイようで、最初から種族魔法を何度も使って攻撃を仕掛けようとするが、地面が凍ればそもそも影すら生まれないため、能力を最大限に振るえていない状況だった。


 そしてもう一つが二人の疲労と、それによる能力の限界だ。


 ここに来る前に二人がどんな相手とどんな戦いをしてきたのかは分からないが、動きを見るに疲れが溜まっているようで、僅かだが二人とも普段よりも反応と攻撃が遅く、呼吸が乱れるのも早い。


 それに、シュヴィーナに至ってはドーナを召喚する余力が無いのか、戦いが始まって以降はずっと弓と闘気でしか戦っておらず、攻撃を避けながら牽制をするために矢を射るので精一杯といった感じに見える。


 それでも二人がフェルマについていけてるのは、彼女たちのこれまでの経験と、フェルマがまだ本気を出していないというのがあるからだろう。


「なぁ、ソニア。シュヴィーナはドーナを出せないくらい疲弊してるのか?あいつの魔力自体はまだ多少の余裕はあるように見えるが」


「あたしも合流した時に聞いたんだけど、どうやらドーナ本人が疲れたみたいなのよ。それで、仮に魔力を与えたとしても長時間の戦闘は厳しいみたい」


「なるほど。ドーナ本人の問題か」


 魔力で体を構成している精霊といえども、魔力を与えられればずっと戦えるというわけではなく、彼女たちにも感情はあるし疲労感だってあるため、俺たちと同じように疲れたら動きたく無いと思うことだってある。


 そして、今のドーナはまさにその状態のようで、彼女は今、疲れたから家から出るのも面倒な人間と同じ心境にあるらしい。


「ふむ。だが、このままだと負けるのはラヴィエンヌたちになるだろうな。もう少し何かがあれば変わるかもしれないが」


 彼女たちのどちらかが火属性魔法でも使えればもう少し変わったかもしれないが、あいにくとラヴィエンヌは種族魔法以外はほとんど使えないし、シュヴィーナも風属性がメインで水属性が補助くらいに使える程度。


 一応ソニアは火魔法を使えるが、あのレベルの氷魔法を相手にするには火力が足りないし、アイリスは水魔法が得意なため相性が悪い。


 セフィリアはそもそも攻撃魔法を得意としていないし、そうなると残るは同じ氷魔法を得意とするシャルエナだけだが……


「私の時は、全然本気じゃなかったのか」


 ラヴィエンヌたちと戦うフェルマを見て、自分が本気で相手をされていなかったことに思うところがあるのか、セフィリアの治療が終わっても立ち上がることができていなかった。


 まぁ、心が折れるとかそれ以前の話として、同じ氷魔法だと魔力や魔力密度が強い方が勝つため、今のシャルエナでは実力だけでも勝てるか微妙なところではあるが。


 ほんと、フィエラがいればもう少し楽だったんだろうけどな。


「もー、しつこい!早く負けてよね!ルイスを連れて帰りたいんだから!!」


「くっ?!」


「ラヴィ!!」


 とはいえ、このままではラヴィエンヌたちが負けるのも時間の問題であるため、この状況を覆すにはもう一つ何かが必要なわけで。


「はぁ。仕方ないな」


 本当は、こういうのは俺には似合わないのだが、もう少し面白味のある戦いを見るためにはあと一つ足りないため、仕方なく俺は座り込んでいるシャルエナのもとへ移動すると、彼女と視線を合わせるためにしゃがむ。


「シャルエナ。いつまでそうして座って傍観してるつもりですか?」


「イス…?」


「家族が殺され、復讐しようとしても成し遂げられなかったあなたのその悔しさと辛さは理解できますよ」


 この言葉に嘘はない。


 実際、俺自身も七周目の世界では両親を目の前で殺され、その復讐のために帝国を滅ぼそうとしたが失敗し、その悔しさと情けなさで胸をいっぱいにしながら死んだ。


 だから、今の彼女が抱えている胸の痛みや憤りは誰よりも理解できるし、共感することだってできる。


 きっと、今この場で彼女の心を誰よりも理解できるのは俺だけだろう。


「だが、あなたはローグランドと戦ったことで成長し、今度こそ大切なものを守ると誓ったはずです」


「そう…だね。でも、その大切なものを守れなかった。家族、私は家族を守れなかったんだ」


「そうですね。あなたが家族を守れず死なせてしまったのは事実かもしれません。ですが、一人の人間が万人を助けるなんてことは普通に考えて無理なことです。今日何が起こり、誰が死ぬのか、それを全て把握していてその誰かを助けたとしても、別の場所で他の誰かが死ぬのを助けることはできません。人間は、生きていく道程で多くの取捨選択をしなければならないのです。そして、あなたが家族という大切なものを失ったのは事実ですが、今目の前で他の大切が死にそうになっているのもまた事実です。このままシャルエナが見ているだけならば、きっとあなたは、またその大切を失うことになるでしょう」


「それは……」


「あなたは以前、俺に言いましたよね。今度こそ大切なものを守るために頑張ると。では、今頑張らないこの状況は、あなたにとってラヴィエンヌやシュヴィーナが大切ではないということを意味しているということですか?」


「違う!私にとって二人は、とても大切な仲間であり、そして友人だ!」


「であれば、いい加減に立ったらどうですか?今あなたの目の前では、その大切な仲間であり友人たちが、命を落としそうになっていますよ」


 本当に、こういう役目は俺には似合わないな。


 大切な仲間や友人なんて言葉、俺自身は信じてもいないしそう思う相手もいないが、それでも今は、彼女を立たせるためには例えそれが心にはない言葉だとしても、詭弁だろうと言葉を続けるしかない。


「だが、私にはもう武器が……」


「武器があればいいんですか?それなら立てるんですね?なら、これならどうですか?」


 俺はそう言ってストレージから一本の刀を取り出すと、それをシャルエナの前に置く。


「これは?」


「見ての通り刀ですよ。前にダンジョンで手に入れたんですが、俺は使わないですし、何よりシャルエナとの相性が良さそうだったので、いつか渡そうと思っていたんです。まぁ、こんなタイミングになってしまいましたけどね」


「すごく…綺麗……」


 シャルエナが手にした刀は、鞘や柄が澄んだ湖のように水色で美しく、さらに抜いた際の頭身は混じり気のない氷のように透き通っていて、まさに芸術品と呼べるほどに美しいものだった。


 ただ、氷のように透き通っているからと言って脆いなんてことはなく、この刀は例え溶岩に入れようとも溶けることのない強度を誇り、さらには何を切ろうとも決して欠けないほどに優れた鋭利さを兼ね備えた、おそらくはこの世に一本しかない名刀だった。


 実はこの刀を手に入れたのは本当に偶然で、暇つぶしにヴァレンタイン公爵領にあるダンジョンの氷雪の偽造を何度も回っていたところ、ボスである氷で作られたドラゴンを五十回ほど倒した時に手に入れた刀だった。


 もしかしたら、手に入れる際に何かの条件を達成して本当にたまたま手に入れられたのかもしれないが、今のところあのボスからアイテムがドロップしたという話は聞いたことが無いため、この刀は今ここにある一本しか無いはずだ。


「その刀の名は『氷蝶万花』。能力は使用者の氷魔法の威力を増加させ、さらには同系統の魔法に限り無効化することができます。つまり、その刀とシャルエナであれば、フェルマの氷魔法を切り裂き、無効化することができるということです」


「無効化…そんなことが……」


「さぁ。場は整いましたよ。あとは、あなたがどうするかです…シャルエナ」


 傷は完璧に癒え、新しい武器も渡した。


 あとは、彼女が折れた心に新たな芯を通し、地面に付いた足を上げ、一歩前へと踏み出すだけだ。


「シャルエナ殿下なら立てます。だから、勇気を出して頑張ってください」


「正直、あたしがあの戦いに加わるのは難しいわ。でも、シャルエナ殿下ならできるはず。だから、あたしたちの思いと一緒に立ち上がって」


「殿下なら大丈夫ですよ。傷は私が完璧に治しました。腕も足も、そして目も。今の殿下なら、全力で戦うことができます」


「アイリス嬢、ソニア嬢、それにセフィリア嬢まで……」


 シャルエナはそう呟いて自身に言葉をかけてくれたアイリスたちを見ると、その瞳に少しずつ熱が灯っていく。


「シャルエナ。あなたは大切なものを守れるように頑張ると言った時、俺のことも守ると言いました。しかし、実際の俺は今のあなたよりも遥かに強く、決して守られるような弱い人間ではありません。それに、この先も今のまま足を止めるつもりもない。それでもあの時の言葉に嘘がなく、今も俺を守りたいと思うのであれば、立ち上がり、その思いを行動で見せてください。さっきも言いましたが、俺は足を止めるつもりはありません。なので、あなたが本当に俺を守りたいと思っているのであれば、そんな俺に追いつき、そして追い越してください。それとも、あの時の言葉は嘘だったんですか?」


「そんなことはない!私は、本当にイスと、そしてみんなを守りたいと思っている!」


「なら、これ以上の言葉は不要でしょう。もう立てますよね?そして、立ってシャルエナの言葉が嘘ではなかったと……今この場で示してくれ」


「イス……」


 最後は少し普段通りの口調が出てしまったが、それでも今のシャルエナを立ち上がらせるには十分だったようで、新しい刀を強く握りしめたシャルエナは勢いよく立ち上がると、ゆっくりと一歩を踏み出し、そして俺の横を通り過ぎていく。


「ありがとう、みんな。みんなのおかげで、私は立ち上がることができた。イス。いつか必ず君に追いついて、そして追い越して見せるから」


「はは。楽しみにしてますよ。まぁ、その前に目の前のあいつを倒してもらわないとですがね」


「任せてよ。必ず、倒して見せるから」


 こうして、一度は刀と一緒に折れたシャルエナの心は、決して折れもせず溶けもしない新たな刀と共に作り直されると、その刀と心で新たな道を切り開くため、彼女は戦場へと向かって力強く踏み出すのであった。






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