第388話 敗北
「ん?またネズミが入り込んだな」
「まったく。だから結界とか張りなさいって言ったじゃない」
皇城で最も厳かであり、豪奢な場所である玉座の間。
そこには玉座に座って脚を組み、頬杖を付きながら怠そうに脚をフラフラと揺らしている男と、その男の隣に腕を組んで立っている男の姿があった。
「まぁ別によかろう。ここにいるだけというのもつまらないと思っていたところだ。それよりも、だ。フェルマ。その見た目でその喋り方はやめてくれないか。見てて吐き気がするぞ」
「はぁ?!あんたが私をこの体に憑依させたんでしょ!まずはあんたからぶっ殺してやろうか!シャムザ!」
「仕方なかろう。その体しかお前に耐えられそうなものが無かったのだから」
「はぁ。まぁいいわよ。ちょうど、使えそうな体があそこに転がってるしね」
「くぅ……」
フェルマはそう言うと、玉座の間の中央へと目を向ける。
するとそこには、折れた刀を握り締め、両足を失った状態で横たわっているシャルエナの姿があり、フェルマはそんな彼女を見て残虐性を隠そうともせずにニタリと笑う。
シャムザとフェルマ。
この二人はジークとモルフェウスの体に憑依した悪魔王たちで、その中でも次期属性悪魔王と呼ばれるほどに強い、SSランクの悪魔王の中でも一、二を争うほどの強者であった。
また、フェルマは喋り方からも分かる通り本来は女性の悪魔なのだが、力が強すぎるあまり普通の肉体では彼女の魔力に耐えることができないため、シャムザは唯一耐えられそうだったモルフェウスの体に彼女を憑依させたのだ。
その結果、目つきが鋭く身長も高い、しかも筋肉質で低い声の男が女性的な言葉で喋るという、何とも言えない姿となっていた。
「殺す。お前たちを絶対に、殺す……」
「はぁ。殺す殺すって、さっきからそればっかりね。そもそも、あんたの家族や他の人たちを殺したのは私が使ってるこの体の元の持ち主であって、私たちは何もしてないわよ?だから、私たちを恨むなんてお門違いだと思うんだけど」
「そうだな。フェルマの言う通り、お前の両親や家族の首を刎ね城壁に吊るすよう指示を出したのはモルフェウスという男だ。余が見ていたのだから間違いないぞ?」
「黙れ!!お前たちがモルフェウス兄様を唆したんだろう!」
「それも違うな。元々あの男は皇帝という権力を欲し、自分の意思で叛乱を起こそうとしていた。まぁ、少しばかり部下を使って背中を押しはしたが、結局、事を起こすと決めたのはあの男自身だ。余たちはそれに力を貸してやっただけだ」
「黙れ黙れ黙れ!!!」
シャムザの言葉は全て事実であったが、だからこそシャルエナにとってその言葉を受け入れることは容易ではなく、さらには復讐もできずに地面に這いつくばることしかできない自分への怒りで、もはや彼女は冷静な判断ができなくなっていた。
「まったく。多少楽しませてくれたけど、それでも私に傷一つ付けられなかったくせに、随分とまだまだ元気があるじゃない」
フェルマの言う通り、シャルエナと彼女の戦いはまさに一方的なものだった。
城内にいた悪魔や魔族たちを皆殺しにし、玉座の間へと乗り込んだシャルエナだったが、そんな彼女を待っていたのは悪魔に憑依された剣聖と兄である第三皇子で、そこで真実を知ることになったシャルエナは、ついに感情が爆発して全力で攻撃を仕掛けた。
しかし、相手は同じ氷魔法を得意とするフェルマで、魔法だけを極めてきた悪魔の彼女と、刀術と魔法の両方を鍛えてきた人間のシャルエナでは、生きてきた年月も鍛錬してきた時間も、そして経験さえも、何もかもが決定的に違いすぎた。
さらに、冷静さを失ったシャルエナの動きは非常に単調で予測しやすく、その結果、あっさりと両足を切断されて地面に倒されたシャルエナは、氷魔法で作った義手を破壊され、最後は刀を踏み砕かれ、傷一つ付けられないまま敗北することとなったのだ。
「くそ!くそっ!!」
「まぁ、何でもいいわ。とりあえず、この子は皇族みたいだし、体を乗っ取るならまずは殺さないとね。ってことで、そろそろ死んでね」
フェルマはそう言って手に氷の短剣を作り出すと、憎しみのこもった瞳で自身を睨むシャルエナを見下ろしながらしゃがみ、その手に持った短剣を心臓目掛けて振り下ろす。
「あれ?」
しかしその瞬間、シャルエナの体が黒い何かに飲み込まれたかと思うと、フェルマの振り下ろした短剣はシャルエナではなく地面に突き刺さっており、不思議そうに顔を上げて扉の方を見ると、そこには先ほどまで目の前にいたはずのシャルエナと、初めて見る五人の少女が立っていた。
「あっぶなぁ。間一髪だったねぇ」
「ナイスよ、ラヴィ!よくやったわ!」
「んねぇ。ボクも自分のことを自分で褒めたいくらいには、今のは完璧なタイミングだったよぉ」
そう自画自賛しているのは、シャルエナを追ってここまでやってきたラヴィエンヌたちで、ラヴィエンヌは扉を開けてすぐ、殺されそうになっていたシャルエナを影渡を応用してシャルエナを自身の方に強制的に移動させると、間一髪のところでシャルエナのことを助け出すことに成功したのだ。
「君たち、どうしてここに……」
「どうしてもなにも、あなたを追ってここまできたんですよ」
「シュヴィーナ嬢たちが私を?いったいなぜ……」
「シャルエナ殿下。それを聞くのは少々野暮では無いでしょうか。私たちは、一時とはいえ一緒に旅をした仲間です。その仲間が単身でお城に向かったと知れば、後を追うのは当然です」
アイリスはシャルエナを庇うように前に立ちながらそう言うと、警戒した様子でフェルマのたちのことを睨み続ける。
「とりあえず、セフィリアちゃんはシャルエナちゃんの治療をお願いねぇ。それと、アイリスちゃんとソニアちゃんは二人の護衛をお願い。シュヴィーナちゃんはボクと一緒にやれるところまで頑張ろうか」
「お任せください」
「わかったわ。てか、またオネェが相手なのね。今日はそういう日なのかしら」
「護衛は任せてください」
「はぁ。なんか今日は戦ってばかりね」
ラヴィエンヌはすぐにそれぞれに役割を振ると、自身も漆黒のタナトスを構えていつでも動けるように意識を集中させる。
「もしかして、あんたたちが追加で入ってきたって言うネズミ?」
「そうだ。さっき感じた反応は、そいつらで間違いない」
「ふーん。そこそこ強そうなのがいるわね。他は相手にならなそうだけど」
「手を貸すか?フェルマ」
「結構。この程度なら、暇つぶしとしてちょうどいいくらいよ。それと、そこの赤紫髪の女!私はオネェじゃなくて本物の女よ!ただ憑依した体が男だったってだけだから勘違いしないでよね!」
「そうか。なら余は……」
「どうもだべさぁ……ってあんれ?もしかして、お取り込み中だっただべか」
シャムザが見学でもしていようかと言おうとした瞬間、次に現れたのはフードを被った訛りのある喋り方をする四人の魔族で、彼らは今にも戦闘が始まりそうなラヴィエンヌたちを見て、場違いにも会話を始める。
「あ、シャムザ様!無事に体を手に入れられたようで安心したべさ」
「んだんだ。それに、シャムザ様の魔法のおかげでワイたちも楽にここまで来られたべさ」
「ワイらの主人も感謝してただよ」
「ワイらも感謝してるべ!」
「貴様らは確か……」
「ワイらは傲慢様に仕える部下の起!」
「ワイは承!」
「ワイは転!」
「ワイは結だべさ!」
「あぁ、そうだったな。傲慢に仕える四ツ子の魔族だったか」
「はいだべさ!」
起、承、転、結の四人は、傲慢の権能所有者に仕える四ツ子の魔族で、転は以前、ルイスが魔族領に行った際に話をした魔族でもあった。
「どうして貴様らがここに?」
「へい!主人が作戦も最終段階に入ったってことで、こちらも本格的に人族の国を落とすため、ワイらもこっちに来るよう言われたんだべさ」
「そう言うことか。まぁ確かに、人間たちの王は死に、街もほぼ壊滅状態になったゆえ、これを足掛かりに本格的に他の国などを攻め滅ぼす準備に移っても悪く無いな。わかった。なら、余の方で他の悪魔たちにも準備に移るよう伝えておこう」
「お頼みしますだ!」
「ねぇ〜。もういい?あんたらが話し始めたせいで、こっちは全然始められないんだけどぉ?」
今にでも戦おうとしていたフェルマとラヴィエンヌたちだったが、そこに四ツ子が現れてシャムザと話を始めてしまったため、タイミングを逃した彼女たちはシャムザたちの会話が終わるのを待っていた。
「あぁ、そうだな。邪魔してすまなかった。では、俺は先ほど入ってきた新しいネズミの方を相手してこよう」
「はぁ?またネズミが入ったわけ?なに、ここって美味しいチーズでもあるの?」
「ふはは。チーズか。だとしたらそのチーズは、きっと余たちのことだろうな。では、行ってくる」
シャムザはそう言い残して自身で作り出した亀裂の中に姿を消すと、この場にはフェルマとラヴィエンヌたち、そして四ツ子だけが残る。
「さぁ!やっと始められ……」
ズドーーン!!!
「あー、もう!!!今度はなに!!!!」
そうしていよいよ戦おうとした瞬間、今度はそんな轟音と共に城の天井を突き破って何かがフェルマとラヴィエンヌたちの間に落ちると、玉座の間には砂埃が舞う。
「あはは。もう終わりかよ?」
「たす…け……」
「は?お前が最初に俺を殺すって言って襲ってきたのに、今さら助けろはないだろ。もう飽きたから、このまま死ねよ」
「ぐあぁぁぁあ!!!」
そんな悲鳴が響き渡り、しばらくして砂埃が晴れると、そこには陥没して罅割れた床と、その中心に立つ銀髪の青年、そして握り潰されたらしき頭から塵となって消えていく悪魔の姿があった。
「いやいや、どんな登場の仕方なのさぁ。ルーくん」
「ん?ラヴィエンヌ?何でお前たちがここにいるんだ?てか、なんだこの状況」
「いや、それを聞きたいのはボクの方なんだけどなぁ」
ラヴィエンヌのそんな呆れ混じりの視線の先にいるのは、これまで静観し、どこで何をしているのかも不明だった、ルイス・ヴァレンタインであった。
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