第384話 惨めで悔しくて
「はぁぁあ!!!」
「あら。随分と凶暴になったわね」
ベルゼラの斧によって吹き飛ばされた後、立ち上がったフィエラの様子はいつもとは違い狂気に満ちており、身に纏う雰囲気も殺意に溢れていた。
「フィエラ!!」
「あぁぁぁあ!!」
「まるで獣ねぇ」
まさにベルゼラのその言葉の通りで、今のフィエラはこれまでのように技を使って戦うのではなく、地面に両手をつくと、まるで本物の狼にでもなったかのように構え、本能のままに動き回っていた。
「いったいどうなってるのよ」
それは、フィエラの変化の一部始終を見ていたソニアにも理解できない状況であり、立ち上がったフィエラの雰囲気が変わったかと思えば、次第に動きが合理的なものから本能的なものへと変わり、今では理性も無いのか雄叫びを上げながら獣のようにベルゼラを絶え間なく攻撃している。
しかも、狼の本能なのか危険察知能力は変化前よりもかなり上がっているようで、さらには基本となる身体能力も上がっているのか今ではベルゼラと互角にやり合っていた。
「フィーたんがこうなった原因は、そのガントレットかしらん?」
「ぐぁぁあ!!」
「ちょっとうるさいわね」
「ぐぅ?!」
ベルゼラがフィエラの変化について分析していると、ガントレットに魔力と闘気を込めて赤黒い炎を纏わせたフィエラが殴りかかる。
しかし、目では見えなくとも、気配でしっかりとフィエラの動きを捉えていたベルゼラは、自身の腕に土魔法で鎧を作ると、フィエラの一撃をその鎧で受け切り、カウンターで顔面に重い一撃をお見舞いする。
「やっぱり、そのガントレットが原因のようね。随分とまぁ、面白いものを持ってるじゃない」
ベルゼラの分析通り、今のフィエラがおかしくなっているのは彼女が装備している焔王の羅闍が原因だった。
焔王の羅闍は、使用者が与えた魔力や闘気の量によって成長する成長型の武器なのだが、今回はその成長によって新たな能力が使用できるようになった結果、現在のフィエラの暴走へと繋がってしまった。
そしてその能力についてだが、それは狂化と呼ばれる強化系の能力で、身体能力や攻撃力が爆発的に上がる代わりに、理性を失い、本能のままに暴れ回る獣へと成り下がってしまう諸刃の剣のような能力だった。
ただ、今回の場合はフィエラが意図してこの能力を使ったわけではなく、フィエラの感情の昂りに加え、悪魔であるベルゼラの放つ負のエネルギーを持った魔力に触れたことで焔王の羅闍が暴走状態となってしまい、本人の意図しないところで能力が自動的に発動してしまったのだ。
「うぁぁぁあ!!!」
それからもフィエラは、例え自分がどれだけ傷つこうとも本能のままに狂ったように攻撃し続け、皮膚が裂け筋肉が限界を迎えて血が溢れようとも、止まることなく動き続ける。
「くっ!!厄介な能力ねぇ」
最初は力に圧倒的な差のあったフィエラとベルゼラだったが、次第にその差は無くなっていき、ついには二人の力が拮抗する。
「はぁ。腕が痺れたのなんて何百年ぶりかしらねぇ」
「ぐらぁぁぁあ!!!」
「まったく。そんな声出してると喉を痛めるわよ!!」
「がはっ!?」
しかし、理性を無くした獣と知性のある脳筋のどちらが強いのかと言えば、当然ではあるが知性のある脳筋の方だ。
その結果、いくらフィエラが力や速さでベルゼラを上回ろうとも、容易く去なされ、躱され、カウンターを食う。
「ふぅー!ふぅー!!」
そんな戦いがしばらく続くが、全身が血だらけになってもフィエラの理性は一向に戻ることはなく、獣のようにベルゼラのことだけを睨んでは唸り声を上げる。
「フィエラ……」
そんなフィエラの姿を見て、ソニアは胸が締め付けられるように痛くなるが、すでに二人の戦いは彼女が介入できるレベルを超えており、少し前から戦いの衝撃に耐えるだけで精一杯だった。
「はぁ〜。こんな戦いを望んでいた訳じゃ無いんだけどねぇ。フィーたん。あたし、今すっごくガッカリしてるわ。せっかく久しぶりに楽しめそうだと思ったのに、理性を無くして獣に堕ちちゃうなんてね。残念よ」
「あぁぁぁあ!!!!!」
「だから、そろそろ終わりにしましょう」
フィエラはまるで命を燃やすかのように雄叫びをあげると、それに呼応するように焔王の羅闍が赤黒い炎を纏い、そしてその炎はフィエラの全身へと広がると、次の瞬間には渦を巻いて天を貫き、あたり一面を焦土へと化すほどの灼熱の業火となる。
「それが、フィーたんの最後の力ってわけね。なら、あたしもその全力に応えないといけないわね。土魔法『鉄血の戦乙女』」
ベルゼラはフィエラの最後の技に応えるべく、自身も得意とする土魔法を使用すると、彼の放った魔力が次第に鋼鉄の鎧へと変わっていき、終いには彼の全身が真っ黒な鋼鉄によって覆われる。
「この技、優秀だけど見た目が可愛くないから好きじゃ無いのよねぇ。だから、これで終わらせるわよ」
「がぁぁぁあ!!!!!」
ベルゼラはそう言って手に持っていた斧を大きく振りかぶると、彼の全身の筋肉が膨張し、踏み締めた地面はビシビシと罅割れる。
そして、フィエラは魔力が最高潮に到達した瞬間、雄叫びを上げながら地面を蹴ると、全身に纏っていた赤黒い炎を右手へと集め、それを全力でベルゼラへと放つ。
「『戦乙女の赫怒』」
そうして放たれた業火は、しかしベルゼラの振り下ろした斧によって縦に両断されると、さらにその斧から生まれた斬撃はフィエラの右腕まで吹き飛ばし、後ろで見守ることしかできていなかったソニアの横に大きな斬痕を作り出す。
「あぁぁぁぁあ?!!?」
「まだよ。『戦乙女の悲嘆』」
さらに、ベルゼラは振り下ろした斧を凄まじい腕力で地面につく前に止めると、そこから強く地面を踏み締め、全身の筋肉を使って斧を振り上げた。
そうして生み出された二度目の斬撃は、今度はフィエラの左腕を切り飛ばすと、その斬撃は天まで届き、最後には雲さえも両断して見せる。
「あ、あぁ……」
両腕を切り落とされたことで、フィエラの魔力と闘気を吸収して暴走状態にあった焔王の羅闍は魔力の供給がなくなり、そのおかげでフィエラの狂化も解けて彼女は気を失ったように地面へと倒れる。
「ふぅ。終わったわねぇ」
ベルゼラは気を失ったフィエラを見て、小さく息を吐きながら斧を地面につくと、自身に掛けていた魔法を解除する。
「どうして、助けたの」
そんな中、フィエラのもとへと駆け寄ってきたソニアはフィエラを後ろに庇いながら、何故フィエラを助けたのかとベルゼラに尋ねた。
「助けた。まぁ、結果的にはそうなったわね。けど、別に助けようと思ってそうしたわけじゃないわよ。ただ、こんな戦いをあたしは望んでいないってだけ。だから、正確にいうなら助けたんじゃなくて、殺す価値がないってだけよ」
「それは、フィエラが弱いってことかしら」
「違うわ。フィーたんは強い。あたしが久しぶりに楽しめるだろうなって期待しちゃうくらいにね。だからこそ、こんな力に飲まれて終わるような、残念な戦いをしたくはないのよ。あたしは悪魔だけど、あたしにはあたしなりの美学ってものがあんの。そして、そんなあたしの美学から言わせれば、こんな戦いは全然美しくもないし楽しくもないわ。だから、殺す価値がないってだけよん」
悪魔とは本来、武器を使用した戦いや肉弾戦よりも魔法を得意とする種族であり、ベルゼラのように筋肉を徹底的に鍛え、力を絶対とする脳筋はほとんどいない。
そのためか、残虐で殺戮を好む普通の悪魔たちとは違い、ベルゼラは戦いに美しさを求める異端のような考え方をする悪魔で、今回のようにその美学に反するようなことがあれば、気分で相手を殺さないこともある。
「まぁ、フィーたんはこれからに期待って感じだけど、あんたはもっと頑張った方が良さそうね。能力とか以前に、精神面でね」
「っ……」
「大切な仲間が暴走してるのに止められないようじゃ、一緒にいるだけ無駄じゃない。せめて、足を止めて動けなくなるんじゃなくて、それを利用して同時にあたしを攻撃できるくらいの気概はないとねぇ。それか、本当に仲間だと思うのなら、刺し違えてでも止められるようになりなさいよん」
ベルゼラが言っているのは、フィエラが暴走してからのソニアの行動についてで、フィエラが暴走して以降、ソニアはフィエラを止めることもできず、手助けすることもできず、ただ見守ることしかできなかった。
「はぁ。何か言い返してみなさいよね、まったく。あーあ、なんか興醒めしちゃったわ」
ベルゼラはそう言ってソニアとフィエラに背を向けると、斧を亜空間へとしまい、もう戦いは終わりだとでも言わんばかりにそのまま歩き出す。
「どこに行くの」
「帰るのよん。少し前からルルリカちゃんの魔力が感じられないから、多分向こうは負けたようなのよね。それに、フィーたんも気を失っちゃったし、これ以上はここにいてもつまらないだけだもの」
「人間は皆殺しにするんじゃなかったの?」
「それを言ったのはルルリカちゃんでしょん?あたしはただ、たくさん遊ぶって言っただけよん。けど、そのルルリカちゃんが負けちゃったし、フィーたんも気を失ったからもういいかなって思ったのよねん。言ったでしょ?興醒めだって。今はもうそれほど楽しくもないのよ」
「あたしじゃ、相手にならなってことね」
「ふっふ〜ん。よくわかってるじゃない。そうよ。今のあなたじゃ、相手をしても面白くないわ。もう少しメンタルが強くなれば別でしょうけどね。それじゃ、お姉さんはもう帰るわねぇ〜」
ベルゼラは最後にそう言って近くにあった亀裂に入っていくと、自ら魔界へと帰り、その場には気を失ったフィエラとソニアだけが残される。
「ほんと、情けないわね」
戦いに負けただけでなく、敵に情けをかけられ、さらには諭されるという屈辱を受けたソニアは、純粋に戦いに負けるよりもずっと悔しく、そして情けなさと惨めさで胸がいっぱいになり、溢れた涙が止まらないのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます