第386話 白炎と黒炎

◇◇◇


 ラヴィエンヌたちが皇城を目指して動き始めた一方で、別の場所ではシュードたちもまた魔族や下級悪魔、そして上位悪魔たちと熾烈な戦いを繰り広げていた。


「きゃぁぁあ!!?」


「ユーリン!!このっ!!」


「待ってオーナ!迂闊に飛び込んじゃ……」


「あぁぁぁあ!!!」


「みんな!!」


 とはいえ、こちらはまさに多勢に無勢であり、シュードが聖剣の力で仲間たちの能力を強化しているとはいっても、実戦経験の乏しいユーリンたちでは数の暴力には勝てず、最初の意気込みが嘘のように戦況は悪魔と魔族側へと傾いて行く。


「陽天剣術四式『日之断』!!」


 しかし、それでも彼らが生きていられるのは、やはり勇者であるシュードの力のおかげであり、彼が聖剣を横に振り抜けば、それだけで多くの悪魔や魔族たちが一瞬のうちに死んでいく。


「ふん。聖剣か。初めて見るが、随分と面倒な能力を持っているようだな。つまり、あれが噂で聞いた勇者というやつか」


 ただ、そんな聖剣でも簡単に倒せるのは下級悪魔までで、上級悪魔は場合によっては生き残ってしまい、この場にいる唯一の悪魔王に至っては防がれてしまう。


「くそっ。悪魔め」


「シュード。魔力はまだ大丈夫なのか?」


「ライドくん。魔力はまだ大丈夫だけど、みんなの方が心配だ。それに、あの悪魔は他のよりも強いみたいで、見ての通り簡単に倒せそうにない」


「チッ。俺たちが足を引っ張っているようだな。すまない」


「ち、違う!そういう意味で言ったんじゃないよ!」


「はは。わかっている。ただ、実際のところ俺たちがあまり役に立てていないのも事実だからな。悔しいことだが」


 ライドの言葉通り、ほとんどの悪魔や魔族を倒しているのはシュードで、ライドたちは四人で協力して下級悪魔を数体ほど倒すのがやっとな状況であった。


「シュード。彼女たちのことは俺に任せて、お前一人で悪魔たちと戦ってくれ。俺たちがいると、お前も全力を出せないだろ」


「けど、それだとライドくんたちが……」


「問題ない。お前が来るまで持ち堪えて見せる。それに、お前なら早く終わらせてくれるだろ?」


「行ってください。シュードさん。ユーリンとオーナのことは私が守りますから」


「ライドくん、アナベル……わかった。すぐに終わらせてくる!」


 ライドとアナベルの言葉に背中を押されたシュードは、できるだけ早くこの戦いを終わらせるため、白い魔力を解放して敵陣へと突っ込んでいく。


 そして、それからのシュードの戦いはまさに一方的なもので、元々聖剣の放つ魔力と相性の悪い悪魔や魔族では全力を出したシュードの攻撃を防ぐことはできず、これまでの苦戦が嘘のように戦況はシュードたちの方へと傾き出す。


「うわぁぁぁ!!?」


「ぎゃぁぁあ!!!!」


「熱い!炎が消えない!!!」


 縦横無尽に動き回り、白い魔力を身に纏っては白い線を引きながら目にも止まらぬ速さで敵を倒して行くシュードのその姿はまさに勇者そのもので、悪魔と魔物たちには絶望を、そして見守るライドたちには希望と勇気を与えて行く。


「はぁ!!!」


「この白炎。実に厄介だな。悪魔王となった俺に傷をつけるとは」


「くっ!!」


 しかし、その快進撃も悪魔王にまで通用することはなく、シュードの放った剣はまたしても悪魔王の手によって止められると、これまでのように両断することができず、ただ聖剣の炎によって肉の焼けるような匂いが漂うだけに留まる。


「どうした?まさか、自身の攻撃が止められるとは思っていなかったのか?」


「お前たち、いったい何が目的でこんなことをしている」


「目的か。そんなものは特に無いな。他の連中は世界を支配するためだとか言っていたが、俺はそういうのには興味が無い。ただ、人間を殺す時、その時に聞かせてくれる人間の悲鳴が甘美だから殺しているだけだ。特に、女子供の悲鳴は堪らぬな。泣き叫び、命乞いをし、助けてくれと愛する者を呼ぶ時のあの声と顔は、思い出しただけで興奮してしまう」


「このクズが!!」


「ぬ?」


 悪魔王の言葉を聞いたシュードは、怒りに満ちた声でそう叫ぶと、彼の感情に共鳴するかのように聖剣も強く光り輝き、聖剣の刃を握っていた悪魔王の手をそのまま切り裂く。


「なんと。あの状態から俺の手を切り裂くとはな。しかも、切られた手が元に戻らぬ。これもまた、聖剣の力というわけか」


「みんな平和に暮らしていたのに。その平和を壊し、ましてや自分たちの快楽のためだけに人を殺すだと。お前ら全員、絶対に許さない!!」


 それからのシュードは、聖剣の能力を使って果敢に攻め続けると、その強力な力で悪魔王を徐々に追い込み始める。


「くっ。よもやこれほどとはな。悪魔王になったばかりとはいえ、この俺が追い詰められるとは。だが、俺にばかり集中していていいのか?お仲間の守りが疎かになっているぞ?」


「なっ?!」


 しかし、相手は悪魔。勝つためなら手段を選ばないその性格は、仲間を大切にするシュードとは相反するものであり、そして聖と魔の相性が悪いように、二人の相性もまた悪いものであった。


 そして、出会ってわずかな時間ではあったが、勇者であるシュードの本質を見抜いていた悪魔王は、手をライドたちの方へと翳すと、その手からシュードのことを見守っていたライドたちに向かって黒い炎球を放つ。


 しかし、ライドたちに魔法が当たるよりも速くその場に割って入ったシュードは、聖剣に魔力を纏わせてそれを盾にすると、悪魔王の放った黒い炎を防いで見せる。


「チッ。回復能力まであるのか。実に面倒だな」


 それでも、やはり無傷というわけにはいかず、肌が焼け爛れ、皮膚が溶けて骨すら見えていたシュードだったが、聖剣の力によって傷は一瞬で癒え、悪魔王はそれを見て忌々しそうに舌打ちをした。


「はぁ、はぁ……みんな、大丈夫?」


「シュード!」


「シュードさん!」


 肩で息をするシュードは、それでも真っ先にライドたちのことを心配して声を掛けると、二人からもシュードと同じくらいに彼を思う必死さに満ちた声が返って来る。


「ふん。人間とは実に愚かだな。見捨てて攻撃を続けていれば俺を倒すこともできただろうに、その好機を捨ててまで仲間を助けるとはな」


「黙れ。仲間を見捨てるなんて、そんなことできるわけないだろ。僕は勇者だ。弱者を助け、悪を打ち滅ぼす…それが勇者なんだ。自分が勝つためだけに仲間を見捨てるなんて、そんなの、お前たち悪と変わらないじゃないか」


「はっ。その正義感。実に気持ち悪い」


「お前の弱者を弄び歓喜するその悪意の方が、僕にとってはずっと気持ち悪いよ。だから、絶対にお前はここで倒す!聖剣よ!ライドくんたちを守る結界を!そして、僕にあの悪魔を倒す力を!!」


 シュードのその言葉に応えるかのように聖剣が眩い光を放つと、まずはライドたちを守るように彼らを覆う結界が張られ、さらにシュードの放つ魔力もより密度を増し、空気が軋み始める。


「はぁぁぁあ!!!」


 そうしてシュードと悪魔王の戦いはより激しさを増して行くと、太陽の光のように光り輝く白炎と、地獄の業火のように禍々しい黒炎がぶつかり合い、地面は溶け、街のあらゆる所が火の海によって飲み込まれて行く。


「まさか…この俺が負けるとはな……」


 そんな戦いがしばらく続くと、そう呟いたのは悪魔王の方で、右足を失い、脇腹を抉られたその悪魔王は、瓦礫を背にしながらすでに立ち上がる気力も無く、自身に剣を向けて見下ろしているシュードを見上げていた。


「まったく。いくら傷を与えようとも回復するとは、これでは勝てるものも勝てぬではないか」


「これで、僕の勝ちだ」


「ふっ。そうだな。この戦いにおいては、お前の勝ちと言ったところだろう。だがな、今回の襲撃はこれで終わりではない。今頃、他の悪魔や魔族たちが別の場所で暴れ回り、楽しんでいることだろう」


「黙れ。お前を殺した後、僕が他の奴らも全員殺してやる」


「ふは。そうか。だが残念だな。もう手遅れだぞ。最後に一つだけ良いことを教えてやろう。俺たちがここに来られたということは、この国の王はすでに他の悪魔によって殺され、城を乗っ取ったということだ。ふはは!残念だったな、勇者よ。この戦い、俺をこの場で殺したとて、俺たちがここにいる時点で勝利は俺たち悪魔のものだったのだ」


「なんだと?!」


「ふはは!その顔、お前のその絶望と怒りに満ちた顔を最後に見れて、俺は満足だ。ほんと、馬鹿なやつだ。せいぜい、無駄に足掻くがいい。あぁ、他の奴らが未だに人を殺せることが、実に羨ましくて堪らな……」


 シュードはそれ以上は悪魔王の言葉を聞きたくないとでも言うかのように彼の首を刎ねると、聖剣を鞘へと戻し、次の場所へと向かうためすぐに移動しようとする。


「待て、シュード!」


「ライドくん?」


「さっきの悪魔の話…もしかしてお前、今から城に向かうつもりなのか」


「そうだよ。例え手遅れなんだとしても、今回の事件を起こした悪魔が城にいるのなら、勇者である僕がその悪魔を倒さないと」


「なら、俺もついて行くぞ!」


「ライドくん。でも……」


「わかってる。俺が足手纏いだってことは。だが、城には俺の父もいるんだ。例えこの先で死んだとしてもそれは俺の弱さゆえだ。自分のことは自分で守るし、死んだとしてもそれは俺の責任だ。だから頼む。俺も一緒に行かせてくれ」


「ホルスティン公爵様があの城に……」


 剣聖であるホルスティン公爵は、ライドの父親でもあるが、シュードにとっては剣や戦い方を教えてくれた師匠のような人でもあるため、彼としてもホルスティン公爵を助けたい気持ちはあるし、ライドの気持ちもよく理解できていた。


 それでも次の言葉を渋ってしまうのは、やはりライドの実力が伴っていないのと、友人を失いたくないというシュードの思いが彼の胸の中にあるからだ。


「行ってください。シュードさん、ライド様。ユーリンとオーナのことは私が結界の中へと移動させておきますので、どうかお二人は城の方へ」


「頼む。シュード」


「……わかった」


 しかし、アナベルの言葉とライドがシュードに頭を下げたことで、シュードの気持ちも固まると、彼は真剣な表情で二人の言葉に頷くのであった。


 その後、ユーリンとオーナのことをアナベルに任せたシュードとライドは、シャルエナやラヴィエンヌたちと同様に、皇城を目指して走り出す。


 こうして、第三皇子の叛乱から始まった悪魔と魔族たちによる帝都の襲撃はいよいよ終盤を迎え、第二幕はついに終わりの第三幕へと移るのであった。






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